ジゼル (レニングラード国立バレエ)

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04年1月31日(土)

東京文化会館

 

作曲: A.アダン

台本: V.サン=ジョルジュ, T.ゴーチェ

演出: J.コラーリ, J.ペロー, M.プティパ

美術: V.オクネフ

指揮: アンドレイ・アニハーノフ     管弦楽: レニングラード国立歌劇場管弦楽団

 

ジゼル: スヴェトラーナ・ザハロワ     アルベルト: ファルフ・ルジマトフ

ミルタ: イリーナ・コシェレワ     森番ハンス: アンドレイ・クリギン

ペザント・パ・ド・ドゥ: タチアナ・ミリツェワ, デニス・ヴィギニー

ジゼルの母: ユリア・ザイツェワ     バチルダ: オリガ・ポリョフコ

公爵: アレクセイ・マラーホフ     アルベルトの従者: ロマン・ペトゥホフ

二人のウィリー: エレーナ・フィルソワ, スヴェトラーナ・ギリョワ 

 

ザハロワのジゼル役は初めて見ました。
ニキヤがあまりに「女王様」で全く感情移入できなかったので,「まして村娘・・・」と多少心配しながら見にいったのですが,予想よりよかったです。特に1幕がよかったわ〜。

容姿や雰囲気が大人すぎてパフスリーブのかわいい衣裳が似合わないという問題点はありましたが,愛らしい笑顔で,明るく快活な乙女の雰囲気。うん,彼女の個性からして,無理して「儚げ」とか「慎ましやか」なんか作らないほうがいいですよね。

そして,踊りが美しいです〜。
軽々と上がる脚,軽やかな跳躍,安定したバランス。なんでこんなに上手なんでしょ〜。なんでこんなに美しく身体が動くんでしょ〜。

「格が違う」と申しましょうか,これだけきれいで目立つ娘さんなら,村の収穫祭の女王に選ばれるのは当然ですし,もしかすると,彼女の魅力は近隣一帯でも評判だったのではないでしょうか。
それを聞きつけたアルベルトが興味を持って見物に来て,恋に落ちてしまう。なんとか近づこうと,金と権力で向かいの家の住人を別の土地に移して(屋敷の下働きに雇ったのかもしれませんねー),偶然を装って引っ越してきて・・・なんて。(この日のルジマトフは,「若気の至り」のアルベルトだったので,こういう経緯でもおかしくなさそう)

演技が明快で,話の進行や人間関係がわかりやすいのもよかったです。(ふーむ,もしかすると既にボリショイ風になったということなのでしょうかね?)
楽しく踊っている最中に,あ,胸が苦しいわ,となるシーンなど,こんなにわかりやすい演技は珍しいんじゃないかなー。お母さん役のザイツェワも,折りにふれて心配そうに演技して協力(?)したこともあり,彼女の死は「悲しみで胸が張り裂けて死ぬ」とか「狂い死ぬ」などというようなワケわからんものではなく,「ショックの大きさが心臓に負担をかけて死に至った」という合理的なものに見えました。(いや,同じコトかもしれないけどさー,私,合理的なのが好きなのよ) 

狂乱シーン自体で大騒ぎしないのも非常に好ましいですー。
茫然自失の中で,信じられない,そんなはずはない,なぜこうなってしまったの・・・と今までを振り返る趣。うん,品を失わないで表現してくれるのは何よりですわ〜。

 

ルジマトフは,無邪気に恋していた考えなしのお坊ちゃん。
いかにも「ウキウキ」と登場しますし,ジゼルとのシーンで自分のすわる余地がないところなど,本気で困っているふう。花占いも真剣そのもの。ザハロワが大輪の花のように輝いていたこともあり,「きれいなおねえさん」に夢中の少年のようでした。(ただ,この辺り,やはり年齢的視覚的にちょっと苦しいところはあるかも。私にはかわいく見えるけれど)

狩の呼び声が聞こえたときに,一瞬「困ったなー」と悩むものの「よしっ,こっちに隠れちゃおっ☆」と笑顔で(小さく跳躍までしながら)舞台から去っていったので唖然としました。「楽しそうにしている場合か? あんたはアホか?」と思ったのですが・・・その後,一行の姿が消えるとすぐに舞台に戻ってくるという話の流れを考え合わせると,そうだよね,要するにアホな人なのよね。うん,もっともな演技かもしれません。

もっとたまげたのは,バチルダと対面するシーンです。
この場を逃れようと貴族の本性を現しつつ(?)右往左往するうちに家の中から公爵とバチルダが登場すると,完璧に貴族モードに戻ってしまう。ジゼルのほうなど見ないで見事なマナーでバチルダの手をとり,全く葛藤なくその手に口付けをする。ありゃ,彼のアルベルトって,こんなヒドイ男だったっけ? と驚いていると,ジゼルに割って入られて固まってしまったので,ますます仰天しました。
口を開けて手をその前方に置いて(いわゆる「あわわ」というポーズね)身動きできないでいるのよ。その姿が「ああ,ジゼルがこんなにショックを受けるなんて。なんてひどいことをしてしまったのか」とか,逆に「ち,マズイことをしてくれて」と見えた方もあるかもしれませんが,私には「あ,そうだった。しまった,ジゼルもいたんだった」というふうに見えました。
いやー,びっくりした。驚いた。こんなに頭の軽いアルベルトというのも珍しいですなー。しかもそれをルジマトフがやったから,驚きは大きい。

まあ,ルジマトフというダンサーは非常にシリアスな雰囲気の方ですし,お顔が若々しいという年齢は過ぎていますし,ここに至るまでの従者やハンスとの場面で貴族そのものの威風を見せていますから,こういうことをしてもさほど軽薄には見えませんが,いや,しかし驚いたなー。(前からあんなコトしてましたっけ?)

でもって,狂乱シーンでまた驚く。
普通に嘆いたり抱きとめようとして果たせなかったりいろいろやっていたのですが,まだジゼルが生きているうちに(←というのもなんだが)従者に促されて自分の小屋に入ろうとするの。結局その場を離れ難くて振り向いたときに,ジゼルが正気に戻って互いに駆け寄るのですが・・・うーむ,このタイミングで小屋に去りかける気配を見せるアルベルトというのは初めて見たような?

最後に,幕切れの去り方で不意打ちをくらってしまいました。
従者にマントを着せ掛けられたあと,舞台前方で客席に向かい,なにかを思いつめるような表情でしばし(5秒くらい? それとも3秒?)立ち尽くしているのですわ。
それはもうかっこよくて「きゃああ」ではあるのですが,いったいどういう意味のある振舞いだったのでしょうねえ? で,さらにかっこよく決然とした感じで振り返り,マントを翻して疾風のように走り去っていきました。

うううむ・・・謎だ。不審だ。納得いかない。ルジマトフはどういう意図で,ああもヒロイックな雰囲気を発散させながら立っていたのだろうか。まさか,凛々しくジゼルに別れを告げたわけでもあるまい。永遠の愛を誓ったわけでもなかろうし・・・。自分の罪を自覚して,この場にいてはいけないと判断する過程を表現していたのだろうか。

・・・と,悩んでしまうわけです。(ほら,合理的なのが好きだから)
いや,私,最後に走り去るアルベルトって基本的に嫌いなのよ。特にルジマトフの場合,去り方が美しいから(♪)余計腹が立つ。でもまあそういう演出だから,この日も「ひと一人殺しといて美しすぎる!」といつもどおり怒るつもりでいたわけ。そしたら混迷に陥るようなモノを見せられてしまって・・・怒り損ねて残念でありました。
ま,いいや。意味不明であろうと,それはもうかっこよかったもんね♪♪

 

クリギンのハンスは,わかりやすい演技(←濃いとも)で「報われぬ恋」を伝えて,やはりいいです。2幕で殺されるシーンのみじめさ,情けなさも上手でしたし。
それから,彼のハンスのよさは,かっこいいことなんじゃないかと思います。異論は多々出そうですが,ルジマトフよりハンサムだと思うもの。身長もあって頼りになりそうで,しかも色気というか遊び人風の雰囲気もあるし,コワモテのようでもある。村娘の中には彼に憧れているコもいるかも〜。
この役が単なる憎まれ役とか,あるいは「だっさー」では,今ひとつ話がつまらないですものね。

バチルダのポリョフコは今ひとつ。かわいらしすぎるというか,もうちょっと重々しさがほしいなあ,と。マラーホフの公爵はすてきでした〜。
あと,従者のペトゥホフには,マイムをもう少しなんとかしていただきたいと思います。

ペザント・パ・ド・ドゥは,ミリツェワがよかったです。柔らかな踊りだし,軽やかさもあって,とてもきれい。アダージオのリフトでパートナーとタイミングが合わなかったのは惜しかったですが,空中で揺れながらも笑顔を保っていたので,偉いなー,と思いました。
ヴェギニーのほうは,リフトが危なかったのは彼だけの責任かどうかわからないのでおいといて・・・持ちこたえたのは立派です。でも,ヴァリアシオンもさほどではなかった。あと,メイクを改善したほうがいいかも。

1幕のコール・ドは,あまりよくなかったと思います。長い日本公演でお疲れだったのかしらん?

演出的には,アルベルトが村の生活に溶け込んでいる気配なのが珍しいかな。ジゼルが友だちに彼を紹介する感じがなかったような気がするし,お母さんも,娘の健康状態は心配しているものの,得体の知れない男だと警戒する感じではなかったです。
既に周りからも認められる恋人どうしだから,騙されていたと知ったときのショックがより大きくなるということもあるでしょうから,よい演出かもしれませんねー。

それから,ジゼルの衣裳はボリショイのジバンシーデザインのものだったらしいです。私はボリショイの公演を見ていなかったのですが,「あの悪名高い黄色い衣裳・・・」ということはわかったので,心配しながら見にいきました。
でも,あら,かわいいじゃないの,と。胴部分の臙脂色も深みがあってきれいだし,コール・ドが淡色系だから,色の洪水にもならないし,よかったと思いますけどー。(ゲストの衣裳持込みをよしとするかどうかは別として)

 

さて,2幕ですが・・・コシェレワのミルタがよかったです。
彼女はこのバレエ団での私のお気に入りバレリーナですが,愛らしい顔立ちですし,踊りの雰囲気も癖のない楷書風の優等生。凄みがあるとは思えないので,キャスト表を見て,ちょっと心配してしまいました。
でも,優等生だから,ウィリーたちを率いるのにはふさわしいのですね〜。冷酷とか男への怒りなどはやはりさほど感じられませんでしたが,いつも以上に安定して堂々とした踊りでしたし,ハンスを殺す指揮をとるあたりではそれなりに怖さも見せ,その後上手端で片足を引いて立つ姿の存在感も立派。けっこう似合うじゃないの,と嬉しく思いました。

コール・ドはよかったと思います。もっとも『バヤデルカ』のときに比べると,一体感みたいなものが足りなかったし,ウィリーの群れにしては少し優しすぎる,というか硬質さが不足していたかな? でも,やっぱりここのバレエ団のコール・ドはいいわ〜,と思えました。
ドゥ・ウィリーのギリョワも踊りのスケールが大きくてよかったです。

 

ザハロワはですね・・・うううむ・・・全然ウィリーらしくなかったです。

墓から呼び出された直後に片脚を地面と水平にして,すごい勢いで回転する動きがありますよね。あれは,ジゼルが「人間ではなくなってしまっている」ということを表す,とても大事なシーンだと思いますが,それが,全然異様に見えない。ものすごく速く滑らかに美しく回転していたのが災いしたということもあるかもしれませんが・・・私の目には,「形」そのものが間違っているように見えました。上体を倒しすぎなんじゃないのかなー? 上げた脚の曲げ方が足りないんじゃないのかなー?(←素人が何を言うか,とは自分でも思うが)
それから,アルベルトとパ・ド・ドゥになって初めのほう,身体をそらし気味にして小さな跳躍の連続で舞台を斜めに横切るところも,いつもは「魔物らしい」動きだと感じるのに,ザハロワからは全く不気味さが感じられなくて・・・。
全体的にも,(ルジマトフのリフトの問題もあったのかもしれませんが)体重がない,という感じがしませんでしたし,例によってロシア製のシューズのせいだと思いますが,ところどころ足音も気になりました。

同じバレエ・ブランといっても,『白鳥』のグラン・アダージオや『バヤデルカ』の影の王国と『ジゼル』2幕は違うのだなー,前二者が見事だからといってジゼルになれるわけではないらしいなー,というのが今回の発見でしたわ。
うん,まだ若いですからね。今後に期待いたします〜。

まあ,霊的な存在に見えないということを除けば,ザハロワはよかったです。
たいへん上手ですし,美しいです。とにかく,腕も脚も首も背中も,全身が美しく優雅に動くし,指先まで,爪先まで美しい。これだけ美しければ,それで十分なのかもしれません。

雰囲気的には,アルベルトへの恋心を段々と取り戻す感じかな。通常私たちがジゼル役に期待する「許す愛」とか「守る愛」ではなく「恋」だったと思いますが,「好きな人と再会できたから,もう離れたくない」という趣で,これはこれで感動的でした。(そして,また引き離される非情な運命なわけですし)

 

ルジマトフは,美しかったです。
いつもの彼の悲痛極まりない雰囲気で登場したので,1幕の若い軽さとの断絶があまりに大きかったという気もしますが,まあ,他にやりようもないでしょう。自分の愚かな無責任さによって,愛する人を死に追いやったことで,一夜にして大人になった,と理解しておけばいいのかな。それと,幕切れの雰囲気とちゃんと連続していたとは言えそうだし。

ただ・・・愛がなかったような気がします。従者が怖くてじたばたしているときに,無反応で,「去れ」と手を上げている様子などは,無常感漂うというか・・・現世のことにはすっかり関心を失っているように見えました。そして,ジゼルが現れたあとも,そういう感じが続いて・・・彼女を求めているようには見えませんでした。

もちろんそういう動きはしていたし,場の進行に応じて,それぞれのシーンにふさわしい動きを,それもていねいに,この上なく美しく見せていたのですが・・・なんだか「虚ろ」と形容したいような,そんな感じ。
なんとかして助かりたいという様子はもちろんなく,かといってジゼルへの愛を語るわけでもなく,運命を受け入れて自分を罰しているようでもなく・・・ただ,美しくそこに存在していた,というか・・・。

ファンモードで美辞麗句を用いて「自分の内部の深い闇を見てしまって,自分に絶望してしまっている。2幕はそんな彼が見た幻」などと言いたいのですが,それではザハロワの人間的なジゼルと平仄が合わないような。いや,合うのかな?
あるいは,もっと愚かしく「それはもう儚く見えて,ジゼルよりよっぽど精霊だったわ〜♪」などと言ってすませる方法もあるかと思うのですが,ことルジマトフに関する限り,そんなものを見せようとしていたとは思えないでしょ?

というわけで,どう考えたらいいのか,感じたらいいのか,困惑してしまいました。
うん,そういう風にあれこれ考えられるから,彼の舞台を見続けているのよ〜♪ ということで,とりあえずまとめておきます。

 

虚ろな感じは,ジゼルが去った後,無意識のうちに下手に向かって歩いていって,彼女の墓にぶつかるまで(文字通りぶつかった。こんなの初めて)続きました。

そして,突然我に返って・・・またこの後が私には悩ましい。百合の花をそんなに派手に撒き散らすんじゃないっ,とか,墓に向かって駆け寄るときにジュテなんか披露するんじゃないっ,とか言いたくなる。いや,これは完全に好みの問題で,ルジマトフは私じゃないから(←当たり前),たまに,私が見たくないようなこともやるのよね。いや,美しいんだけどさー。とっても似合うんだけどさー。

そして,墓の上で慟哭するうちに,幕が下りました。
今度こそ完全にジゼルを失ったことを理解した彼の絶望。彼の慟哭。
それは,いわば自業自得の結果であるだけに,救いようのないもので,何回見ても私の心を揺さぶるものです。特に今回は,(問題のジュテのタイミングが巧みで)墓の上に崩れ落ちるように見えたので,感動も一入。

こういう結末はたぶん珍しいもので,私はキーロフとこのバレエ団でしか見たことがありません。(キーロフ版を採用している新国立劇場でさえ違う) 
もっと一般的な「アルベルトは新しい生命を得る」ヴァージョンでルジマトフが踊るとどうなるのか,とたまに思うこともありますが・・・でも,やっぱり,彼の雰囲気にはこの結末が似合うのだろうなー,と思います。

 

うん,よい公演でした。
↑に書いたようにいろいろ言いたいこともありましたし,ルジマトフとザハロワの表現したいものはかみあっていなかったような気もするし,技術的なパートナーシップには少々難があるようにも思いましたが,それぞれは,実に美しかったですから。
そして,ザハロワの日本での初めてのジゼルを見られたのも嬉しかったし,ルジマトフの全幕のアルベルトを数年ぶりに見られて,とても幸せでしたから。

(04.2.3)

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百合の壁紙は,素材サイト Polypterus 宵の闇 から頂きました。