肘枕と腕枕


 「……龍麻?何をしているんだ」
 「へ?」
 今日も今日とて如月宅の徹マンの途中で足抜けをし、先に寝入ってしまった
紅葉の寝顔を、寝息が届く距離で見ていたら如月がやってきた。
 「見りゃわかるだろ?邪魔、すんなよ」
 「……って云うけどね。ここは僕の家なのだけれど?」
 やれやれと呆れた色を浮かべた如月が、わざとらしく首を傾げる。
 「それが、何か?」
 きしゃーっと威嚇をして、再びうっとりと寝顔に見入った。
 「龍麻の紅葉スキーは今に始まったことじゃないから仕方ないけれど、この
  ままでは紅葉が風邪を引いてしまうだろう?」
 溜息をつく如月は薄手のタオルケットを手にしている。
 家主だからというわけでもなく、もともと細やかな性質なのだ。
 他にもころころと転がっている輩の身体の上にも、如月が持ってきたタオル
ケットがかけられている。
 「……ん、それはそうだな」
 如月の手からタオルケットを受取り、そっと紅葉の身体にかけた。
 「もっとちゃんとかけて上げないと…ほら肩が剥き出しだ」
 紅葉の身体にかかるタオルケットに手を伸ばした如月の手を、ぴしゃんと音
をさせて叩く。
 「龍麻?」
 「駄目だって!まだ鑑賞中なんだから!」
 「何も顔を隠そうってわけじゃないんだから、問題ないだろう?」
 俺は如月の目の前でちちっと人差し指を振ってみせる。
 「わかってないなー。俺が見たいのは肘枕な紅葉なの」
  「肘枕?」
 「そ、肘枕」
 何を言いたいのかと、すっとんきょうな声を出した如月に頷いた。
 「腕枕をしてやるともっと距離が近いんだよ」
 俺の腕の中すいよすいよと眠る紅葉の長い睫に、舌先で触れることが出来
る距離。
 「でも肘枕は、距離がちょっとだけ遠い。指を伸ばせば届くけれど、今触れて
  いるわけじゃない」 
 寝息が頬を微かにくすぐりはするが、すぐには唇で触れることができない距
離。
 大切で大事にしたくて。
 疲れきった体をゆっくりと休ませてやりたいから俺はたまにこの距離をとる。
 触れてしまえば抱かずにいられない、いかれた執着加減なので時折わざと
わずかな間を計って自分の欲望を押さえ込む。
 「そこがなかなか、気に入ってるんだ」
 「…マニアだな」
 「おうよ」
 決して小さい声ではないやりとりの間でも、紅葉は自分の肘を枕にしたまま
起きる気配はなかった。
 「でもまー、もそっとしたら紅葉抱えて腕枕に切り替えるから。そしたらちゃん
  と肩までタオルケットかける  し」
 「そうなったらなったで、タオルケットなんかかけなくても龍麻の体温で十分暖
  かいと思うけどね?」
 「…照れるだろ」
 「それはこっちのセリフ」
 くすくすと小さく笑った如月は、"ほどほど"にと囁いて自分の寝室へと向かっ
たので、俺は再び紅葉の顔を見つめる。
 この所魘されるのも減り、穏やかな寝顔を晒してくれるのは何よりだ。
 それをこの如月宅でやるってのが納得いかないが、まー如月も紅葉を心配
していたのでここいら辺りで安堵させてやるのもありだろう。
 「ここの所仕事、多かったし…な」
 少なくともたまに集まる女性陣に悟られるほどには、疲れを見せない紅葉だ
ったけれど、如月だの村雨だのといった勘の良い奴等の目まではごまかせな
かったようだ。
 紅葉のいない席で『大丈夫なのかよ…』という声があがったのは一度や二度
ではない。
 「だから…こんな顔で眠れるようになって良かったとは思うぜ?」
 抱き合う距離では見るのは難しい屈託ない寝顔を十分眺めた俺は、紅葉の
隣に身体を寄せタオルケットを引き上げる。
 「…ん?」
 人の気配に敏感な紅葉が、薄く目を開けようとするのを瞼に寄せた唇で止め
た。
 「何でもないから、お休み」
 「…龍麻?」
 薄く見開いた目が真っ直ぐに俺を見つめる。
 …少しだけ、縋る色合いを乗せて。
 「そうだ。俺ももう、眠るから」
 俺だけしか見ることが出来ない小さい子供が見せるそれによく似た、甘えた
な笑顔を見せて。
 「わか、った」
 無意識に俺のTシャツの裾を掴んだ紅葉は、再び深い眠りへと落ちてゆく。
 「おやすみ」
 解かれた肘枕の代わりに、俺の腕を枕に紅葉がすいよすいよと軽い寝息を
立て始めた。
 いわゆる恋人の距離に怯えも警戒もしなくなった、紅葉の様子に満足した俺
は、額に唇を寄せて僅かに縋ってくる身体を抱き締めながらようやっと、眠り
に落ちていった。


END







*主人公×紅葉。
 あ、甘やかしすぎでしょうか?(笑)
 いつも『甘いのー』といわれるので頑張ってみたのですが。
 紅葉が見ていないところで、紅葉にべたべたに甘い龍麻
 ってーのがどうにも好きみたいです。

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