マラーホフの贈り物 2004 (プログラムB)

サイト内検索 04年一覧表に戻る 表紙に戻る

04年5月8日(土)

東京文化会館

 

第1部

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』

振付:ジョージ・バランシーン   音楽:ピョートル・I・チャイコフスキー

ポリーナ・セミオノワ, アンドレイ・メルクーリエフ

のっけからすみませんが,私には面白くなかったです。
ものすごく失礼な言い方をすれば,「ははー,このパ・ド・ドゥってこんなにつまらなくもなるんだー」と感心してしまった・・・。
もちろん下手だったわけではないですから,なにが悪かったのか判然としませんが・・・そうねえ・・・この作品は「若々しさ」が大切なのであって,それは「若さ」と同じではない,ということでしょうかね?

初見のセミオノワは,きれいなプロポーションで笑顔が愛らしかったです。踊りは,もうちょっとていねいに踊ってね〜,音楽を表現することも考えてね〜,という感じ。
メルクーリエフは,回転でちょっと制御しきれないところはあったものの,軽やかできれいに踊っていて,よかったとは思います。でも,この作品は,それだけでは魅力的にはならないみたいですねえ。(←新たな発見)
セミオノワの衣裳は薄いオレンジ。メルクーリエフは淡いグレー。

 

『ラクリモーサ』

振付:エドワード・スターリー   音楽:ウォルフガング・A・モーツァルト

ライナー・クレンシュテッター

こういうふうに,深遠なテーマがあって素の肉体で踊る男性ソロは難しいですよねー。並み以上の表現力が必要だし,身体そのものも美しくなければいけない。特に私の場合,深くて長いルジマトフ体験があるから,多少のものでは「ふーん」で終わってしまうのでした。(それが観客としてよい態度であるかどうかは別として)

 

『アヴェ・マリア』

振付:ドワイト・ローデン   音楽:ジュリオ・カッチーニ

サンドラ・ブラウン, デズモンド・リチャードソン

おおっ♪ 評判どおり面白いっっ♪♪

赤系の暗い照明の中,音楽とともに位置とポーズを変えながら絡み合う二つの肉体。そのスピード感と質感はドラマチックでありながら湿っぽさがみじんもなく,セクシーでありながらいかがわしさは皆無・・・という感じ。
意外性のある動きが次々と展開して見入ってしまいましたし,それをよどみなく踊っていく二人の技術とパートナーシップにも感心しました。

衣裳は,二人とも暗い赤系の腰蓑風。ブラウンは胸当ても着けていました。(って,当然か)
この衣裳から受けた印象もあり,途中で低くリフトされたブラウンが横向きの姿勢で両手を合わせる動きなどもあったせいか,知らない民族の真摯な祈りのような印象を受けました。プログラムによるとアダムとイブだそうで,外れてはいないかもしれませんが,そういう具体的な名前を上げられると「うーん・・・ちょっとがっかり」という気も・・・。うまく説明できませんが,もっと普遍的な人々であってほしいような気がしたのよ。

 

『マノン』より 寝室のパ・ド・ドゥ

振付:ケネス・マクミラン   音楽:ジュール・マスネ

ディアナ・ヴィシニョーワ, ウラジーミル・マラーホフ

いや〜,ヴィシニョーワのマノンはすばらしいですね〜♪ キトリもいいけれど,この役はもっといいですわ〜♪ 全幕で是非見たいです〜♪
コケティッシュな美貌が役にぴったりだし,(キーロフ仕様なのかしらん)普通見るより長めの衣裳もチュチュ姿より華奢に見える感じで可憐だし,なにより踊りがすばらしいですー。難しいであろう振付をすべて易々と美しく踊って,それによってマノンの刹那的な人柄やデ・グリューへの燃え上がる恋や男を虜にする性的魅力を見事に表現していたと思います。ブラヴォ♪♪

マラーホフは,昨年の世界バレエフェスティバルのときより好調そうで,よかったとは思うのですが・・・私の見たかった「マラーホフのデ・グリュー」とは違いました。
私のイメージの中にあるのは,10年前の世界バレエフェスでフェリと踊ったときの彼。エキセントリックなくらい情熱的なデ・グリューで,この情熱は(マノンの人柄とは関係なく)この青年の身を焼き尽くし,きっと不幸な結末をもたらすだろう,と感じさせるようなものでした。
それに比べると,今回の舞台は無邪気に幸福そうでありすぎて・・・そうねえ・・・いわば,「純粋培養のお坊ちゃんの恋」かな。この先待ち受けている不幸は,すべてマノンのせいで,彼はその犠牲者にすぎない感じでした。このほうが正しいデ・グリュー像なのかもしれないとは思いますが,私が見たかったのはそういうモノではないのよね。だって,マラーホフなんだもん。その辺の普通のプリンシパルじゃないんだもん。(この辺は,『アポロ』のところでもう一度)

それにしても,リフトが見事でした。もちろんマラーホフ一人の力ではなくヴィシニョーワの技術があってこそだと思いますが,すべての動きが流れるようで,全然難しそうに見えない。このパ・ド・ドゥはガラでよく踊られますからかなりの回数見ていますし,ガラで上演するだけあって男性は皆さんサポート自慢の方が多かったと思いますが,こんなに簡単そうに見えたのは初めてのような気がします。そして,その滑らかさが,そのまま恋の幸福感の表現になっていたのではないかなー。(スムーズすぎたから,不幸の予感が欠けてしまって,そこが私は不満だったのかも・・・。って,贅沢すぎますね。すみません)
うん,ヴィシニョーワ/マラーホフという組合せは,とにもかくにも,技術的なパートナーシップという意味ではすばらしいと思いますわ〜。

 

『ライモンダ』よりパ・ド・ドゥ

振付:マリウス・プティパ   音楽:アレクサンドル・グラズノフ

ガリーナ・ステパネンコ, アンドレイ・ウヴァーロフ

安心して見られる立派な古典の上演。昨年の世界バレエフェスティバルと同じ踊りの組合せのようでしたから,アダージオは2幕の夢の場面からであとは3幕のグラン・パ・ド・ドゥなのでしょうか。

このアダージオはよいですね〜。振付の雰囲気もロマンチックだし,ダンサーの動きも美しいです。うっとり〜。
ステパネンコは,足の状態に問題があって,『バヤデルカ』から演目変更になったという話でしたが,そういうことは全然わかりませんでした。ヴァリアシオンでの貫禄と見せ方のうまさも見事で,さすがですねー。
ウヴァーロフのソロも,いつもどおりきれいで上手でありました。

 

第2部

『アポロ』

振付:ジョージ・バランシーン   音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー

ウラジーミル・マラーホフ

ディアナ・ヴィシニョーワ, ポリーナ・セミオノワ, コリーヌ・ヴェルデイユ

私は,マラーホフはとてもセクシーなダンサーだと思っています。それも,平凡な一流ダンサーでも見せられる男性路線の性的魅力ではなく,いわば「耽美」の世界の官能性を見せてくれる稀有なダンサー。もっと踏み込んだ言い方をすれば,こちらの嗜虐性を刺激するようなところが彼の最大の魅力なのではないか,と。

・・・・・・なんとなくファンの方に怒られそうな気がするので念のため補足しますが,彼はもちろん,エレガントな王子としてもすばらしいですし,跳躍はそれはもう美しいとも思います。
でもね,今まで見た彼の舞台で私にとって特に印象的なのは,ダンスールノーブルの笑顔やマナーでもなければ,見事な跳躍や回転の続くヴァリアシオンでもない。オデットの虜になっていくシーンのジークフリートや狂ったジゼルを目の当たりにして苦しんでいるアルブレヒト,恋人の裏切りに傷ついて憔悴しきったアルマンや痛々しささえ感じさせる熱愛のデ・グリューの姿なの。(あ,もしかして,『マノン』は沼地のパ・ド・ドゥを見せてもらったほうがよかったのかも)

で,そういう魅力を彼の舞台に求めている者の目から見て,この日のアポロがどうだったかと言うと・・・「これ,これ,こういうのが見たかったのよ〜♪」となります。

力強くて威厳のある太陽神なんかじゃなくて,危うげな感じの美しさだわ〜。白い衣裳から覗く上半身はたくましくて男性的なのに,動きはあくまでも柔らかで,そういうアンバランスなところから妖しげでミステリアスな雰囲気が顕れてくるのよね〜。太陽神ではなくて,むしろミューズのほうかもしれないわ〜。それとも,神ではなく,「神に愛でられし者」と言えばいいのかしら〜。等々と,それはもう盛り上がりました。
後半のソロの最後,横ずわりになって指を伸ばした先にテレプシコーラが現れるシーンがあるでしょう? ああいうポーズの官能性が好き。それから,テレプシコーラの両手の上に頭を載せるシーンのいたいけな感じとか。

うん,堪能しました。ほんとうに美しくて色気のある人だよねえ。バランシンが見たら「・・・違う」と言いそうな気はするけれど,でも,好きだわ〜♪ 

ええと・・・ミューズたちについては,印象が薄い。というか,ほとんどアポロしか見ていなかったというのが実態に近いです。(すみません)
中では,やはりヴィシニョーワが存在感があるし動きも鮮明でよいなー,と思いました。

 

第3部

『黄金時代』よりタンゴ

振付:ユーリー・グリゴローヴィチ   音楽:ドミトリー・ショスタコーヴィチ

ガリーナ・ステパネンコ, アンドレイ・ウヴァーロフ

そもそもの『黄金時代』は,博覧会場(名称:黄金時代)やスポーツ競技を舞台に資本主義に対する社会主義の勝利を描いた作品だったそうですが,グリゴローヴィチ版は,社会主義革命後スターリン登場前の新経済政策時代(NEP)を背景に,成金たちが集まるナイトクラブ(名称:黄金時代)の踊り子リタが若い漁師ボリスと出会って,紆余曲折の後にそれまでの生活を抜け出し恋を成就させる・・・という物語になっています。
・・・と薀蓄を垂れてみましたが,まあ,今となっては「社会主義の勝利」と言われても困惑しますし,NEPに至っては,そう言えば世界史の授業で聞いたことがあるかなー,程度の認識なので,その辺は置いておいて,と・・・。

1度全幕を見ただけなので確言はできないのですが,今回踊られたシーンは,たぶん,クラブでのショーとして踊られるダンスだと思います。だから,踊っているのはリタとショーでの彼女のパートナーでありギャング(現代ロシア風に言えばマフィア?)の頭目であるヤーシュカ。
リタはボリスとのデュエットでは清純派の魅力を見せ,この踊りでは(白鳥と黒鳥を踊り分けるように)妖艶さを見せる・・・ようです。さらに言えば,リタは,現在の荒んだ生活に疑問を感じていて,ボリスへの想い(あるいは,まっとうな生き方に戻りたいという気持ち)がこの踊りの中でだんだんと大きくなっていく・・・らしい。そして,ヤーシュカのほうは,ヤクザな世界に生きる男のかっこよさとか色気とかリタへ支配欲を見せる・・・みたい。

で,そういう知識を前提に見るとですね・・・今回の上演は「全然ダメじゃん」でしたね。はい。

ステパネンコは存在感はすばらしいけれど少々華に欠けるし,テクニックは強いけれど演技力は今ひとつ。だから,「凄みがあるなー」ではありますが,妖艶さとかあるいは揺れ動く心情は見せてくれませんでした。
ウヴァーロフのほうは,そもそも衣裳が間違っとりますがな。ショーでのヤーシュカはお下品に光る素材の黒タキシード(の類)で登場するはずなのに,黒づくめとはいえ,あの半袖Tシャツ姿はないでしょう。あれじゃショーのダンサーではなくて大道具係ですよぉ。いや,彼の「いい人そう」な雰囲気に本来のヤーシュカの衣裳が似合うかどうかは疑問ではありますが,でもさー,同じ黒の簡素な衣裳で登場するにしても,例えばサテン地の長袖オープンカラーのシャツにするとかさー。せめて,Tシャツを長袖にしてくれぃっっ。・・・・・・あ,踊りはまずまず。色気には欠けたと思いますが,かっこよくはありました。

でも,あれですよね,そういう余計な知識というか先入観抜きに見れば,悪くなかったのではないでしょうか。
『ライモンダ』と比べると「踊りなれてないんだろーなー」は歴然でしたが,毎回同じ古典のパ・ド・ドゥではつまらないですものね。新しい一面を見せてくれて,しかも,日本ではなかなか見る機会のない作品を紹介してくれたわけですから,「ありがとう」と言うのが正しい反応なのかも。

 

『アダージョ』

振付:アレックス・ミロシュニチェンコ   音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ

アンドレイ・メルクーリエフ

だ,か,らぁぁっ,こういう深遠なテーマがあって素の肉体で踊る男性ソロは難しいって言ってるでしょぉぉっっ・・・と文句を言いかけたのですが,よく見たら,Tシャツとタイツ(スラックスだったかも?)を身につけておりました。で,そうなると,あら,せっかくならこのコの裸も見たかったわね〜,と残念に思ったりして。あはは。

踊りは悪くなかったですが,振付が凡庸だったと思います。よく言えば,メルクーリエフのための作品だけあって,彼がいろいろな跳躍を見事に踊れることを見せているのですが,悪く言えば「ジャンプの稽古のためのアンシェヌマン(男性用・上級編)」という趣。でも,ロシアの現代作品にありがちな「なんじゃ,こりゃ?」ではなかったので,よしとしておきます。

 

『パリの炎』

振付:ワシリー・ワイノーネン   音楽:ボリス・アサフィエフ

コリーヌ・ヴェルデイユ, ライナー・クレンシュテッター

そうですねー,悪くはなかったですが,このパ・ド・ドゥは,テクニック自慢のダンサーが競い合うように見事な技を繰り出して,こちらを興奮させてくれるべきものだと思うので・・・。

ヴェルデイユはきちんと踊っていて安定感がありますし,ヴァリアシオンでちょっと首を傾げて愛らしさを見せるなど,うまいなー,さすがプロとして長く踊っているだけのことはあるなー,という感じでしたが,超絶技巧というほどではないですし,ちょっと地味かも。
クレンシュテッターのほうは,失礼ながら,単にテクニックを披露しているだけ。まあ,ほんとに若いですからねー,きれいに踊るとか効果的に見せるなどは今後の課題ということでしょうか。うん,上手だったと思いますよん。
コーダの回転では二人とも,5/4ずつ回って(もしかすると7/6かも)身体の向きを変えていく技を見せていました。

 

『レイトリー』

振付:ドワイト・ローデン   音楽:スティーヴィー・ワンダー

サンドラ・ブラウン, デズモンド・リチャードソン

これも面白い動きが多く楽しめましたが,スピード感と音楽の使い方の意外性という点で,『アヴェ・マリア』のほうが好きかな。
というより,「わ〜い,ひと晩に二つも見られて嬉しいな〜」という心境になれるほど,ローデンの作品を気に入ってはいないみたいです。ですから,今回の公演で珍しいものを見せてもらえたのはよかったとは思いますが,今後ローデンとリチャードソンのカンパニー《コンプレクションズ》が来日することがあっても,私は見にいかないでしょう。(いや,別に振付やダンサーがどうこうではなく,私が古典を好きなだけ。キリアンとNDTだって同じだもん)

 

『コート』

振付:デイヴィッド・パーソンズ   音楽:ロバート・フリップ

ウラジーミル・マラーホフ

見るのは2回目。前回は会場の舞台機構の関係で舞台上が完全な闇にならず,移動する身体がうっすらと見えてしまう状態だったので,今回きちんとした形での上演を見られて,とても嬉しかったです。そして,なにが起こるか知ってはいても,感嘆してしまう作品であり,ダンサーでありました。

空中歩行や空中飛翔もすごいと思いますが,私が一番感心するのは,同じ位置で同じ形の跳躍を数回続けるところ。寸分違わぬポーズだから(少なくともそう見えるから)まるで宙に浮かんでいるみたい。見事♪♪

 

公演の全体的な感想としては・・・自分で読み返してみて,あまり誉めていない感じがするわけですが・・・でも,決して不満ではないです。

そもそもマラーホフがいい舞台を見せてくれれば私としては文句はない,ということもありますが,それだけではなくて・・・たとえば,特によいとは思えなかった『パリの炎』パ・ド・ドゥであっても,今まで(人脈の広さと言えば誉め言葉になるけれど)いろんなところから寄せ集めて公演をしているなー,という感じだったこの公演で,マラーホフのお弟子さん(? 部下?)どうしのパ・ド・ドゥを見られるようになってよかったなー,という気分になれたという要素があったんじゃないかな。

私はマラーホフのファンというほどではないので,率直に言って,この方の人生におけるトータルな成功はどうでもよくて,私が見る舞台さえ魅力的であればいいわけです。だから,あと5年くらいは踊ることに専念してほしいなー,と勝手なことを思ったりもするのですが・・・でも,今回の公演を見ているときは,彼がベルリンで芸術監督として成功をおさめることを心から祈りたい気持ちになりました。
うーむ,これは彼の人徳というものでしょうかね? それとも,諸般の事情でこちらの気分が情緒的になっているせいなのかなー?

(04.5.18)

サイト内検索 上に戻る 04年一覧表に戻る 表紙に戻る