白鳥の湖(新国立劇場バレエ団)

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05年1月9日(日)

新国立劇場 オペラ劇場

 

振付: マリウス・プティパ  レフ・イワーノフ
改訂振付: コンスタンチン・セルゲーエフ
  監修: ナターリヤ・ドゥジンスカヤ

作曲: ピョートル・チャイコフスキー

台本: ウラジーミル・ベギチェフ  ワシリー・ゲリツェル  

舞台美術・衣装: ヴェチェスラフ・オークネフ
照明: 梶孝三

指揮: ロビン・バーカー  管弦楽: 東京交響楽団

オデット/オディール: ディアナ・ヴィシニョーワ     ジークフリート王子: イーゴリ・コルプ

ロートバルト: 市川透      王妃: 堀岡美香      道化: グリゴリー・バリノフ

家庭教師: ゲンナーディ・イリイン      王子の友人(パ・ド・トロワ): 厚木三杏, 寺島ひろみ, 冨川祐樹

ワルツ: 湯川麻美子, 大森結城, 西川貴子, 川村真樹, 奥田慎也, 陳秀介,冨川直樹, 中村誠  

小さい4羽の白鳥: 遠藤睦子,西山裕子,本島美和,大和雅美

大きい4羽の白鳥: 厚木三杏, 大森結城, 川村真樹, 寺島ひろみ

花嫁候補: 厚木三杏, 川村真樹, 鶴谷美穂, 寺島ひろみ, 本島美和, 深沢祥子

スペインの踊り: 湯川麻美子, 楠元郁子, 冨川祐樹, マイレン・トレウバエフ

ナポリの踊り: 高橋有里, 江本拓      ハンガリーの踊り: 遠藤睦子,奥田慎也

マズルカ: 大森結城, 西川貴子, 北原亜希, 杉崎 泉, 陳 秀介, 冨川直樹, 中村 誠, 澤田展生, 高木裕次 (男性はこの5人のうちの4人)

2羽の白鳥: 大森結城, 川村真樹

大きい4羽の白鳥: 湯川麻美子, 厚木三杏, 西川貴子, 寺島ひろみ

 

ヴィシニョーワのオデットがとーってもよかったです。
キーロフが彼女に『白鳥の湖』を踊らせないのにはそれ相当の理由があるのだろうし,以前見たニキヤや去年のジゼルから判断するに,生命力に満ちすぎていてバレエブランは向いていないみたいだし,プロポーション的にも白鳥とは違うような気がするし,「大丈夫かなぁ?」モードだったのですが,いやいや,たいへん失礼をいたしました。

気品と威厳があって,艶と悲劇性が溢れていて,そして,美しかったです〜。

2幕最後の音楽が速くなるソロで「ありゃ,例の生命力は健在」と思ったりしましたが,グラン・アダージオはそりゃもう魅力的。
「持ち前の身体能力全開」と言えばいいのでしょうか,全身をすみずみまで使って,オデットの絶望的な身の上をドラマチックに表現していました。

それは,「饒舌」と言いたいくらいの表現で・・・普通のオデットだと「悲劇的な運命を切々と表現する」程度だと思うのですが,彼女の場合はその倍くらいは身体が語る。あれだけ訴えかけられたら,ジークフリートのようなおぼっちゃんは,恋とか愛とかそういう感情は後回しで,とにかく「助けなくては。なんとかしなくては」と思い込むに違いない。

そう,だから・・・かなり異色のオデットだとは思います。
通常この役に期待される詩情とか清らかな乙女らしさとは,たぶん全然違う。王子との間での優しい感情の交流もなかったと思う。

でも,だからこそすばらしい,と思いました。
自分の個性を最大限に生かしたオデットの造形。ファム・ファタールとしてのオデットを最大に強調した役作り。これぞ「ヴィシニョーワならでは」の白鳥。

私は彼女がほんとうに若いころから何回もその舞台を見てきましたし,ルジマトフの私生活上のパートナーだった時期もあるから,彼女に対してはかなり思い入れがあります。そのこともあって,自分の個性に向いていない役を,いわば「逆手にとって」,これだけの舞台を見せてくれたことに感激しましたし,その濃厚な美しさを堪能もしました。

3幕もドラマチックで,見事。(でも,やっぱり,グラン・アダージオがこの日の白眉だったわ〜)

オディールのほうは,それに比べる普通だったような。
もちろんたいへん上手だし妖艶だし凄みもあるのですが,衣裳のせいか,少々体育会系入って見えたかも。(衣裳自体はキーロフだと赤で入る装飾を濃いブルーに変えていて,すてきでしたが,いつも以上に肩の筋肉が強調されて見えた)
それと,なんというか・・・「ヴィシニョーワの黒鳥」でなく「ヴィシニョーワ」を見たような感じもありました。

 

コルプも非常によかったです。
全幕で見るのは初めてだったのですが,こんなに優れたダンサーであったとはっ,とびっくりしました。

踊りは私の好みではないです。キーロフのプリンシパルにふさわしい水準で上手だったとは思いますが,好きではない。
これくらいはっきりと「好みではない」原因がわかるのも珍しいのですが,たとえば・・・。
長い脚で足底を床に吸い付けるように実に優美に歩くのですが,なんか「もちもち」感がある。全身が柔らかいからアラベスクなどが見事なのですが,あまりに柔らかすぎて,隔靴掻痒の感がある。「最後はぴしっと決めてくれぃっ」と言いたくなる。
全体として,変な表現ですが,「なんかわかんないけどなんかが余ってる感じ。すっきりしなくて気持ち悪い」という印象を受けました。

でも,王子役ですから,柔らかさに文句を言うほうが間違っているのでしょうなー。
それに,そういう「すっきりしない」という彼の個性は,ジークフリートという役に説得力を持たせるのにたいそう貢献していたとも思います。

ものすごく「情けない」系の王子なのですが,それが単なるマザコンとかモラトリアムには見えないのですわ。「自分を見出せなくて行き惑っている青年」という風情で,非常に現代的な人物像の趣。全編を通して,(私には気持ち悪い)歩き方や踊りも,すべてがそういう人間像を的確に描き出していました。

だいたいですねー,立ち姿さえまっすぐではなく,傾いているのよ。(←姿勢が悪いという意味ではないですよ。きちんと王子の立ち方なんだけれど,垂直でなくて少しだけ左に傾いているの)
その立ち姿が,「この人は,うわべはにこやかに場にふさわしくふるまっているけれど,今いる場所(地位とか環境とか)にほんとうにはなじめていないんだろうなー」と思えて,たいそう感心しました。(しゃきっとせいっ,と言いたくもなったが)

オデットへの気持ちも恋には見えませんでした。適切な表現が見つからないのですが,そうねえ・・・普通だと「段々恋に落ちて行く」のが,「もしかしたら僕が求めていたのはこれだったのかもしれない。いや,きっとそうだ」と自分で自分に思い込ませていったように見えた,というか。
(これは,ヴィシニョーワの個性的なオデット像と非常に符合していました)

そして,2幕でまたあの立ち姿。
うーむ,すばらしいっっ。「暗い顔」や「イヤそうな顔」なんかで表現しなくてもいいんだよねえ。名演だと思うわ〜。(くどいようだが,好きではないです。「すてき♪」とは全然思えないから)

3幕に関しては,勧善懲悪のセルゲーエフ版向きではないよなー,とは思いました。自分の力でロットバルトに勝ったというよりは,舞踏会での惑乱のままもがいているうちに,なぜか生き残ったみたい。(笑)

でも,思うのですが・・・むしろ,コルプには,単なる勧善懲悪のセルゲーエフ版ではもったいないと考えるべきなのかもしれません。
この幕に関しても,そこまで見せてきた現代的なジークフリート解釈を貫いていて,立派だったと誉めるほうが適切なのかも。

 

そういう意味では,ヴィシニョーワもそうです。というか,この2人が生き残って,今後2人で幸福な人生を送っていくだろうとは,私には思えませんでした。

コルプのジークフリートは,オデットと結ばれても,やっぱり「なんか違う。自分の求めていたものとは違う・・・」と思いながら,あの斜めの立ち姿で生きていくような気がする。
ヴィシニョーワのオデットのほうは・・・全然想像できないわ。あのオデットが人間に戻って,一人の女性として生きていくなんて,想像できない。最後に,ジークフリートに抱き起こされて,彼を見上げた姿は実に魅力的ではありましたけれど,でも・・・。

うん,そういうことまで考えてしまうような,実に個性的なカップルによる,印象的な舞台でありました。
ブラヴォー♪♪

 

市川透のロートバルトは,いつもどおり,ヴィジュアル系ロックバンドのようでかっこよかったです。
ただ,今回の主役2人は異様に個性的なので・・・霞んでおりましたね,残念ながら。

ソリスト級の役の中では,まず道化のバリノフ♪ いつ見てもかわいいわ〜♪

パ・ド・トロワは,女性2人はきれいで問題ないですが,冨川祐樹にはかなり困りました。率直に言って,全然踊れていない。なんとか振りを追っているだけ。
舞台を踏まなければ上達しないのはわかりますし,日ごろの主義主張には反しますが,ゲスト主演の日は,法村圭緒や逸見智彦のような,それなりに踊れる登録ダンサーを配しないと,ゲスト目当てのお客さまに悪い印象を残してバレエ団として損だと思います。(おまけに,そういう踊りにブラボーが飛ぶという不可解)

舞踏会のキャラクター・ダンスでは,湯川麻美子@スペインのうまさと色気が見事。マズルカを踊っていた中村誠の大きな動きも魅力的。

白鳥のソリストの中では,3幕で2羽の白鳥を踊った川村真樹の瑞々しい詩情がとてもよかったです。近い将来,彼女のオデットも見てみたい,と思いました。

それから,厚木三杏はやはりうまい。動きが鋭角的すぎて私の好みではないですし,この日踊っていたパ・ド・トロワ,大きな白鳥,花嫁候補に向いているかというと少し違う気もするのですが,音楽の使い方(見せ方)がほかのソリストに比べて圧倒的にうまいから,どうしても目がいってしまう感じでした。

コール・ド・バレエは・・・うーん・・・どうなんでしょ。
一人ひとりの「白鳥」度はかなりのものだと思いますが,全体としての動きの揃い方は昨日見た牧のほうが上なんじゃないかなぁ。一昨年の公演のほうがよかったような気もしましたし・・・。

 

全体としては,たいへん満足しました。
山ほど見た『白鳥』にこれだけ新鮮な魅力を感じさせてくれたヴィシニョーワ/コルプに感謝しますし,招いてくれた新国立劇場にも感謝です。(「初役に近いヴィシニョーワを呼ぶなんて」などと文句を言って失礼しましたー)

(05.5.1)

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バレリーナへの道 (Vol.46)
文園社

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日本での上演の歴史,日本の各バレエ団の演出の話,福田一雄氏による音楽解説など,かなり有用な本です。

チャイコフスキー:白鳥の湖
サンクトペテルブルク・マリンスキー劇場管弦楽団 チャイコフスキー フェドートフ(ビクトル)

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故フェドートフ指揮,マリンスキー劇場(キーロフ)オケによるCD。
セルゲーエフ版準拠でしょうか?

 

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