メニューに戻るホームに戻る




  ワーストワード



 『愛していますよ。菊君』
 作り物でない笑顔と、心からの愛の言葉を贈ったつもりだったのだけれども。
 本田は、寂しそうな瞳の目の端に涙を浮かべて、ゆるく、ゆるく首を振った。

 「……菊……菊……どうした?顔色が酷く悪いぞ?」
 「ルードヴィヒさん……」
 こつんと、額があてられて熱を測られる仕草の後。
 整った男らしい眉根が心配気な八の字を描く。
 「熱があるみたいだな」
 「微熱ですよ。私、平熱も高い方ですし……ちょ!ルーっつ!」
 不意に抱え上げられて、驚いて暴れるも、強く抱き締められて抵抗を封じられる。
 「ヴェネチアーノ!俺は菊を休ませるから、皆には宜しく言っておいてくれ!」
 「ヴェ?菊、また体調崩したの!」
 兄であるロマーノと話をしていたヴェネチアーノが、大急ぎで走ってきて、そっと本田の
両頬を包み込んだ。
 「あちゃー熱あるね」
 「ああ。仮眠室に寝せてくる」
 「了解!皆には言っておくよ」
 「あの、そんなに大袈裟にしないでも……」
 十国以上が集まっている国際会議。
 既に大半の議題が論議されて、後幾つかのお題を残すのみなのだが、その後には懇親会も
待っている。
 パーティー好きのジョーンズ君の采配だから、さぞ華やかになるだろう。
 本田も多少の軍資金を要求されて、言われた金額の八割ほどを納めていた。
 議会の中では激しい論議がなされるからこそ、その後のパーティーでは無礼講で、気持ちを
リフレッシュして、遺恨を残さないように留意している。
 そんなパーティーに水を差すような真似をしたくはなかった。
 「大袈裟じゃないよ!菊が病弱なのは皆知ってるし。倒れたの知らない方が余計心配する
  からでしょ。あ!お見舞いは厳禁にしとく?」
 「だな。そうしないと菊が休めないから」
 頭を起こそうとするが、優しい手で胸に寄りかかるように促される。
 それ以上抵抗するのも申し訳ない気がして、大人しく目を伏せた。
 「寝入る前に薬を飲ませたいから軽食の準備だけ、頼む」
 「わかったー病人の胃に優しくて、菊の好きな物を調達してまいります、隊長!」
 「隊長はいいから。宜しく頼むぞ」
 ヴェ!と敬礼をしたヴェネチアーノはロマーノの腕を引っ掴むと足早に会場へと向かった。
 「じゃあ、俺達は仮眠室だ」
 「あの、自分で歩けます」
 「いいから。大人しく抱かれておけ」
 「すみません」
 子供をあやすように額に口付けまでされてしまっては、もうぐうの音もでない。
 本田は借りてきた猫のように大人しく、ルードヴィヒに抱かれながら仮眠室へいく羽目になった。

 「菊君の容態はどうですか?」
 衣服を緩められて、ベッドの上に寝かしつけられる。
 水分を取るようにと勧められて、置かれていた水差しの水を口に含む。
 置いてから時間が経っていたようで、水の中に垂らされたレモンが生臭い気がしてしまい、
 あまり進まないので余計ルードヴィヒを心配させてしまった。
 「あれ、ローデリヒ」
 だから、ヴェネチアーノが来てくれたのだと思って安心したのだ。
 ルードヴィヒは心配するとひどく無口になって、スキンシップが多くなるから。
 額に濡れたタオルを乗せられたにも関わらず、頬を包み込まれ、手の甲を摩られて、瞳を
じっと覗きこまれていた。
 熱が数度上がってしまう気がするくらいに。
 「全くどうして、貴方はそんなにお馬鹿さんなんでしょうかね。まぁ。ロマーノ君に任せなかっ
  ただけ、マシだとは思いますけど。ヴェネチアーノ君に完璧な病人色の手配が出来る訳
  ないでしょう」
 しかし、訪れたのはエーデルシュタインだった。
 両手で支える盆の上にはフルーツの盛られた皿と、水差し、ナイフ、グラスなどが、本人の
性格を現わすかのようにきっちりと並んでいた。
 「まぁ。彼にして頑張った方かもしれませんがね。今の菊君にはチーズ系はきついでしょう?」
 普段なら大好きなチーズが入った料理だが、今は恐らくチーズの匂いが鼻についてしまう
だろう。
 「調理場にお粥を頼んでますから。出来上がり次第、彼が持ってきてくれます」
 「そうか」
 「菊君?どれか食べられそうなフルーツはありますか?」
 「……では、リンゴを少し。あの自分で……」
 剥けます、までは言わせてもらえない。
 冷ややかな眼差しで黙らされて、本田は小さな溜息をついた。
 「彼は私が見ていますから、貴方は会場へ戻って下さい」
 「だが!」
 「……余り、こちらへ人が集まるのは宜しくないでしょう。菊君の分も社交に励みなさい」
 「私からも、お願いします。ルードヴィヒさん」
 「わかった。十分に養生するんだぞ?じゃあ、後は頼んだ。ローデリヒ」
 「頼まれるまでもありません。さっさとお行きなさい」
 しっしと、まるで邪魔者を追い払うような仕草も、ルードヴィヒに取っては日常茶飯事らしい。
 不愉快な色も乗せず、ただ本田を心配する表情だけを残して、静かに去ってゆく。
 「摩り下ろした方が喉越しがいいんでしょうが……」
 「あ。そのままで結構です」
 「では」
 フォークに突き刺したリンゴが、唇の前に突きつけられる。
 「自分で……」
 無言で、唇にリンゴを押し付けられるので、大人しく口を開く。
 しゃりしゃりとしたリンゴは冷たく、異物感はあれど心地良い感覚を残して喉を滑ってゆく。
 「……やっぱり昨日。無理をさせてしまったんですね」
 さらりと切り出されて、頬に朱が上る。
 昨夜本田は、失神するまでエーデルシュタインに抱かれたのだ。
 周りは既に本田とエーデルシュタインが恋人同士であると知っている。
 似合いのカップルだとまで言われていた。
 「いえ!そんな事は!」
 「でも、止めてくれと言わない、貴方も悪いのですよ?」




                                    続きは本でお願い致します♪
                           どこまでもすれ違いな二人が書きたい所存。




                                       メニューに戻る
                                             
                                       ホームに戻る