ニジンスキー(ハンブルク・バレエ)

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05年2月4日(金)

東京文化会館

 

作・振付・演出/舞台装置・衣装: ジョン・ノイマイヤー

世界初演: ハンブルク・バレエ団 2000年7月2日 ハンブルク歌劇場

音楽: 
フレデリック・ショパン: 前奏曲第20番
ロベルト・シューマン: ウィーンの謝肉祭の道化芝居「幻想的情景」より
ニコライ・リムスキー=コルサコフ: シェヘラザード
ドミトリー・ショスターコヴィチ: ヴィオラとピアノのためのソナタ, 交響曲第11番「1905年」

ヴァスラフ・ニジンスキー アレクサンドル・リアブコ
ロモラ・ニジンスキー,ヴァスラフの妻 ヘザー・ユルゲンセン
ブロニスラヴァ・ニジンスキー,ヴァスラフの妹(←ニジンスカですよねえ) ニウルカ・モレド
スタニスラフ・ニジンスキー ,ヴァスラフの兄 ユウキチ・ハットリ
セルゲイ・ディアギレフ,興行主かつ指導者 ロイド・リギンス
エレオノーラ・ベレダ,ヴァスラフの母 ジョエル・ブーローニュ
トマス・ニジンスキー,ヴァスラフの父 カーステン・ユング
タマラ・カルサヴィナ,バレリーナ ラウラ・カッツァニガ
レオニード・マシーン,新しいダンサー ロリス・ボナニ
マリインスキー劇場のバレリーナ バルバラ・コフットコヴァ, エレン・ブシェー
そのパートナー セバスチャン・ティル, エミル・ファスフッディノフ
医者 カーステン・ユング
ダンサー・ニジンスキー
『謝肉祭』からアルルカン アルセン・メグラビアン(後でヨハン・ステグリ)
『薔薇の精』から薔薇の精  アルセン・メグラビアン
『シェエラザード』から黄金の奴隷 オットー・ブベニチェク
『遊戯』から青年 ロリス・ボナニ
『牧神の午後』から牧神 オットー・ブベニチェク(後でカーステン・ユング
ペトルーシュカ イヴァン・ウルバン
ニジンスキーの内面と影 ユウキチ・ハットリ,  アルセン・メグラビアン

 

期待ほどではなかったですが,「面白かったなー。いいもん見たなー」という感じ。

いや,「期待ほどではない」という意味はですねー,私はハンブルクには(ノイマイヤーには)「ああ,もう,なんてすばらしいのかしら〜,めったにない感動だわ〜」というのを過去に見せてもらっているから,期待値が高すぎるのです。
ほかのバレエ団でこれくらいの作品を見れば,「すばらしかった」くらいは言っているかもしれません。

なにより,ノイマイヤーの演出がすばらしい。
振付家としてどうなのかよくわかりませんが(←動き自体は見ていて「つまんないなー」と感じるときもあるから),装置や衣裳や照明も含めた総合芸術としてのバレエ作品の作家として,ほんとうに見事だと感じました。

最初から幕が開いていて,煌々たる明るさの中にニジンスキーが最後に踊ったスヴレッタハウスのセットが見える。ピアニストが現れて静かに演奏を始めるが,客席はざわめいたまま。やがて舞台の上に,ドレスアップした客たちが少しずつ現れ始めるが,彼らもなにやかにやしゃべってがやがやしている。そしてニジンスキーが登場すると舞台上の客たちがぴたっと静かになって・・・そのときが今日の物語の始まり。

うーん,なんて効果的なのかしら〜。
私はダンサーに舞台上で声を出させる演出は嫌いなのですが,これはすばらしいなー,宗旨替えすべきかもしれないなー,と思いました。(もっとも,その後の場面では「やっぱりやだなー」というのもありましたが)

そして,客たちがほとんど動かないダンスに戸惑い,続けてバレエらしい踊りになって(アルルカン登場)安心したように拍手したり笑い声を立てたりする中,回廊の上にいつのまにかタキシード(?)にシルクハットをかぶった男がいて,ほかの人々の拍手が終わった後も一人だけ場内に響く拍手を送る。それを見た私たちは,彼がディアギレフであることを悟り,ニジンスキーが回想の中に入っていったことを知る。そして,踊り終えたニジンスキーはディアギレフの腕の中に。
うーん,ほんとに上手な演出だわ〜。

 

・・・と一々書いて感心していては小学生の作文のようになってしまうので,話をはしょりますが,三浦雅士さんによるプログラム掲載の非常に詳細な解説(←ネタバレとも)を往路の新幹線の中で熟読していてもなお「おお,なるほどー」が連続する,きわめて見応えのある舞台でありました。

たとえば,1幕にはニジンスキーが踊った作品が次々登場するのですが,その使い方がたいへん上手。
最初のアルルカンは作品自体は知らないのですが「その跳躍力をもって時代を席捲した」ニジンスキーを象徴するのでしょう,いかにもそういう動きでしたし,薔薇の精や『シェエラザード』,『牧神の午後』もそれぞれの作品らしさを表わす動きを巧みに取り入れ,各作品の意味も象徴として使い(牧神の自慰の動作とか),しかもノイマイヤーの作品の中に溶け込んでいて違和感がない。
いやはや,今さら言うまでもないですが,ほんとうに知的で優れた演出家だと思います〜。(知的すぎてついていけないところもあるけれど)大好きだわ〜♪♪

1幕の音楽は主に『シェエラザード』が使われておりました。この,エキゾチックでロマンチックで美しい曲を使ったというのもよかったと思います。
舞台の上で進んでいる話は,実は,ニジンスキーがはずみで(?)結婚して,ディアギレフから切り捨てられるまでを描いているのですが,音楽が甘いから,そういう気がしないの。「きれいだな〜」とうっとり見ていたけれど,ほんとうは恐ろしい事態を目の当たりにしていたわけで・・・そのアイロニー♪

 

2幕はかなり直截でした。
狂気(苦悩?)のシーンが延々と続くというか,手を変え品を替え狂気を表現するというか・・・。

ニジンスキーの苦悩,軍人たち(男性コール・ド)の狂気,ニジンスキーの苦悩,ペトルーシュカの悲痛,ニジンスキーの苦悩,ロモラ(ニジンスキーの妻)の嘆き(と不義?),ニジンスキーの異様さ,ニジンスキーの兄の異様さ,ニジンスキーの狂気,軍人たちの狂気,ニジンスキーの狂気,ロモラの必死,そしてまたニジンスキーの狂気・・・。

入口で配られた紙によると2幕は61分だということでしたが,そのうち最初の56分くらいは,こういうシーンばかり見せられたような気がします。
率直に言って私は辟易しましたし,もっと正直に言えば,かなり飽きました。

もちろん「手を変え品を替え」ですからねー,その中にも印象的なシーンはあるのです。
たとえば,妻ロモラがニジンスキーを狂気から(あるいは戦争から?)救い出そうとする場面。必死に夫をなだめ,橇に乗せて外の世界に連れていこうとするのに,夫は拒み,荒れる。妻に手を上げる。実は拒んでいるのではないかもしれない。自分の妻だとわからないのかもしれない。敵だと思っているのかもしれない,ロモラは絶望し,諦めようとするが,また夫のもとに戻っていく・・・。

とても美しくて哀しくてすてきなシーンだったと思います。
でも,そういう場面も含めて,とにかく暗い。見ているのがしんどい。憂鬱になる。「まだ続くのかい。たいがいにしてくれ」と言いたくなる。「ノイマイヤーってものすごい粘着質だわ」とため息をつきたくなる。

でも,考えて見ればニジンスキーの後半生というものは,長い長い失意と狂気の中にあったわけですから,まさにそれにふさわしい表現だったのでありましょう。
そして,あの長い重苦しいシーンの連続があったからこそ,突然照明が明るくなって,場面が最初に戻ったときの印象は強烈でありました。「助かった」という気分にさえなりました。(やっぱり名演出だと思うわ〜♪)

 

が,いったん「助かった」という気分になった私は,全然助かっておりませんでした。
なぜかというと・・・最後まで見たとき,「で,結局なにが言いたかったのかしら〜」と混迷に陥ってしまったのですわ。

ニジンスキーの「最後の踊り」は,たいへん迫力のある感動的なものでした。

そして,私には,そのシーンがなにを意味していたのかわからなかったのです。
前述のプログラムの解説で三浦さんが解題しているように,「戦争」を踊り,戦争に至った社会(人間たち)を指弾しているのかもしれない。あるいは,(現代の目で見れば,よくあるコンテンポラリーに見えましたから)新しすぎたために世間から理解されない芸術家を見せたかったのかもしれない。それとも,社会に抑圧され犠牲となった人間の傷ましさを現していたのかもしれない。

いずれにせよ,舞台上の客たちに加えてニジンスキーの代表作の登場人物たちがすべて現れて,凍りついたような雰囲気の中で踊られたソロ,赤と黒の布を床に広げて十字の形を作って,それを身体にまとって・・・というソロは心を動かされるものでした。
それは間違いない。こんなことを書いたら怒られるかもしれないけれど,見ようによっては「定番の泣かせどころ」的な感動的な幕切れの作り方。
(しつこいですが,ノイマイヤーの演出はうまいです〜)

でもねー,私は「・・・で?」と言いたくなったの。ノイマイヤーの全幕を見るときに,感動的な幕切れだったからそれでいいなんて,思えないもん。なにかある,と思いたいもん。NHKの大河ドラマみたいに史実を舞台に現しただけ,なんて思えないもん。
なにかあるはずだと思うのよね。でも,それは私には伝わってこなかった。心洗われるような感動でもいい,深くて重いなにかが心の中に残るのでもいい,どういうものでもいいけれど,そういうものがなかった。

だから,私にとって「期待ほどではなかった」のです,この作品は。

 

ニジンスキーを踊ったリアブコは,「絵に描いたような好青年」という趣。踊りは端正でしなやかでたいそう見事でしたし,身体もきれいで上半身裸のシーンの多い役に向いていましたが,雰囲気がマトモすぎて,「天才と狂人は紙一重」的な天才=カリスマには全く見えませんでした。
(この際関係ないですが,ハンサムなのに口元が基本的に緩んでいるので,私の好みではないという問題もありました。あ,でも,船上でのロモラ(と牧神)とのシーンで「頭の軽いスター」っぽく見えて「先は暗いよ」感が持てたのは,あのお顔立ちの効果だったかも〜)

でも,カリスマではなく健全な好青年に見えたからこそ,狂気に陥る2幕の悲劇性が強まったし,より普遍的な「ある男の人生の物語」に見えたので,これはこれでよかったのだろうなー,と思います。

ユルゲンセンのロモラはとってもよかったです〜。
なんといえばいいのかなー,表情がちょっとトランス状態みたいな「異様な集中」に見える。だから,舞台のニジンスキーに夢中になって,本人と役を混同してしまう「夢見る少女」がよく似合うし,葛藤を抱えながらなんとかニジンスキーを救おうとするシーンも,凛とした中に危うさを感じさせるスヴレッタハウスでの雰囲気も見事。
踊りも美しかったですし,長いドレスにハイヒールで演技をするシーンもすてきでした〜。

ディアギレフのリギンスもすばらしかった。
実は私は,ウルバンのディアギレフを期待していたのです。前回の来日公演で「このコいいねえ♪」と思ったし,先日の『眠れる森の美女』ではすっかりかっこいい大人のダンサーになっていてちょっと感激したし,なにより,主催者のサイトその他の写真を見て,金の奴隷を抱き上げるシーンの妖しさに「きゃあああ」だったものですから。
したがって,掲示キャストを見たときは,リギンスにはたいへん失礼ながらかなりがっかりしたのでした。(ダンサーとしてはリギンスが格上ですが,それとこれとは別問題ですもんね。たぶんウルバンが初演者なのだと思うし)

でも,すごかった〜♪ 
白塗りに暗い色の頬紅を濃く刷いて,まるで黄泉の国からの使いのような外見。舞台に登場している時間はそれほどなかったと思うのですが,ニジンスキーの一生を暗く縁取ったのはこの男だったのだよなー,とうすら寒い気がする,不気味な存在感でした。
そして,悪魔的な雰囲気があるだけに,ニジンスキーに向ける想いが妄執とか支配欲のように見え・・・ところが2幕の終盤で橇で退場するときだけは寂寞とした雰囲気が漂っていて・・・なんとも言いようのない悲哀を感じました。(単純に言えば,この人の想いもロモラと同じく「報われぬ恋」だったのかもしれないなー,と)

アルルカンと薔薇の精のメグラビアンは,特に薔薇の精が中性的・植物的な雰囲気と踊りでいかにもこの役にふさわしくてよかったです。(衣裳が最低限しかなかったのはなぜなのだろーか?) 

オットー・ブベニチェクが金の奴隷と牧神を踊りましたが・・・金の奴隷は,まことに申し訳ありません,ルジマトフの刷り込みがある私には「・・・困ったなぁ」でした。
船上のプロポーズシーンに現れる牧神は,踊り自体は悪くなかったと思いますが,獣性とか官能性が感じられず,「ロモラが実はニジンスキーではなく牧神を見ている」という設定に若干説得力を欠いたような。(それにしても,彼があんなにマッチョな体型だったとは驚いた)

ウルバンのペトルーシュカについては,自分でも不思議な現象が起きました。実を言うと,ペトルーシュカとしての踊りには特に感銘は受けなかったのです。(普通によかったとは思うけれど)
でも,1幕の幕切れで上手奥の窓のところにいる彼から目が離せませんでした。ラストシーンも(なにをしていたのかはもう思い出せないけれど)回廊にいた彼に目が引きつけられて・・・。

えーと,このバレエ団での私のお気に入りが誰か? と聞かれればウルバンのような気はするのですが,でも,特にファンというほどではないから,こういう場面で舞台中央を疎かにして彼を探すようなことはしていません。それなのに,1幕の最後なんて,(ペトルーシュカが出ているなんて思わずに)すごく気になるからオペラグラスで見たら彼であった,という具合で・・・。

うーむ,なぜなのでしょうね? 
「人並み外れた存在感」とか「私にとって非常に印象的なダンサーなのがわかった」と言えればよいのですが・・・でも,『眠り』で,ジーパンでうろうろしているデジレを抜きにして話が進んでいるときは,彼はほとんど目に入らなかったのですよね。不思議だなー?? 
とりあえず,「彼のペトルーシュカにはなにかがあった」とまとめておきますが,でも,繰り返しになりますが,踊り自体は特にすばらしいとは・・・???

ニジンスキーの父と医者を演じたユングが上手だな,と思いました。
スブレッタハウスのシーンではこの方が父として登場しているのか医者としてなのか,それとも招待客の中の理解者なのかわかりませんでしたが,ニジンスキーとロモラを気遣う芝居が巧みでしたし,存在感もありました。

カッツァニガのカルサーヴィナは,いかにもひと時代前の優雅なバレリーナ,という雰囲気でよかったと思います。

それから妹ブロニスラヴァ(ニジンスカ)のモレドが印象的。
こういう言い方が誉めたことになるのかどうかわかりませんが,私の目には,リアブコ@ニジンスキーよりも,服部@狂気の兄スタニスラフよりも,エキセントリックな雰囲気に見えました。

アンサンブルはすばらしかったと思います。軍服姿の男性たちも無気味な迫力があったし,どこがどうとは言えませんが,女性たちも見事。

大掛かりで趣味のよい美しさの美術も,照明も,すばらしく効果的で,うん,たいそうよい公演でありました。

(05.2.12)

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R.コルサコフ:シェエラザード 

R.コルサコフ:シェエラザード

ロリン・マゼール
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

※ 今回の公演で使われたのは,たぶんこの演奏だと思います。

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

ムスティスラフ・ロストロポービッチ
ナショナル交響楽団

※ 今回の公演で使われたのは,たぶんこの演奏だと思います。

ニジンスキー 神の道化

ニジンスキー 神の道化

鈴木 晶

※ ニジンスキーの伝記(評伝?)。 ダンスマガジンの連載に加筆して出版。

ニジンスキーの手記 完全版

ニジンスキーの手記 完全版

ヴァーツラフ ニジンスキー著 鈴木晶訳

※すみません,読んだことはないですー。

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