AMP 『白鳥の湖』

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03年3月9日(日)

オーチャードホール

 

演出・振付: マシュー・ボーン

美術: レズ・ブラザーストン  照明デザイン: リック・フィッシャー

ザ・スワン/ザ・ストレンジャー: ジーザス・パスター    王子: トム・ワード

女王: エマ・スピアーズ    執事: スティーブ・カークハム

ガールフレンド: フィオーナ=マリー・チヴァース    幼年の王子: サイモン・カレイスコス

 

この公演は,AMPの方針だということでキャストの事前発表がなく,たいへん不親切な興行でした。公演直前に,3人の主演者の1人であり一番の注目ダンサーであったアダム・クーパーの公式サイトに予定出演日が掲載され,数日後に消されるという事件も勃発。一連のカンパニーの対応(もしかすると招聘元の対応かもしれません)は,たいへん問題のあるものだったと思います。

キャスト発表がなかったからお目当てのダンサーを見るために山ほどチケットを購入する破目に陥った方もたくさんいらしたわけですし,その結果,チケットは入手困難に。(もちろん,作品と上演が優れていて評判を呼んだということもあったでしょうが,それだけがあの大入りの原因だとは私には思えません。)
で,当日発売のキャンセル分や立見席を求めて,朝から(開演1時間前のキャスト発表の内容によっては空振りも覚悟で)当日券売場に並んだ方も多々いらしたそうで・・・。

2度にわたって追加公演をするなど,公演を主催する側も観客に応える努力はしたのでしょうが,その際もキャスト発表はないままで,チケットを求めての騒ぎは加熱するばかり・・・。私は,今回の件について,かなりえげつない商法だという印象を持ちました。

ところで,私,危うくこの公演を見逃すところでした。なにしろ,まごまごしているうちに,土日のチケットは売り切れてしまっていたの。
困っていたところ,主にクーパーを見たくて複数日のチケットを購入していた方のご好意で,彼の出演予定でない日のチケットを譲っていただくことができました。(ありがとうございます〜)

もし,クーパーのサイトでの親切な告知がなければ,こういうコトはできなかったわけで・・・コレを書きながら,改めてクーパーに感謝するとともに,そもそもAMPとBunkamuraがけしからんっ! と怒りを新たにしてしまうのでした。

 

さて,舞台ですが・・・

第1幕は,少年王子が王家の窮屈な生活と母親(女王)の抑圧的な愛情の中で成人して,恋を知ったと思ったらガールフレンドと女王は相容れず,しかも彼女が自分の前に現れたのは執事の工作によるものだったと知り,その上,街で身ぐるみはがれるような目にもあい,すべてに絶望して自殺しようと考えるまで。

いやあ,ボーンはうまいねえ。1幕だけの間に,盛り込んだ話の量も伏線の量もユーモラスな小技の量も並大抵のものではない。これはなるほど,何回も通う方が出るわけだなー,と感心。

王子のワードは,(この場合,こういう言い方は失礼ではないと思うのですが)見るからに冴えない容姿で(2幕での)踊りも垢抜けないので,非常に役にあっていました。常におどおどしながら暮らしている感じの演技がうまく,共感はしにくいですが,同情は大いにできる感じ。

 

第2幕は,その王子が公園で白鳥の群れの中の1羽に惹かれていき,生きる力を取り戻すまで。

音楽の使い方が普通の『白鳥の湖』の「本歌取り」になっているので,おお,なるほどー,と感心しながら見ました。
まず,ザ・スワン(白鳥)の登場シーン。台車の上にすわって(?)背中を見せたポーズで舞台を横切るのですが・・・いやーん,これってセルゲーエフ版のちゃちなつくりものの白鳥が舞台奥を横切るのとそっくりじゃないのぉ♪
以下,グラン・アダージオは白鳥と王子のデュエットだし,「小さな4羽」や「大きな4羽」はちゃんと4人ずつの踊りだし,オデットのヴァリアシオンではザ・スワンが踊るし。
楽しめました。

ただ,踊り自体は,私にはさほど魅力的ではなかったです。振付も特にかっこいいというほどではないし,踊りのほうは・・・コール・ドが揃ってないっ,もっと上体を伸ばしてっ,フォーメーションが崩れてるっ,等々注文したくなってしまいました。いや,これは,バレエフリークの視野狭窄のせいだとは認識しております。すみません。(あ,ついでに,1幕だったか3幕だったかで,王子が女王に手を差し出したときは「ちがーーうっ,それじゃ全然王子じゃないっっ」と言いたくなりましたわ)

そういう中で,主役のパスターは,小柄ですがきれいな踊り方(=バレエの動き方)なので,素直になじめてよかったです(笑)。

 

第3幕。
王家の舞踏会にザ・スワン(白鳥)とうり二つのザ・ストレンジャー(黒鳥)が現れてその場にいる女性すべてをとりこにし,ついには女王の心も手中にする。一連の経過に錯乱した王子は女王に銃口を向けるが,執事の暗躍によりガールフレンドが暗殺者の銃口に倒れ,王子自身は捕われの身となってしまう。

映像で見たときは,アダム・クーパーの妖しい魅力がたいへん印象的だったのですが,パスターにはその種の危険な香りは感じませんでした。小柄なせいもあったでしょうが,目が垂れたお顔立ちが最大の敗因だったような気がするなー。
「人の良さそうな笑顔で実はワル」という趣で,悪くはなかったですが,なにしろ王家の舞踏会での一大スキャンダルですからねえ。もうちょっと凄みがほしかったかも。

振付・演出は緊迫感があり,よかったですが,ここでも一番印象に残ったのは古典の『白鳥の湖』を踏まえた演出のうまさでした。
つまり・・・3幕で「黒鳥のパ・ド・ドゥ」のアダージオの途中に,王子が我にかえってオデットを思い出して(背後にオデットの影が出てくる演出も多い),その後オディールがオデット風の動きを見せるところがありますよね。あそこで照明が暗くなり(たぶん王子の内心=妄想の場面なのでしょう),ザ・ストレンジャー(黒鳥)が灰皿の灰で自分の顔に白鳥たちと同じメイクを施す。おお,これによって,王子の中では「目の前の見知らぬ男が昨晩会った白鳥だ」という思い込みが完成するわけなのね〜。音楽の使い方もアイディア自体も見事だわ〜。
(なお,Club Pelicanのチャウさんによると,これは,ボーンではなく初演者のクーパーの発案だそうです。あ,こちらのページね)

 

4幕は,精神病院に監禁された王子のところに白鳥たちが現れるが,白鳥たちは2幕と違って野生の凶暴さを発揮して王子とザ・スワン(白鳥)を襲撃,ザ・スワンは仲間たちに殺され,そして王子も死を迎えるまで。

感動しました。
ここまでは,↑に書いてきたように「面白いなー,うまいなー」程度だったのですが,この幕は舞台に引き込まれました。
振付は,鳥の動きを模して,野生動物の集団の恐ろしさを見事に表現していましたし,群舞もすばらしい迫力。そして,パスターもよかった〜。王子への愛が溢れていて,非情な運命がたいへん切なかったです。

ただ,私は,この作品での女王と王子の母子関係の描き方に理解できないものがあったので(ついていけない,と言ったほうがいいのかな),最後に女王が部屋に飛び込んできて,王子を抱きしめて泣き崩れるのを見て,かなり心が冷えました。
せっかく感動しているのに,ジャマしないでよぉ!

でも,そういう観客は,女王のほうは見ないで舞台の上のほうを見ればよいのですね。そこには,少年時代の王子を抱き上げるザ・スワンの姿が・・・♪ 
普通の『白鳥の湖』でも時おり見かける(←いちいちすみません)「死後,二人は結ばれる」ヴァージョンで,暖かい気持ちになれました。

 

女王のスピアーズは,悪くはなかったですが,映像のフィオナ・チャドウィックに比べて動きがバレエでないので今ひとつだと思いました。これは,単に私の好みの問題ではなく,チャドウィックの場合,バレエでの気高さの表現(首や腕の使い方など)をそのまま持ち込むことが,この作品の中では,もったいぶった,人情味に欠ける王家の人間の表現になっていたと思うので。

とてもよかったのは,ガールフレンド役のチヴァーズ。1幕の劇中バレエのシーンで大声で笑うなどの徹底したお行儀の悪さが,彼女以外の登場人物のとりすました行動と対照的で,たいへん楽しませてもらいました。だからこそ,3幕での自分の生命を投げ出してまでの純愛が際立つのよね〜♪

執事のカークハムは,瓶底丸メガネで一見まじめそう。でも,舞台の端にいるときは軽く踊っていたりして,ひょうきんでもあります。いずれにせよ,全然悪人に見えない人が悪辣きわまりないコトをするわけで,なかなか面白かったです。

それにしても,「執事」ってもしや誤訳ではないですかね? 英王室を下敷きにしているわけだから,例えば「王室秘書官」とか「侍従長」とか・・・。いや,知識がないからはっきりとはわからないけれど,「The Private Secretary」というのは,もしかしたら日本で言う宮内庁長官くらい偉い役職ではないかという気もするんだけど・・・? 
あ,それから「王子」も「皇太子」と訳したほうが適切なんじゃないのかなー?

 

全体としては,この作品で一躍名をあげたクーパーの主演で見られなかったのがちょっとだけ残念でしたが,とにかくこの有名な作品を見ておくことができたし,パスターもなかなかよかったし,楽しめる公演でした。

(03.5.9)

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