シルヴィ・ギエム プロデュース 「三つの愛の物語」
03年6月14日(土)
グリーンホール相模大野
三人姉妹
振付: ケネス・マクミラン
音楽: ピョートル・I.チャイコフスキー 編曲: フィリップ・ギャモン
デザイン: ピーター・ファーマー 照明: ジョン・B.リード
初演: 1991年2月7日
ピアノ: フィリップ・ギャモン
マーシャ: シルヴィ・ギエム イリーナ: エマニュエラ・モンタナーリ オリガ: ニコラ・トラナ
ヴェルシーニン中佐: マッシモ・ムッル クルイギン: アンソニー・ダウエル
ソリューヌイ船長: アンドレア・ヴォルピンテスタ トゥーゼンバッハ: ルーク・ヘイドン
ナターシャ: シモーナ・キエザ アンドレイ・プロゾロフ: マシュー・エンディコット
チェプイキン医師: クリストファー・ニュートン アンフィーサ: ニコール・ランズリー
仕官: ロス・クリスチャン・カーペンター, ギャヴィン・フィッツパトリック, サイモン・ウィリアムズ, フィリップ・ウィリンガム
チェーホフの戯曲に基く舞台で,見るのは2度目。
前回は,92年英ロイヤル日本公演でバッセル/ムハメドフで見て,今でも断片的には覚えているくらい印象的でした。(覚えている,というよりは,今回の舞台を見て「そうそう,こういう場面あったわぁ」と蘇ったというほうが正しいのかな)
とてもよい作品のとてもよい上演だと思いました。
作品自体が,原作をたいへん上手にバレエ向きに脚色している感じです。原作(むかーし読んだだけですが)よりバレエらしくロマンチックになっている,というか,愛情問題を中心に据えていると思いますが,でも,姉妹3人がそれぞれの生活の中で希望を抱いたりそれを失ったりしながら日々を生きていく,という原作の味わいはよく出ていて,すてきな作品になっていると思います。
ギエムはすばらしかったです。
きちんとコントロールされた美しい動きの中に情感があって,とてもドラマチック。
冒頭の3姉妹が抱き合う動きでも,穏やかな笑顔ではあるけれど,この人の内面には何かただならないものがある,と思わせてくれる表情ですし,ヴェルシーニンと向き合うときは,ただ立っていてもドラマを感じてくれます。
全体として,「倦怠期の人妻」と言っては乱暴すぎるかもしれませんが,夫にほとんど絶望している(たぶん日々の生活にも絶望している)ところに現れた魅力的な男性に魅きつけられながらも,それが許されないことを知っている感じで,すてきでした♪
もちろん踊りも見事。
姉妹3人が同じ動きをするところでは,うーむ,やっぱり違う。場の雰囲気を考えて自分が突出しないようにしている感じを受けたのですが,でも,彼女の動きはやはり違う。どこかで読んだ表現を使えば「空間の支配力」が違う。すごいダンサーだなー,と改めて感心しました。
別れのパ・ド・ドゥはテクニック(というか身体能力?)全開,それが刹那的な恋の激情の表現になっていたと思います。
ダウエルも見事。
前回も彼のクルイギンで見たのですが,当時より太めになり,髪はより薄く,ぎくしゃくした苦悩のソロはさらにみっともなく,野暮ったさオーラが倍増した感じ。(オーラはもちろん,すばらしくあるわけです) ヴェルシーニンがいるいないにかかわらず,これでは女房に疎まれるでありましょう。うーむ,説得力ありすぎっ♪
で,美しい妻を不器用なやり方でではあるけれど大切にしていて,でも,妻のほうはそれをかえってうっとうしく思っていて,だから哀愁が漂う・・・。いや,哀れというべきかな? たいそう辛くて感動的でした。
ところで,クルイギンって,妻の浮気を知っていたんですかね? いや,普通なら気付くとは思うけれど,でもこの人の場合・・・なんか最近様子がヘンだ,何か悩みでもあるのだろうか? 自分がなにかマズイことをしたのか? と的外れな心配をしていたように思えなくもない。それくらいマーシャと波長が合わない人に見えたんだけど・・・うーむ,どうなんでしょ?
ムッルは,よく言えば,若いツバメに見えました。で,悪く言えば,マーシャは閉塞感から逃げたかっただけで,相手は誰でもよかったんじゃないかなー,という印象を与えるセックスアピールの薄さ。(まあ,前回見たムハメドフとつい比べてしまうし,周りが存在感ありすぎだったせいもあったかもしれませんが)
とってもかっこいいんですけれどね・・・。
踊りも今ひとつでした。
ヴェルシーニン役に与えられている跳躍とか回転の動きは,マーシャに対する情熱とか内心の葛藤などの表現に不可欠なものだと思います。それを踊れていないのは・・・ううむ・・・一種のミスキャストなのではないかなー。
周りのダンサーはそれぞれ役の雰囲気にあっていて,よかったと思います。
特に印象に残ったのは,オリガのトラナとトゥーゼンバッハのヘイドン。
トラナは前回も同じ役で出ていました。ダウエル同様初演キャストでもあるそうですが,彼女も前回よりよかったような気がします。いかにも長姉らしい包容力ある女らしい情感とか,クルイギンに対する気遣いの表現とか(もしや思いを寄せているのだろーか? 蓼食う虫も好き好き?),共感しにくい人物像が多いこの作品の中で,ほっとさせてくれる存在でした。
ヘイドンは若いのに前頭部の髪がないのでいささかたじろぎましたが,それも役の雰囲気によく合っていますし,非常に演技が上手。
妹のイリーナを争う二人の男のうちの一人ですが,この二人は,単純に言えば粗暴そうな人と真面目そうな人。で,イリーナは後者を選ぶのですが,決闘騒ぎになって,結局この人は殺されてしまう。ヘイドンは,この殺されてしまう役なわけです。
で,髪が少ない上に眼鏡までかけたヘイドンは,気が弱そうだけれど,真面目そう。一見しただけで「いい人」に見える。(軍服は着ていますが,戦闘担当ではなく主計将校かなにかなのではないかなー)
でも,それだけではないんですよね。イリーナに対する真剣さは,ちょっと偏執的な感じも入っていて滑稽味がありますし,ライバルに対するときには(当然のことかもしれないけれど)自尊心のようなものも見せる。
そして,決闘シーンでは,傘をさしながら決まらない腰つきで銃を構えるという戦闘能力のなさ。これはもしや現実的な生活能力のない人なのかもしれないなー,決闘をしなくても,もし戦争になったら間が悪くて最初に死ぬ役回りなのかもしれないなー,と思わせるそのズレ方が切なかったです。(あ,傘は,前回のダンサーも持っていたから,彼の工夫ではなく演出だと思いますけれど)
作品中のクライマックス,マーシャとヴェルシーニンの「別れのパ・ド・ドゥ」の直後に,クルイギンがピエロの赤い鼻をつけて,悲嘆の中にいるマーシャを慰めようとする場面があります。
前回は,この場面で,とにもかくにもいいダンナさまでよかったよねー,とほっとしました。今回は,ありゃ,この調子じゃ今後もどうなることやら・・・と思ってしまいました。
これはバッセルとギエムの個性の違い,(当時)20代の無垢な雰囲気を持つプリンシパルと海千山千の(?)大人のバレリーナの違いによるものなのか,それとも,前回のムハメドフが男性として魅力的であるだけに夫に不適当そうな人柄に見えたせいだったのか,あるいは,ダウエルのダメ夫ぶりがより進歩していたからなのか,はたまた,見る側が年を重ねたせいなのか???
うん,こういうこともあるから,バレエを見るって,面白いですよね♪♪
カルメン (特別ハイライト版)
振付: アルベルト・アロンソ
音楽: ジョルジュ・ビゼー/ロディオン・シチェドリン
美術・衣裳: 宮元宣子
初演:1967年,ロシア,ボリショイ劇場 東京バレエ団初演: 1972年9月14日,東京文化会館
カルメン: 斎藤友佳理 ホセ: 首藤康之
エスカミリオ: 高岸直樹 ツニガ: 後藤晴雄 運命(牛): 遠藤千春
女性ソリスト: 早川恵子, 小出領子
男: 木村和夫, 芝岡紀斗, 後藤和雄, 窪田央, 平野玲, 高野一起
えーと,この作品は衣裳が日本のバレエ団向きではないので,少なくとも現在の衣裳では,上演するのをやめたほうがいいというのが私の感想です。
そもそも古いデザインで雰囲気が垢抜けていない上に,日本人のプロポーションに向いていないと思われます。
特に気になったのは,運命の遠藤さん。長身で手脚が長く,チュチュやドレスではプロポーションがきれいだわ〜,と思えるし,白いレオタードも悪くない方なのですが,上半身に厚みがなく腰が張っているという点でやはり日本人体型。黒いユニタードが似合っていませんでしたし,そのせいで,「運命」の不吉な雰囲気が感じられませんでした。このバレエ団の中ではかなりこの衣裳が似合いそうな方なのにダメでしたから,他の方でも無理なのではないかなー?
斎藤さんも衣裳が似合いませんし,踊りもきれいでなく,カルメンの雰囲気がなかったです。
もっとも彼女についてはそもそもカルメン向きではないと思っていましたので,それなりに楽しめました。「あゝ野麦峠」のような貧しい家出身の女工が男で身を持ち崩し,でも,その心の底には母性的な暖かさがあった,というような,ちょっと泣かせる味わいでした。カルメンも西洋の女工ですもんね。
首藤さんはまずまず。
内向的な感じのダンサーですから,女に夢中になり,振り回され思いつめて,ついには殺してしまう小役人がはまっていましたし,踊りも雰囲気が出ていました。ただ,ソロはいいのですが,パ・ド・ドゥはちょっとイキがあっていないところがあったかも。
高岸さんは,エスカミリオ向きだろうと思っていたのですが・・・よくなかったですねえ。
いや,容姿と雰囲気は,いかにも派手好きの闘牛士らしくていいのですが,踊りにキレがなくて・・・。調子が悪かったのかしらん?
マルグリットとアルマン
振付: フレデリック・アシュトン
音楽: フランツ・リスト
デザイン: セシル・ピートン 照明: ジョン・B.リード
初演: 1963年3月12日
ピアノ: フィリップ・ギャモン
マルグリット: シルヴィ・ギエム
アルマン: ジョナサン・コープ
アルマンの父: アンソニー・ダウエル
公爵: クリストファー・ニュートン
マルグリットの取り巻き: ルーク・ヘイドン, アンドレア・ヴォルピンテスタ, マシュー・エンディコット, 木村和夫, ロス・クリスチャン・カーペンター, ギャヴィン・フィッツパトリック, サイモン・ウィリアムズ, フィリップ・ウィリンガム
メイド: シモーナ・キエザ
死の床にあるマルグリットがアルマンの幻覚を見るところから始まり,回想シーンで,夜会での出会い,田舎での幸福な生活とアルマンの父の訪問,夜の社交場での再会とアルマンから娼婦として扱われる辛い仕打ち。そして最初のシーンに戻って,アルマン親子が駆けつけ,愛する人の腕の中でマルグリットが息絶えるまで。
あまり気に入りませんでした。
特に気に入らなかったのは,冒頭のアルマンのソロ。ヌレエフが踊ればいいのかもしれませんが(ル=リッシュもいいのかもしれませんが)コープのような叙情的なダンサー向きではないと思うなー。
それから,最後のデュエット。死にかけている恋人をああいうふうに振り回してはいかんでしょう。死期を早める愚かな行為だ。
・・・というようなコトを言いたくなったのは,結局,私自身が物語に入り込めなかったからで,それは,たぶん,話の展開が早すぎたせいだと思います。
ダンサー個々の「芸」を見せてもらった感じで,それ自体は見事だったと思いますが,作品としては,私には魅力的ではなかったです。(ノイマイヤー版『椿姫』と比べてしまったせいもありますね)
私はギエム/コープはかなり好きで,全幕も何回か見ていますが,そのときの感動には遠く及ばない感じでした。残念。
この作品は,ガラなどで上演する小品としてはよいのかもしれませんが,「三つの愛の物語」と銘打った公演で見せてもらう種類のものではないような気がします。もっとも,今回の公演をギエムのガラだと考えれば適切な演目なのかもしれませんが・・・。
ギエムは美しかったです。比類ないバレリーナとして舞台の上に存在しているのがそのまま社交界で咲き誇るマルグリットの美しさになっている感じでした。
コープは,期待と違って柔弱ではなくけっこう凛々しかったので,ちょっと残念。(←何を期待していたのか?) でも,若々しい踊りとちょっと翳のある表情がすてきでした。彼って「永遠の少年」の趣ですよね〜♪
そして,二人のパートナーシップが,たいへんすばらしかったです〜。
ダウエルは鬘をつけてシルバーグレイの紳士で登場。威厳と情味を兼ね備えた演技が見事でした〜。
そうそう,すっかりお気に入りのヘイドンも出ていました。もしかして,彼女を崇拝する不器用な若い伯爵(←名前失念)の役なのかな?
装置は簡素なものでしたが,衣裳が美しかったです。マルグリットは,病着以外に,真紅のドレス,簡素な白,そして黒のドレスと着替えるのですが,ぜんぶよく似合っていました。アルマンの父も(着替えはしたほうがいいとは思ったが)シックでおしゃれ。ただ,アルマンは・・・タイツの上に燕尾服の上着というのは少々苦しいですねえ。コープはプロポーションがすばらしいから何とかなっていましたが・・・。
全体としては,『三人姉妹』がとてもよくて気分が盛り上がってしまった分,『マルグリットとアルマン』への不満が残りましたが,よい公演だったとは思います。
(03.6,21)
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![]() ギエム,ル・リッシュ・ダウエル ※作品35分と舞台裏映像17分の収録だそうです。 |
![]() ※『マルグリットとアルマン』初演者であるフォンティーン/ヌレエフの映像が入っているようです。(スタジオ収録) |
![]() チャイコフスキー・ピアノ曲:「三人姉妹」/ドキュメンタリー「イレク・ムハメドフ:力と芸術」 ※『三人姉妹』初演者であるバッセル/ムハメドフによる映像のようです。(VHS) |
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