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  Wish 



 「菊っつ!」
 必死に伸ばした血塗れの手は、ヴェネチアーノが愛して止まない本田の背中には、届かな
い。
 「ヴェネチアーノっつ!今は聞き分けなさい!」
 愛しい人の側へと駆け寄りたがるヴェネチアーノを、背中からしっかりと抱き留めたのは
ローデリヒ。
 「良い子ですから、ね?傷の手当てをしなければ、本田君が残る意味をなくします!」
 何時だってその大きな背中にヴェネチアーノを庇ってくれたルードヴィヒは被弾して、
先に戦線を離脱している。
 絶対に無茶をするから、菊を頼んだぞ?と青白い顔で、ヴェネチアーノに伝言を残して
行ったのだ。
 「菊ぅっつ」
 何度も振り返りながら去って行った必死な彼にも託された、誰よりも大切な、ただ一人の
人だというのに。
 どんどんと小さくなってゆく、華奢な背中。
 どうして、僕には、彼を守る力がないのだろう。
 ……力がないのが、自分の性分だと思ってきた。
 蹂躙にも慣れてしまい、抵抗する術もすっかり奪われてしまったから、弱いのも仕方ない
のだとすら。
 全てを手にしながら何時も孤独だったじいちゃんの背中を、長く見てきたから。
 力などなくてもいいと、負け惜しみでもなく、永く。
 信じていたのだけれど。
 両隣に居る大切な一人は、自分を庇って被弾し、もう一人。
 最愛の恋人でもある一人は、傷付いた自分を逃がす為の囮となった。
 本田だって数多の深い傷を負っているというのに。
 ただ余りにもその意志が強過ぎて、深手を負っているのすら、隠してしまえただけなのに。
 「お願いですからっつ。これ以上駄々を捏ねないで!」
 背中からヴェネチアーノを必死に拘束するローデリヒもまた、浅からぬ怪我をしている。
 彼の端正な額から左頬は、べったりと血に塗れていた。
 「ヴェネチアーノ!」
 皆が皆、満身創痍なのは承知していたけれど。
 本田一人を置いて行きたくはなかったのだ。
 どうしても。
 「いやだああああっつ!きくうっっつ!」
 ローデリヒとの仲はあまり良くないが、本田を大切に思って止まないツヴィンクリが現場に
駆けつけて、泣き叫ぶヴェネチアーノを、腹にのめり込ませた一撃で気絶させるまでずっと。
 本田を呼ぶヴェネチアーノの声は、止まらなかった。

 「菊っつ!」
 「……やっと目が覚めたか」
 「……あまり、心配させないで下さい!」
 呼んだ名前の人物は居なかったが、目を開いたそこには、見慣れた顔が二つあった。
 「勢い良く起きると眩暈を起こすぞ!」
 反射的に半身を起こしたヴェネチアーノの身体を、慌てて寝かしつける、ルードヴィヒ。
 「……何か、欲しい物はありますか?水分を取っておいた方がいいと、思うのですけれども」
 浮いた脂汗を拭い取ってくれたのは、ローデリヒ。
 優しい二人に感謝の言葉を述べる事すら忘れて、ヴェネチアーノは、ただ気がかりだった
恋人の容態を尋ねる。
 「菊は?菊は、どこっつ!大丈夫なのっつ?」
 「……ヴェネチアーノ。落ち着いて」
 「ねぇ。ルー。菊は?菊はっつ!」
 「……深呼吸をしろ。それから水を一杯飲め」
 「ルードヴィヒっつ!」
 「言われた通りにしろ」
 睨み付けた先には、見慣れた顔より数倍青白い、そして難しい顔をしているルードヴィヒが
佇んでいる。
 こういう表情をしている時、彼は絶対に己の意思を突き通すのだと、深い付き合いの中で
知っていた。
 ヴェネチアーノは目を閉じて深呼吸を数度してから、差し出されたグラスを一息に空けた。
 ライムが数滴落とされたらしい水は冷たく、口の中と頭を幾分か潤してくれる。
 「……ありがと。ローデリヒ。ライムが、すっきりした」
 「…お口に合ったのなら、良かったです」
 「もぉ、大丈夫だよ。ルー。何を聞いても平気、だから。教えて?」
 すぐに答えてくれなかった時点で、本田の容態があまり良くないのはわかった。
 ヴェネチアーノはもう一度深呼吸をして、心の衝撃に備える。
 「……手術は上手くいった。あの綺麗な肌に。傷も残らないそうだ」
 「骨折とかもね、ありませんでした」
 「そっか。良かった」
 本田がどんな姿になっても、変わらず愛し続ける自信はあるのだが、彼が悲しむ姿はなるべく
なら見たくない。
 あの、何時でも触れていたい掌や指先に優しく温かな肌に、傷が残らないのは単純に嬉しかっ
た。
 「けど、な。意識が戻らない」
 「っつ!」
 「もぅ、戻っていいはずだと。お医者様はおっしゃっているのですが……」
 「原因は?」
 「わからない」
 「……そう」
 まさか、このまま目が覚めないなんて……。




                                   願いをテーマに切なくしたつもり。
                    前半戦は良いのですが、後半戦はやっぱりほのぼのに。
                                    続きは本でお願い致します♪
                          




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