椿桃が実る頃 


 「珍しい。こんなところでもあるんだな」
 いつものように龍斗に付き合って双羅山での鍛錬を終え、家路へと着く途
中で突然龍斗の足が止まった。
 「ん?何か珍しいものでもあったのか、龍」
 声音が嬉しそうだったので尋ねれば。
 「ああ、野生の椿桃さ」
 さらに弾んだ声が返ってくる。
 「椿桃?」
 聞いたことのない名称だ。
 「ああ、椿に似た実がなるから椿桃というんだって。季節になれば桃より小
  さな旨い実がなるぜ。霜葉にも食わせてやりたいなぁ」
 「それは…楽しみだな」
 桃に似た果実というのならば、やはり実りの時期は秋なのだろうか?
 その頃にはきっと戦いも終わってのんびりとした時間を過ごしているかもし
れない。
 「真夏の果実だからな。さっぱりとした甘味がすごくいいんだ」
 「……真夏、か」
 ならばまだ龍斗と共にいることができる時期だろう。
 「霜葉?」
 「なんだ?」
 「何か、嫌なこと、考えてる顔してるな?」
 龍斗は人の感情に敏感に反応をするが、俺が相手だと必要以上に顕著の
ようだ。
 「……真夏が来る頃、俺は何をしているんだろうと考えているだけだが?」
 戦いが終わってしまえばたぶん俺はここにはいられない。
 どんなに俺が平穏な生活を好んで鬼哭村に居続けようと思っても村正が許
しはしないだろうから、それは仕方ない事。
 血塗られた妖刀を持つ俺に、慎ましやかだけれど普通の生活なんてものは
できやしないのだ。
 いまさら新撰組に帰れるはずもないから、きっと村正と共に戦場を流れるこ
とになる。
 俺たちの戦いが終わったからといって日本で起こる全ての戦いが終わるわ
けではないのだ。
 そのどこでもいい。
 刀が振るえて、血を浴びることが出来る場所であれば村正もさぞ満足する
に違いない。
 「そうだな。戦いはまだ終わっていないだろうからな。でも、手前の側に居て
  くれるってのは間違いない。そうだろう?」
 「ああ、そうだ」
 こんな俺でも望んでくれるならば、誰のためでもなく龍斗のために剣を振る
おうと思っている。
 その言葉に嘘偽りは、いささかも含まれていない。
 「に、しては歯切れが悪い気がする……ま、霜葉が望んでも手前が手放し
  はしないけどな」
 「……俺は誰にも、何者にも左右されない」
 「何を言ってる村正の意思に流されているだろうが」
 『それは違う』と否定しようとして、目の前に出された指先一本で言葉を封じ
られた。
 「それすらも己の意思の範疇だと、そう云いたいんだろうけど。選択肢が一
  つしかない以上。流されているんだ、霜葉は……己でも気づかないところ
  でな」
 龍斗の言葉には真実と重みがある。
 云っていることは正当なことだろうけれど、俺は認めたくなかった。
 「……それでも、俺は己の意思で村正と一緒にいるんだ。これからもずっと
  …たぶん、な…」
 「霜葉が見た目よりずっと強情なのは知ってるから言い張るんなら、別に構
  わない」
 困った風に眉を寄せた龍斗がひっそりと笑う。
 「手前の側に霜葉が永遠にいるのなら、村正と共に歩もうが……朽ち果て
  ようが、な」
 夢物語だと知っていても、信じたいものがある。
 「とりあえず……椿桃は一緒に食べられるだろう」
 「ああ、それでいい。楽しみにしてろよ?本当に旨いんだから」
 目の前で満面の笑みを浮かべる龍斗の笑顔を、誰が好き好んで曇らせた
いものか。
 熱烈という表現が似合うほど俺に対して執着している龍斗に、俺とて多少の
執着や拘りを持つ。
 「龍斗こそ、忘れるなよ?最近はふとした拍子の物忘れが酷いと九角殿が
  漏らしていたぞ」
 「人聞きの悪い…手前はそこまで物忘れ、酷くねーぞ」
 春の日差しをやわらかく背中に受けながら、小さな子供のように拗ねてみせ
る龍斗に向かって、俺はそれでも慣れない微笑を口の端にうっすらと浮かべて
見せた。


END






*龍斗&霜葉。
 苦手の霜葉視点。
 受け視点て書きにくいんですよ。
 …ってこれは健全仕様。
 しかもそれ以上に龍斗の言葉遣いにてこずったんでした。
 とりあえず、龍斗さんの一人称は『手前』にしました。
 『小生』とかも候補だったんですけどね(笑)

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