海賊(レニングラード国立バレエ)

音楽: A.アダン, C.プーニ, L.ドリーブ, R.ドリゴ, P.オリデンブルグスキー
編曲: E.コルンブリト

台本: A.サン・ジョルジュ, J.マジリエ   改訂台本: Y.スロニムスキー

演出・振付: M.プティパ   演出: P.グーセフ   改訂演出: N.ボヤルチコフ

美術: S.ヴィルサラーゼ

指揮: セルゲイ・ホリコフ   管弦楽: レニングラード国立歌劇場管弦楽団

    2月1日   2月2日
メドーラ イリーナ・ペレン オクサーナ・シェスタコワ
コンラッド マルト・シェミウノフ アルチョム・プハチョフ
アリ ファルフ・ルジマトフ
ギュリナーラ オクサーナ・クチュルク アンナ・フォーキナ
セイード・パシャ アレクセイ・マラーホフ
アフメット ロマン・ミハリョフ ダニール・サリンバエフ
ビルバンド イーゴリ・フィリモーノフ アンドレイ・クリギン
フォルバン ユリア・ザイツェワ ナタリア・オシポワ
クラシック・トリオ アリョーナ・コロチコワ,スヴェトラーナ・ギリョワ,イリーナ・コシュレワ アリョーナ・コロチコワ,エルビラ・ハビブリナ,エレーナ・エフセーエワ
アルジェリアの踊り エレーナ・モストヴァエワ アンナ・ノヴォショーロワ
パレスチナの踊り ナタリア・オシポワ マリア・リヒテル
ピチカート ユリア・アヴェロチキナ,ヴィクトリア・シシコワ タチアナ・クレンコワ,エレーナ・グリニョーワ
二人の踊り ユリア・カミロワ,オリガ・ポリョフコ アリョーナ・ヴィヂェニナ,スヴェトラーナ・ギリョワ

03年2月1日(土)

Bunkamura オーチャードホール

とーっても楽しかったです〜♪

ペレンは,最初の海岸でのシーンはちょっと物足りないかなー,と思いました。若い娘らしい無邪気で楽しげな様子があまりなくて,「おすまし」の感じだったので。でも,奴隷市場のシーンになって,せりにかけられて悲嘆に暮れている表現を見て「お,これなら」と安心。その後は,海賊たちのアジトでの恋する娘らしさもよかったですし,チュチュでのシーンでは,技術的に安定していて,なによりプリマの輝きが感じられました。長い手脚がさらに伸びやかに見える感じの踊り方で,たいそう美しかったです。
このところ彼女の舞台には「ううむ・・・?」が続いていて少々心配していたのですが,この日は華があって,しかもその華が派手すぎないから気品も感じられて,とてもよかったです。

シェミウノフは,先月『白鳥』でロットバルトを見たばかり。長身だからコンラッドはけっこういいかも,と思って見始めたのですが,「けっこう」どころでなく非常によかったです。
プロポーションもいいし,ハンサムだし,踊りは身体を生かしてダイナミック。なにより,若さの勢いが魅力的でした。2幕での海賊たちの踊りが続く場面での楽しげな様子は,うふふ,かわいいわ〜♪
一つだけお小言を言うとすれば,舞台の上にいるときは常に気を抜いてはいかん,というコトですね。メドーラが踊っている最中に,俯いて休んだりしては困ります。バレリーナを見ないで,腰をおろしているあなたのほうを見ている観客もいるのよ。あなたはそれくらいステキなんだから。

クチュルクのギュリナーラもとても魅力的。小柄ではつらつとした雰囲気と歯切れのいい踊りで,ペレンのなめらかな感じと対照的。キャスティングもよかったのでしょうねー。
冒頭の海岸の踊りでは,楽しそうな雰囲気がよく出ているし,踊りのキレもいいので,ペレンより印象的でした。奴隷市場でのパ・ド・ドゥや「夢の花園」は安定していて上手だわ〜。(ただ,1幕のヴァリアシオンで左右の脚を交代に使うことさら難しそうな技(←詳細はうまく説明できない)を見せるのは,あまり効果的ではなかったような・・・)
3幕の冒頭では,船の上で宦官たちと「せっせっせ」か何かやったりして,すっかり今の生活になじんでいる・・・。これだけ水を得た魚のようなんだから,別に救い出さなくてもいいんじゃないのぉ?? と(いつものことながら)思ったりもしましたが・・・救い出されたら救い出されたで,きっと海賊の女房暮らしになじんで,幸せに暮らすのでしょうねー。

アフメットを踊ったミハリョフは,もちろん上手でした。奴隷商人らしく下衆な感じもありましたし,コミカルな芝居もなかなか。ただ・・・奴隷市場でのパ・ド・ドゥを見て思ったのですが,彼の踊りって,実際に踊っている以上の「空間的な広がり」みたいなものは感じられないような・・・。きれいで立派なテクニックなのに私には今ひとつ魅力が感じられないのは,この辺りが原因なのかもしれません。

さて,ルジマトフのアリですが・・・枯れておりましたですねえ。
初めて見たころのメドーラへの思慕を秘めた忠臣でもないし,今までマールイに客演したときのような精神性が突出しすぎる孤高の人でもない。どう表現すればいいのかしら・・・ファンタジー小説に森の奥に隠棲する賢者が登場しますよね,あんな感じ。若い者を暖かく見守りながら(笑),楽しげに,長年培った美しい悩殺業を披露していました。
「楽しげ」と言っても,もちろん,ずっとにこにこしていたわけではなくて,その場その場にふさわしく,険しい表情を見せたり憂わしげだったりするのですが・・・なんというか・・・若いダンサーたちといっしょに,このばかばかしくも魅力的な作品に出演していることをエンジョイしているように見えました。
ですから,こちらも素直にうっとりしたり,暢気にツッコミを入れたりすることができて,それはもう楽しかったです。

いや,それにしても,ほんとにツッコミどころの多い作品ですよねー。

奴隷市場のパ・ド・ドゥでギュリナーラがにこにこしながらフェッテを見せるのはいかがなものかとか,縛られていたはずのアフメットが差し出した花束をメドーラが何の疑いも持たずに受け取るのはなぜかとか,「夢の花園」の場面はあまりに唐突,などはキーロフ版と共通する疑問なわけですが,マールイ版独自の問題は,托鉢僧がパシャの船を訪れるのはいくらなんでも不自然ではないか? ということ(停泊中だったのだろーか?)と,実はギュリナーラとアリは3幕で初対面なんですけどー? ということですね。

ルジマトフ関連で言えば,奴隷市場のシーンでのピンクのマントは勘弁してほしい(泣)。まるでバスタオルみたいなんだもん(←バレエ団への苦情)。
その上,マントの着こなしが,いやん,なぜ1人だけ胸を出しているの〜♪(←ダンサーへの苦情)

いい演出だなー,と思ったのは,3幕でギュリナーラがアフメットにセクハラされた(←ちょっと違うか?)とパシャに訴えて,彼を陥れてしまうところ。それから,最後にコンラッドとビルバントの一騎打ちがあること。

いいのか悪いのか判断に苦しむのは,1幕の最後にビルバントがトルコ側に捕らえられ,2幕で登場したときは既にコンラッドを裏切った立場にあるという設定。たしかグリゴローヴィチ版もそうだったと思うのですが,伏線として有効に働いているようでもあり,あまり意味がないようでもあり・・・。

セイード・パシャはキーロフのお笑い風ちょこちょこ歩きと違って,普通の好色な偉いヒトでした(たぶん,前からそうだったのでしょうが,記憶になかった)。マラーホフは重みのある感じでなかなかステキ。
それ以外の脇のダンサーも,細かい芝居が多くて,とても楽しめました。特によかったのは,奴隷市場でバレスチナを買うおじさん(たぶんクリギン)。女は買いたし金はなし,といった感じでずっと悩んでいてついに落札。でもその後も指おり数えて金勘定をしているの。「久しぶりに町に来て儲けた金を全部使い果たしてしまった。これで月末の支払いをするはずだったのに・・・娘にみやげも買うはずだったのに・・・。ああ,女房に怒られる・・・」といった風情。

男性コール・ドの2幕での海賊たちの踊りも迫力がありましたし,フォルバンを(ビルバントのパートナーとして)踊ったザイツェワがグラマラスな感じで魅力的でした。
「夢の花園」での女性コール・ドも美しかったです。ここでコール・ドの衣裳が淡いピンクで美しく,このバレエ団にしては珍しいなー,と思ったら,あら,いつもと違う大家がデザインしたのね。各場面とも雰囲気に合わせた衣裳で,よかったと思います。

というわけで,たいへん楽しい舞台でした。

正直言って,始まるまではこんなに楽しめるとは思っていませんでした。年齢とともに陰影を深めるルジマトフが,(いくら観客が求めているとはいえ)今さら『海賊』のアリを踊らなくてもいいのになあ,と思っていたから。
でも,ほんとうに楽しかった。このバレエ団で『海賊』を見るのは3回目でしたが,今までの舞台に比べてソリスト級のダンサーがみな魅力的でしたし,枯れた味わいのアリという珍しいモノも見られたし。

そして,その珍しいモノは,もちろん今のルジマトフだから見せてもらえたものなわけです。10年以上前に私を夢中にさせた,エネルギッシュな踊りの中に孤独な魂を感じさせたアリとは違うけれど,落ち着いた大人の魅力とポーズの美しさで,そしてもちろんルジマトフにしか見せられないアリでした。
うん,また『海賊』を見られてとても幸せ〜♪♪(←変節)

(03.2.11)


海賊(レニングラード国立バレエ)

03年2月2日(日)

Bunkamura オーチャードホール

前日の舞台がとても楽しかったので,この日はルンルン気分(←死語?)で見にいきました。

ルジマトフが「切ない孤高オーラ」を出さずにフェロモンは十分出してくれるとなれば,素直に熱狂すればいいだけですし,そもそもこちらの精神を消耗させる感動大作ではなく陽気な気分で楽しめる作品ですし。

そして,ルジマトフは期待に違わぬ舞台を見せてくれました。

プロローグで難破して板切れにつかまってもがいているところからして色っぽくて「きゃああ」,その中でもコンラッドの肩に手をおいて励ます様子に「うわっ,ステキ!」,海岸に漂着して一人で舞台に駆け入ってくる,その走り方がドラマチックで,また「きゃああ」・・・(以下省略)・・・。

とにかく,一挙手一投足に彼ならではの禁欲的な雰囲気とその中から出てくる官能性があって,ファンにとってはたまりませんわ。

そうそう,奴隷市場の最後で,二丁拳銃を手にした姿については特筆しておきたいです。
そこまではマントに(←例のピンクの・・・)身を包んで厳しい顔でコンラッドを見守っていたのが,ぱっとマントを脱ぎ捨てて(←しつこいようだが,例のピンクの・・・)笑顔になって・・・。そこまではずっと抑えた感じだったので,「おおっ,海賊っ」と嬉しくなってしまいました。

パ・ド・トロワは美しかったです。

もちろん,高く跳ぶとか多く回るという意味での技術はかってのようではありません。前日よりは好調のようでしたが,跳躍の連続などに多少苦しいところはありました。(もともと超絶技巧のダンサーではないしー)
でも,とにかく美しい。
腕を伸ばしてその腕を自分の身体のほうに引きつけるとか,床の上に膝をついて上半身を反らすとか,そんな動きの一つひとつやポーズが細部までコントロールされていて,そして洗練されている。自分が一番美しく見える場所に身体の各部分を持っていっている感じ。黄金分割みたいだなー,と思いました。

その美しさで,メドーラの美を祝福するかのように踊り,主役2人の上にさす運命の影を予感するかのように踊る・・・。
いや,もちろん,全然そういう趣旨の踊りではないわけですが,彼が踊ると,必ずなにかそういう物語性が持ち込まれてしまうわけです。いわゆる「演技」ではなく純粋な踊りのシーンでドラマを感じさせるのが,彼のすごいところだなー,と改めて感心しました。

全体の雰囲気は,前日より演技も派手で,少し世俗の人に戻っていたでしょうか。前日は解脱してしまっていたけれど,この日は預言者程度というか・・・。
預言者にあんなに色気があっていいのか? という意見もありましょうが,アレは神懸りの一種で,内容だけでなく語る雰囲気が信徒をひきつけるのでしょうから,まあ似たようなものでしょう。石を投げる人も多いが信じる人も多い,というのも似ているかも・・・。

ん? いつのまにか論点がズレておりますねえ。
この日のアリについて述べているのであって,ルジマトフというダンサーについて語っているのではなかったはずなのに・・・?

話を舞台に戻します。

シェスタコワは,登場シーンでの可憐な様子,奴隷市場での恐れ戦く演技,2幕での優しげな恋人など,よく考えた表現だったと思います。
でも,作為的な感じが強くて,私は好きではありませんでした。
それから,パ・ド・トロワでアリに色目を使ったのは絶対に許容できない(怒)。(異論はあるでしょうが,あれは彼女のオディールがジークフリートを見るときの視線の使い方と同じだと思いました,私は。)

ギュリナーラを踊ったフォーキナは,最近このバレエ団に移籍したバレリーナ。以前のカンパニーに所属していたときに『ムーア人のパヴァーヌ』のデズデモーナで見ているはずなのですが,金髪だったという以外は記憶に残っていませんでした。
大過なく踊っていましたが,軽やかさが足りないかなあ,という感じも。でも,3幕でアフメットを陥れるところの演技はたいへん上手で感心しました。

コンラッドは先月の『白鳥』の好演が記憶に新しいプハチョフ。
お行儀の悪いアウトローで,人の上に立つ器で,恋人にはメロメロの若い男で,たいへん説得力のあるコンラッドでした。踊りは,柔らかくてきれいですし,力強さもあってよかったと思います。

アフメットを踊ったサリンバエフもよかったです。
ソロのある役を初めて見たのですが,なかなか上手だったので,失礼ながらびっくり。跳躍が,高くてすっきりした感じで特にきれいでした。
表現面も,邪気のなさそうな笑顔で悪行を重ねる小悪党の雰囲気が魅力的。奴隷市場での駆け引きとか2幕でビルバントに眠り薬の知恵をつけるところなど,ほんとうに楽しそうでした〜。

そして,クリギンのビルバントがすばらしかったです〜♪
いつも演技が濃いダンサーで,『ジゼル』のヒラリオンなどを見ると「あのー,ちょっとやりすぎなのではないでしょーか?」と言いたくなることがあるのですが,この冒険活劇の中の敵役としては,これ以上ないと思える適任者。主役の影が薄くなりそうなほどの大熱演で,舞台を盛り上げていました。
踊りのほうも,技術的には前日のフィリモーノフのほうが上手だったとは思うのですが,存在感と迫力(と顔のよさ)があるので,見応えがあってステキ。

この日も,海賊たちのダンスや夢の花園の場面も好調。楽しい舞台でした。

それにしても,ルジマトフは美しかった・・・。

彼の『海賊』を見るのはこの日が最後になるのかもしれません。もちろんわからないけれど,彼の年齢から言って,その可能性は高いと思わざるを得ない。
だから,この日のカーテンコールはとても淋しかったです。ステキな舞台を見られて幸せだったけれど,同時にとても淋しくもありました。前日の舞台が始まるまで「今さら」なんて思っていたのに豹変しすぎで呆れたものだとは思いますが,でも,淋しかった・・・。

(03.02.13)

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