ドン・キホーテ(K−BALLET COMPANY)

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04年11月30日(火)

宮城県民会館

 

演出・再振付・美術: 熊川哲也     原振付: マリウス・プティパ  

照明: 足立恒   

音楽: ルードヴィヒ・ミンクス   

指揮: アンソニー・トワイナー     演奏: グランドシンフォニー東京

 

キトリ: 荒井祐子     バジル: 熊川哲也

ドン・キホーテ: ルーク・ヘイドン     ガマーシュ: サイモン・ライス

サンチョ・パンサ: ピエトロ・ペリッチア     メルセデス:松岡梨絵

エスパーダ: スチュアート・キャシディ     ロレンツォ: ハーベイ・クライン

花売り娘: 康村和恵,長田佳世     ドルシネア: 徳井美可子

闘牛士(1幕):
芳賀望,アルベルト・モンテッソ,輪島拓也,宮尾俊太郎,カルロス・マーティン・ペレズ,スティーブン・ウィンザー

妖精の女王: 松岡梨絵     キューピッド: 副智美

闘牛士(3幕)
アルベルト・モンテッソ,宮尾俊太郎,リッキー・ベルトーニ,ディヴィッド・スケルトン,カルロス・マーティン・ペレズ,スティーブン・ウィンザー

アントレ(3幕)
康村和恵,長田佳世
神戸里奈,小林絹恵,副智美,井野口恵,東野泰子,中平絢子
芳賀望,輪島拓也

第1ヴァリエーション: 康村和恵     第3ヴァリエーション: 長田佳世

 

会場は満員。仙台のいつものバレエ公演のような「バレエ習ってます。勉強に来ました」のお嬢さんが多い客席と違って,東京でバレエを見るときと近い「熊川哲也を見てみたいと思って来ました」=「楽しむために来ました」という感じの観客が多い公演で,とても雰囲気がよかったです。
最後は総立ちで大いに盛り上がりました。

が,私は全然盛り上がれなかったのでした。

初めて見る版ですし,いろいろ工夫のある演出だったので「ふむふむ」と面白くはあったのですが,なんというか・・・『ドン・キホーテ』全幕を見たあとの「ああ,楽しかった〜」が全くない公演で・・・肝心かなめの熊川さんがそもそも私の好みではない,という点を差し引いても,期待外れでありました。

 

まずですねー,美術がいかん。

いや,装置に関しては,なかなか立派だし,デザインもオーソドックスだったので特に文句はないです。(せっかくの2階建て? が活用されていなくてもったいないとは思いましたが,まあ,それは美術ではなく演出の問題だしー)

2幕のプチ駆け落ち中(?)の星空が夢の場面まで続くのもきれいでしたし,結婚式がロレンツォの店の前なのも,結構だったと思います。(町の広場という設定の演出はほかでもよく見るし,突如として公爵邸に行ったりするより好きです)

 

でも,衣裳が全然好きになれなかったのですわ。
よく言えばシックなのですが,悪く言えば地味すぎ。その結果,『ドン・キホーテ』らしい陽気さ,スペインの港町らしさが感じられませんでした。(まあ,それは単なる思い込みだと言われれば,そうかもしれない,とは思いますけれどね)

1幕の娘たちは(花売り娘も含めて)形は普通の『ドンキ』風ですが,色は白と黒が基調。キトリもけっこう暗めの臙脂色。これはこれできれいですし,派手すぎるのよりはよいですが,ううむ・・・荒井さんを地味な印象にしてしまう効果もあったような。

バジルも地味めだったように記憶しますが,闘牛士だけは派手でびっくり〜。
ソックス(?)がピンクなのですわ。それも蛍光色の桃色。で,マントは表が蛍光色のクリーム色で,裏はソックスと同じ桃色。いやー,びっくりしたなー。好きとか嫌いとか言う以前に,とにかくびっくりしてしまった。(いったいどういう意図があったのだろう?)

夢の場面の衣裳は,もっとよくない。
ドゥリアーダたちのチュチュはオフホワイト系で,スカートが花びらか葉っぱを重ねたような感じで膝くらいまでありました。デザイン自体は「かわいい♪」と思うのですが,どうもこういうスタイルは,バレリーナのプロポーションを美しくなく見せるようです。(わかりやすく言うと,胴長短足に見えてしまう)
独自色を出すのは立派なことですが,その結果ダンサーが野暮ったく見えるのでは,本末転倒ですよねえ。

キトリと森の女王はかなり短か目のチュチュでした。
こちらはスタイルには特に文句はないですが,色が(多少それぞれ違うものの)コール・ドを含めてみな白系なので,キトリや森の女王を群舞に埋没させる効果があったように思います。(ダンサーの責任もあるのかもしれませんが,知らないで見たら,キトリだとか女王だとかわからないのではあるまいか?)

ジプシーの野営地や酒場でのキトリの衣裳も落ち着いたブルーでしたし,グラン・パ・ド・ドゥの主役2人の衣裳も,ヴァリアシオンを踊った花売り娘の衣裳も,モノトーンでありました。
まあ,これは悪いというほどではないですし,ここに至れば,「なるほど〜。ここまで首尾一貫していれば立派なもんだわ〜」という心境になりました。

今回は美術も熊川さんが担当したそうで,独自の美意識というか主張があるのは,たいへん結構なことだと思いますし,才のある方だと感心します。キューピットのボブヘアの鬘など,「おお,新鮮。センスよいな〜」もありました。
(少なくとも,新国立劇場の「30年前のロシアから輸入したのでは?」よりはずっと面白いし,こうやって書きとどめておきたくなるくらいのインパクトもある)

・・・とはいえ,これは頭で考えて思うことで,心が感じるものとしては「こんなの『ドンキ』じゃないよぉ。スペインじゃないよぉ。全然ワクワクできないよぉぉぉ」と嘆きたくなる美術だったのでした。

 

次に主演2人が期待を下回りました。

キトリは荒井祐子さん。
はきはきした踊りだし,テクニックは強いし,どちらかというと気の強そうな美人だし,キトリはすごく似合うだろうな〜,東京バレエ団在籍時代に見逃しているだけに是非彼女で見たいな〜,と思っていたので,キャスト表を見たときは,わ〜い♪ と喜んだのですが・・・かなり地味な感じでした。

踊りは安定していて上手だったと思いますが,不調だったのか,音の取り方が私の好みと違うのか,「うーん・・・キトリにしては,はじけてないなー」という印象。(期待しすぎだったのかなぁ?)

よかったのは,ガマーシュに対する徹底拒否路線です。

ガマーシュが登場して間もなく,お父さんに上手の椅子にすわらされて,ガマーシュが寄ってきて手にキスなどしようとするところがあるでしょう? キトリは脚を組んでふてくされているのですが,脚を組み替えてあさってのほうを向いてしまう。
このときの,脚を組み替える一瞬の大股開き(←お下品な修辞で失礼)が,そりゃもうすばらしかったのです。
研究しているなー,すっごい演技派だなー,と感心しました。キトリらしさ=お転婆な庶民性というか・・・を一瞬の動きで見せていて,ほんとうに見事だったと思います。

直後にガマーシュに腕をとられながら(普通だと)隙を見て彼の頭を扇で突っつくところなんかも,全然「こっそり」なんかじゃなくて正面から扇で嫌がらせをする感じで・・・うわぁ,今日はすっごく気の強いキトリを見せてもらえそうだわ〜,と嬉しくなったのですが・・・うーん・・・そのあとは普通になってしまいました。

あの調子で,バジルに対しても「姐さん」全開でキホーテに対してだけ猫をかぶるとか,そういうモノを見せてもらえると,もっと楽しかったと思うのですが・・・ま,そこまでいくとやりすぎになっちゃうのかしらね〜?

 

バジルの熊川さんのほうは,踊りは文句ないです。

まあ,回転も跳躍も,むやみに難しそうな技の連続で,「親の仇でもとるようにここまでせんでも」と笑いたくなったりはするのですが,『ドンキ』ですから笑えるのはよいことですし,なにより,ほんとに,ほんっっとに,上手ですよね。
特に「跳躍しながら回転する」系と「回転しながら跳躍する」系の技の滑らかさと安定は,ほんとうにすばらしいと思います〜。難しいことをしても絶対崩れないし,きちんと音楽に合っているし,きれいだし,すごいです〜。

一方で,歩き方や手の動きにバレエらしい美しさが不足しているのですが(←だから,私の好みではない),それは見る前からわかっていたことですし,王子ではなくバジルだから,文句を言うほどではないです。

でも,おとなしくて地味なバジルだったのには,かなりがっかりしました。

彼の個性からあれこれ考えて,やんちゃでかわいいのかなー,気障ったらしい伊達男なのかなー,と楽しみにしていたのに,お決まりのバジルの芝居をしているだけで,すごく淡白。
扇のかげでキトリにキスするところとか,友人たち(花売り娘)にちょっかいを出すところとか,狂言自殺とか・・・が,ただ振付どおり,演出どおりやっている感じで,全然面白くなくて・・・。(こちらも期待しすぎだったのかなぁ?)

当たり役と自他ともに認めるバジルでこうだということは・・・ううむ・・・もしやこの方,演技力にかなり難があるのでは? という疑いが生じてしまいましたよ。
(もっとも,「演技に見るべきところがなくても,あれだけ踊れれば見る価値のあるバジルだ」という意見も充分成り立つほどの踊りだとは思いますけれど)

 

2人の恋の雰囲気も足りなかったように思います。
まあ,この辺は,日本人ダンサーが踊る『ドン・キホーテ』に共通する問題点なのかもしれませんが・・・でも,せっかく2幕の最初に2人のデュエットを盛り込んでいるのに,そこでしっとりした雰囲気が出ないのは,もったいないことでした。(演出家熊川の意図にダンサー熊川が応えられない悲劇・・・なんちゃって)

パートナーシップは悪くもないがよくもなく・・・かな。
中では,1幕後半,主役が再登場したあとのパ・ド・ドゥでの片手リフト(2回目)が見応えがありました。
上げ方が見事だったとか,2人で作り出すポーズが美しかった,というほどではないと思いますが,とにかく,とにかく,長かった〜〜〜♪ 実際には5秒もなかったのかもしれませんが,こっちの気分としては10秒くらいリフトし続けていたような気がします。お見事。

 

さて,周りのダンサーですが・・・
全般に,女性ソリストはよかったと思います。

特に,花売り娘を踊った康村さんは,踊りが大きいというのかしらん,それとも,空間の支配力があるというのかしらん,小柄なのに舞台を狭く見せる力のあるダンサーだなー,と感心しました。
キューピットの副さんも,愛らしくて軽やか。

女性コール・ドはまずまず。前年に見た『白鳥の湖』より全体にレベルアップしてきれいに踊るようになっていたと思います。

男性は,ううむ・・・よくなかったと思います。

エスパーダのキャシディさんは,体型的に私の許容範囲外なのを別にすれば,存在感はあるしかっこいいし芝居もよかったですが,ほかの闘牛士たちは,音楽に遅れがちというか不安定というか・・・。
カタカナの名前のダンサーを集めれば見た目は上がるが,それで踊りのレベルが保証されるというわけではないのだなー,という当たり前のことを再認識しました。

 

よかったのは,キャラクテール陣でした。
キホーテのヘイドンさんもよかったですし,サンチョ・パンサのペリッチアさんは動きは少々重いものの芸達者。

そして,なんといってもライスさんのガマーシュ♪
芝居はうまいし,愛嬌はあるし,(演出ではありますが)最後は自分が使うはずだった結納金をバジルにくれてやる「いいヤツ」だし,おまけに笑いたくなるようなマネージュとかシェネも披露してくれるし。たいへん楽しませてもらいました〜。

ただ,徳井さんのドルシネアについては,荷が重かったかなー,という気がします。
長いドレスでバレエでの貴婦人のポーズ(? 両手首の辺りを身体の前で交差させる)を見せながらしずしずと歩くのですが,優雅さが足りないので,演出意図が生きていなかったような。
こちらも,熊川人脈でロイヤルのキャラクターの方など呼んだほうがよかったのではないかなー?

 

演出面では,ドン・キホーテの描き方が特徴的でした。

ヘイドンさんが極端な老け芝居をしないで優雅だった(舞台上で一番優雅でした)せいもあるのかもしれませんが,全く呆け老人とか素っ頓狂な人ではなく,笑いの対象にならないのですね。
1幕で登場したときから,ちゃんと事情がわかっている感じで,物事への反応が普通。

唯一ヘンなのがキトリをドルシネアだと思い込むことなわけですが・・・夢の場面でドルシネアが終始登場してキトリと入れ替わったりするところを見ると,別にそう思い込んでいたわけでもないみたいですね。
むしろ,(騎士物語を現実と混同しているのではなく)理想の女性を追い求めて,もしやキトリがそうなのでは? いや,違う? だが,もしかして・・・と思い悩んでいたのでしょう。

その内心の葛藤が,あの夢につながったのだろうし,その後も理想の女性を求めるという旅の目的はきちんと弁えていたから,ラストシーンでは,別の女性(ドルシネアとは別人。ダンサーが同じか違うかはわかりませんが,衣裳などは明らかに違う「市井の女」でした)を追って去っていったのに違いない。

これは,なかなか面白いです〜。ドルシネア役のダンサーが登場するのはバリシニコフ版などでも見ますが,キトリをドルシネアとは思い込んでいないキホーテというのは,初めて見たような気がするなー。
(・・・と私は感心していたのですが,ダンスマガジンでの熊川さんのインタビューを読むと,ちょっと違うみたいですね)

 

あとは,まあ,普通なのではないでしょうか。
ジプシーの場面の前に主役2人の踊りがあるとか,ジプシーたちに混ざってバジルが踊りを披露するとか,酒場でのジプシー女のソロもギターの踊りもないとか,キホーテとガマーシュがかなり本格的なチャンバラをするとか,サンチョ・パンサが街の人々に胴上げされるのが1幕でなく3幕の結婚式の余興みたいになっているとか,そういう工夫はありましたが,全体の印象を左右するようなものではないように思いました。

よかったのは,酒場のシーン(狂言自殺)はジプシーの野営地とか夢の場面よりあとにして,お話を合理的にする構成を採用していたこと。
それから,花売り娘がキトリの友人だという設定を最後まで通して,3幕のヴァリアシオンも同じダンサーが踊ったこと。たしか,街の踊り子とメルセデスも同一人物になっていたんじゃないかな。(まあ,これに関しては,別にする演出のほうが「なにも考えてない」だという気もしますけどー)

 

そういうわけで,文句もかなりありましたが,「新しい版を見る」という楽しみがありましたし,地元での公演で交通費がかかりませんでしたから,悪くはなかったです。
(そういえば,仙台で『ドン・キホーテ』全幕の公演というのは,もしかしたらもしかして20年ぶりくらいのような・・・)

もっとも,この版(というより衣裳)をまた見たいとは,私は思いませんけどー。

(05.03.27)

 

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フェアリーによると,04年11月オーチャードホール収録,キトリは荒井祐子さんだそうです。

 

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