05年1月8日(土)
東京文化会館
音楽: ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本: ウラディーミル・ベギチェフ, ワシーリー・ゲリツェル
振付: マリウス・プティパ, レフ・イワノフ
演出・改訂振付: テリー・ウエストモーランド
美術: ボブ・リングウッド
指揮: 渡邊一正 管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団
オデット/オディール: ジリアン・マーフィー
王子ジークフリート: アンヘル・コレーラ
王妃(王子の母): 沢田加代子 悪魔ロットバルト: 森田健太郎
王子の友人たち:
金澤千稲, 坂西麻美, 橋本尚美, 吉岡まな美, 笠井裕子, 坂梨仁美
塚田渉, 保坂アントン慶, 邵智羽, 今勇也, 菊地研, 中島哲也パ・ド・トロワ: 田中祐子, 佐藤朱実, 逸見智彦
村娘: 橘るみ 王子の家庭教師: 小嶋直也
大きな4羽の白鳥: 坂西麻美, 橋本尚美, 吉岡まな美, 笠井裕子
小さな4羽の白鳥: 金澤千稲, 橘るみ, 青山季可, 伊藤友季子
ハンガリーの踊り: 橋本尚美, 保坂アントン慶
スペインの踊り: 坂西麻美, 吉岡まな美, 逸見智彦, 菊地研
ナポリの踊り: 橘るみ, 今勇也
マズルカ: 金澤千稲, 館野若葉, 柄本奈美, 海寳暁子, 塚田渉, 邵智羽, 徳永太一, 中島哲也
各国の姫君: 奥田さやか, 小橋美矢子, 笠井裕子, 坂西仁美, 青山季可, 伊藤友季子
私はこの日は新国立劇場で真忠久美子/マイレン・トレウバエフの『白鳥の湖』を見ているはずだったのです。
ところが,やむを得ない事情が出来したので,手持ちの10列目センターのチケットを二束三文で売り払い,当日券で東京文化会館の客席にすわることとなりました。
その「やむを得ない事情」である小嶋直也の家庭教師役ですが・・・まず,見た目の話から。
お髭はそもそもよく似合いますし,老けメイクも一応「似合っている」の範疇。
率直に言って,この役にふさわしからぬ「貧相なおっさん」感があるのですが,それは,主として顔が小さくて首が長いせいですから,しかたのないことですよね。大きい衣装だし,それなりの存在感はあるから,カバーできていたと思います。
芝居は上手。歩き方や頷き方がじじむさいのには感心しました。(いや,それが当たり前かもしれないけれど・・・でも,かなり達者と言っていいんじゃないかな)
その結果かなり耄碌している印象でしたし,(演出のせいもあるのか)王子を教育しようという気構えも欠落。「手塩にかけて育てたおぼっちゃまが,明日は成人,そして嫁とり。ああ,長生きした甲斐があった・・・(感涙)」と一人隅っこで感慨にふけっている趣で・・・あれは「家庭教師」ではなく「守り役」とか「じい」と呼ぶべきでしょうなー。
でも,枯れきってはいないようで,若い娘たちに興味津津の様子。パ・ド・トロワの女性ダンサーが下手に去っていくのを最後までじーっと目で追っていて,村娘と踊るところもとても嬉しそう。
・・・というところまでは,たいそう味わいのある表現で「うふふ,さすがだわ〜」と喜んでいたのですが,その「村娘と踊ってみたらおっとっと。あげくにぐるぐる目が廻る〜」が落第点でありました。
せっかく上手に老け込んでいたのに,一応「踊る」となったら,あらあら,背筋が伸びちゃったわよ,こりゃ困ったね。で,足元のほうは一応よろよろしているのですが,なんと申しましょうか・・・「きちんとよろよろ」だよなぁ・・・。
そういう欠点もあったわけですが,まあ,こういう役は(たぶん間違いなく)初めてでしょうから,それにしては上手だったとは言えましょう。(あまりにうますぎて似合っていたら,私としてはかえって困るような気もするしー)
うん,珍しくて楽しかったですよん。
さて,主役ですが・・・意味はかなり違いますが・・・こちらも珍しくて楽しかったです。
ABT流なのでしょうかね,たいそうドラマチックに物語を表現しようとしている感じで,演技が非常にわかりやすい。(ブロードウエイどころかハリウッド入ってる?)
オデットが身体を半身にひねって切なさを出そうとするとか,白鳥としての腕の使い方がものすごく起伏に富んでいて肘が90度近く曲がってしまうとか,王子が狩に出発する前のソロが大仰な悲壮感に満ち満ちている(まるでジゼルを失ったあとのアルブレヒトかニキヤの死後のソロルみたい)とか,白鳥を捕らえようとする衝動を描くのに舞台の半分以上の距離を勢いよく走るとか,オディールをオデットと信じ込んで彼女と踊る嬉しさのあまり口が開きっぱなしだとか,2人でポーズを決めるときに見得切りのようになってしまうとか・・・。
ひと言で言えば,古典らしい品格が欠けているという印象。
私の好みではないですし,周りがよくも悪くもお行儀のいいお嬢さん風の牧バレエなので,違和感は大きかったです。
ですから,もし私が最初から主演ダンサーに感動させてもらうつもりで会場に行っていたのなら,盛大に文句を言ったかもしれません。でも,そもそも格調高い『白鳥』が見られるとは思っていなかったので(見にいかないつもりだったくらいですからねえ),「ほほー」とか「あらまー」と大いに楽しみました。
踊りは,マーフィーはていねいだったし,「きれいだなー」と思える動きも多かったですが,腕も脚も長すぎるせいか少々大味だし,オデットにしてはパワフルすぎる感じもありました。
なんというか・・・悲哀を表現しているのはわかるのですが,それは王子の助力が必要だからで,自分がしなければならないことがわかっていて前向きに対処している・・・という感じに見えたのですわ。(興味深くはあるのですが,それではオデットではないような気もする)
もしかするとこれは,彼女の個性の問題なのかもしれません。初めて見たバレリーナですが,どちらかというと「溌溂」系バレリーナなのではないかなー? キトリなどのほうが似合うのではないかなー?
それから,2人の体格の釣り合いの問題もあったのかな。コレーラは彼女のパートナーとしては身長が足りないので,オデットが強めに見えてしまうというか・・・。
オディールのほうは,シャープだし力強さもあって「かっこいい」系のよさがあったと思うのですが,グラン・フェッテの前半に3回転など織り交ぜていて「おお♪」だったのが後半失速して「ありゃ,がんばって」に。
興が削がれた気がしてかなり残念でした。(客席は盛り上がっていたから,あれくらいなら失速とは言わないのかな?)
コレーラは,1幕でのステップなどの躍動感や細かい動きのキレや見せ方はよかったと思うのですが,跳躍が「もしかしてジャンプが苦手??」と思ってしまうようなできで・・・ジュテは低いし,後ろ脚は伸びていないし,トゥール・ザン・レールの着地は決まらないし・・・私の基準からいくと「なんじゃこりゃ?」に限りなく近かったです。
(着地に関しては,終始一貫,ぴょん,と小さく跳ねてから止まりましたから,もしかするとそういう踊り方(の癖?)なのかもしれませんが・・・だとしたら,それは王子の踊り方ではない,そういうダンサーには王子役を踊ってほしくない,と私は思います)
回転は速くてたくさん回っていてさすがに上手だと思いましたが,「きれい」という感じはしなかったなー。(これも,客席は大いに盛り上がっておりました)
いずれにせよ,おととしの世界バレエフェスティバルのときはもっと上手だったと思いますから,かなり不調だったのではないでしょうか。
ロットバルトの森田健太郎は,見せ場のない演出が気の毒ですが,さすが主役級のダンサーが踊ると風格が出る,と思いました。
村娘とナポリ(そして,たぶん,白鳥のコール・ドの逆三角形の先頭)を踊った橘るみは「軽やかで上手だなー」と思える踊り。
スペインの坂西麻美,吉岡まな美,菊地研がたいへんかっこよかったです。(もう一人は逸見智彦でしたが・・一人だけキレに欠けました。1幕のパ・ド・トロワでは,コレーラを上回るプロポーションとエレガントな立ち居振舞いですてきだったのですが・・・スペインはミスキャストではないか,と)
白鳥たちは,少々元気がよすぎたし,足音も大きすぎたような。
統率はとれていたと思いますが,白鳥らしい感じが不足していたように思います。中では,大きな白鳥たち(坂西麻美,橋本尚美,吉岡まな美,笠井裕子)がよかった。ゲストに見劣りしないプロポーションに感心したということもありますが,一人ひとりが,悲しげな白鳥でありました。
そして,全体として「元気がいい」のはよいことでもあるようで・・・終幕でロットバルトを倒すところは迫力があって,感動的でした。
今回の上演で残念だったのは,この版(というより英国系演出?)の特徴である,舞踏会でのパ・ド・カトルがなかったこと。なぜ省略したのでしょうねえ?
(05.4.10)
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永遠の「白鳥の湖」―チャイコフスキーとバレエ音楽 森田 稔 ダンスマガジンの連載を書籍にしたものです。 |