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  悪くないだろう?



 ある日。
 本田から電話があった。
 『思う所ありまして、ジョーンズ君を捨てました。けれど彼。どうにもそれが認められないよう
  なのです。申し訳ありませんけれど、ご助力願えますか?』
 
 「……やっとか」
 『……はい?』
 「やっと、俺に助けを求めるのか、と言ったんだ」
 『……ええ。できれば貴方のお手を煩わせたくは、ありませんでしたよ』
 本田は深い溜息を隠しもしない。
 カークランドがジョーンズを溺愛していると、本田を憎んでいると思い込んでの溜息だろうが、
それはとんでもない間違いだ。
 初めて見た、その瞬間から捕らわれた。
 何時か必ず。
 手に入れてやろうと思っていた。
 同盟を組んだ頃は、己の心も情勢も随分と不安定だったから、手は出さなかったのだ。
 今思い返しても、まぁ。
 紳士的な態度を取っていたんじゃないかと思う。
 その頃の本田は純粋に、カークランドを敬愛していた。
 カークランド自身の邪な感情からは遠く離れた、ある種至高の感情は向けられるのは悪くな
かった。
 むしろ、かなり良い気分でもあった、けれど。
 ジョーンズが余りにも本田に執着しているのを目の当たりにして、考えを改めた。
 本田は強い者に従順だ。
 それは、彼が大日本帝国と名乗っていた頃から昨今まで、彼の中で変わらない数少ない
真実の一つだろう。
 故に、世界の覇王となったジョーンズの押しが強すぎる愛情を、流されるままに受け入れ
てしまうのは、簡単に想像もついた。
 だからこそ。
 ジョーンズを煽って己の身体を抱かせたのだ。
 本田が、カークランドを抱くジョーンズを、心の底から愛せないように。
 やはり未だに可愛い弟に蹂躙されるのは、目的とは別の所で癒された。
 我ながら変態を地で行く心理だ。
 打ち込んだ楔の効果は上々だった。
 妖精達に疎まれながらも一人。
 何度も高笑いをしては悦に浸れた。
 常時良い気分で、ジョーンズの暴君ぷりを堪能したものだ。
 本田があまりにも辛抱強かったので、思いの外時間がかかってしまったが、こうして。

 菊が、アルを、捨てるに至っている。

 「ご助力と言うからには、今までとは違うコトをしろと、そういう話なんだろう?」
 既に何度か。
 本田の要請を受けて手のつけられないパニック状態に陥っているジョーンズを、引き取りに
行っている。
 カークランドは力こそジョーンズに叶わないが、ブリタニアエンジェルによる特殊魔法が
使えた。
 よく知ったジョーンズが相手ならば、大半の難事はそれで乗り切れもする。
 だが本田は、その時も彼お得意の巧みに曖昧な態度で、ジョーンズがそこまで荒れる理由
を口にはしなかった。
 どうして? なんで? そんなのは、許さないんだぞ! 
 と、カークランドの言葉など聞きもせず、呪詛のように呟き続ける姿を見れば、余程の事
があったのだろうと、想像はつく。
 そして、それが、二人の別れであればいいと、願ってもいた。
 ……その、願いは。とりあえず、叶った。
 本田の口から、きちんと。
 ジョーンズ君を捨てたのです、と告げられたのは初めてだったのだ。
 『ええ。そうです。話が長くなりそうなので、できればそちらへ伺って話をしたいのですが。
  お時間頂けますか?』
 「問題ないぜ。今は落ち着いているからな。ちょうど見頃の薔薇もあるし。何日か泊まってい
  け」
 『……ありがとうございます。私なんぞに、付き合わせてしまって申し訳ありません』
 訝しげな声だったが、そこは本田だ。感謝と謝罪を忘れない。
 「ああ。そうだ。時間があれば、お前のお手製スコーンを作ってきてくれよ。チョコチップ入り
  と、プレーンなのは必須。後のセレクトはまかせるから」
 『了解致しました。では、後程……』
 電話のマナーに忠実な本田は、己が歳上だという事に頓着しない。
 静かに受話器が置かれるのを確認してから、自分も電話を切った。

 カークランドの想定外の態度が気になったのか、本田の行動は何時にも増して迅速だった。
 泊まりに必要な支度と、スコーンを焼いたにしては短すぎる時間を経て、カークランド低を
訪れた。
 普段ならば執事を出迎えにやらせるが、今日は特別の日だ。
 カークランドが自ら迎えに出れば、本田は大層恐縮して、深々と頭を下げる。
 「自らのお出迎え、ありがとうございます」
 「いや? お前がプライベートでこちらに来るのは久しぶりだったからな。気にするほどの事
  でもないさ」
 もう一度深々とお辞儀をする本田に手を差し伸べる。
 引き込まれて止まない綺麗な黒目を大きく見開いて驚く彼に微笑を浮かべてやれば、相手
を凝視する無作法に我に返ったのだろう本田は、カークランドの手を取った。
 華奢な印象の強かった手は、一段と繊細な雰囲気を醸し出している。
 ジョーンズに別れを切り出してからの心労が、彼を蝕んでいるのだろう。
 「……薔薇が見事だからな。外に席を作った」
 「ありがとうございます。こちらの薔薇園は、素敵に整備されているのに、どこか懐かしい
  感じがして大好きです」
 「……そうか」
 テーブルに来るまでは、お互い無言。
 カークランドの胸の内は、悦びが舞い狂っていたけれど、本田の中には疑心暗鬼が渦巻
いているに違いない。
 もう随分と長い事使っていなかった、本田用のティーカップに紅茶を注ぐ。
 目を細めてカークランドの所作を眺めていた本田は、持参して来た小さな風呂敷を広げる。
 「スコーンです。この皿に盛れば宜しいですか?」
 「ああ、頼む」
 皿の上、置かれたのはカークランドが所望した、チョコチップ入りとプレーンの他に、ドライ
ストロベリーがふんだんに使われた物とチーズ入りがあった。
 さすがにバランスの取れたセレクトだ。
 「……相変わらず、好みの味だな」
 「恐縮です」
 スコーンを作った数ならカークランドの方が絶対に多いと信じて疑わないが、味には雲泥の
差がある。
 本田が作ると美味い以上に、素朴な味が強くて嬉しい。
 それこそが、カークランドがスコーンに求めるものだからだ。
 「紅茶……大変美味です。香りの高さも勿論ですが、こちらの紅茶には不思議な甘味があ
  りますね」
 「ブレンドティーだからな。お前専用の。気に入ってなによりだ」
 「私専用ですか!」
 そんなに驚く事だろうか。本田はがたんと音をさせて立ち上がり、すぐに頬を染めながらイス
に座り直している。
 「くくくっつ。何だか今日のお前は懐かしいな。初めて会った頃みたいだぜ?」




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