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  ただ、知りたい。




ドイツとオーストリアの国境山奥。
 名も忘れられて等しい村の一番奥まった場所に、その古城は未だ崩れ落ちることもなくひっ
そりと佇んでいる。
 歴史の書を紐解けば代々狂気の家系を育んできた果て、最後の領主が妻子供は愚か城に
住まう人々だけで飽きたらず、小さくはなかった村人全てを殺して姿を消したという逸話が残さ
れている。
 村が壊滅状態に陥ったという報がバイルシュミットの元に届いた時、部下達と現地へ飛んだ
が、その状況は凄まじい物だった。
 真夏に放置された死体はほとんどが腐れ崩れ、蛆が沸き、全身を芳香の豊かな高級石鹸
三度洗っても取れぬほどの腐臭が充満していたのだ。
 当時最強と言われていた部隊の三分の一が失神し、三分の一が嘔吐し、三分の一は簡単
に動かぬはずの表情を歪ませ唇を噛み締めた。
 バイルシュミットも喉奥から込み上げてくる嘔吐感をどうにかやり過ごして震える腕を組み、
額に深い皺を寄せたという記憶が今もまだ鮮明に思い出せる。
 久しぶりに訪れた古城の中からは人の気配がしたが、それは生きた人間のものではない。
 呪われた地として名高いそこに生きている人間が訪れなくなってどれぐらいの時間が経つ
だろう。
 理不尽に命を奪われた数多の魂の生きた人間に対する妄執と憎悪は相応しく、呪いなん
て嘘っぱちだ! と流行の古城散策を計画した国の観光庁に勤める人間を、一人残らず原
因不明の死に至らしめるほどの怨嗟が渦巻いている。
 以来ここは、国の管轄に置かれ厳重に出入りを禁じられていた。
 バイルシュミットが古城の中にまで入っても、その生命を紡いでいられるのは偏に国化身
だからだが。
 もしかしたらバイルシュミットの歪んだ欲望を明確に理解しているが故なのかもしれない。
 「なぁ? 宜しく頼むぜ」
 玄関前に仁王立ち、大声で言い放てば見えぬ者達より好意的な感情が流れてきた。
 やはり彼等はバイルシュミットの、狂気にも近い計画を知り尽くしているのだろう。
 嘗ての恋人。
 今は師弟関係を結び、目の中に入れても平気なほどに可愛いと心底思っているルートヴィッ
ヒの恋人となった本田菊を、監禁し必要であれば陵辱も望んで行うという陰惨な計画を。

 「……驚きました」
 「何が?」
 「何もかもですよ」
 バイルシュミットの狂った計画など知りもせず、俺様の秘密基地でゆっくりしやがれ! と言う
強引な誘いに菊が快諾して見せたのはルートヴィッヒが長期出張でドイツを離れているからだ。
 急な出張を菊は、ルトさんは真面目ですからね。仕方ありません。と文句も言わずに同情ま
でして受け入れているが、裏から手を回して長期出張を捻じ込んだのは他でもないバイルシュ
ミットだ。ルートヴィッヒは何となく勘付いているらしく訝しげな表情を残して旅立って行ったが、
こればかりはバイルシュミットに似なかった手の抜けない生真面目さ加減が途中で切り上げ
てくるのを良しとはしないだろう。
 「何もかもって、んだよ。具体的に言えって」
 菊の手から旅行カバンを奪いながら、先導して客室へと案内する。
 物珍しそうに周囲を見回しながら菊はしばし、ルートヴィッヒが可愛い! 可愛いと絶賛する
思案顔を披露しながらゆっくりと口を開いた。
 「……悪意が無い事が一番です。こちらの歴史は調べてましたから」
 「車の中で携帯弄ってたのはそれかよ!」
 バイルシュミット文句を超絶スルースキルでかわしながら随分と長い時間携帯を操作してい
た。
 何かトラブルでもあったのかと内心ではひやひやしていたのだが、そうでなかったのなら責
めるだけだ。
 「はぁ。怒らないで下さいよ。過去の貴方の所業から先手を打っただけです。何度霊が出る
  系の場所に連れて行かれましたっけ?」
 「けせせせ! そりゃお前が、バリ見えんのがわりぃんだよ。しかも徐霊浄霊可能です! 
  とか宣言しやがって。使わねぇ手はねぇだろ?」
 菊の特技を知ってから最初は軽めな場所を訪れ、彼女の能力がカークランドやブラギンス
キと種類は違えど破格のを確かめてからハードな場所へと幾度となく乗り込んだのは、己の
死を知らぬまま恐怖で本来の無垢な性質を失ってしまった霊が不憫だったから。
 一度も口に出してはいないが空気読みの天才は何となく察しているらしい。
 一度として拒否された事はなかった。
 「……全く師匠と呼ぶのを止めたくなる俺様加減ですね!」
 「んな今更なこと言ってんじゃねぇって……今回は霊絡みじゃねぇから安心しろ」
 ひららと手を振ってやれば口をアヒルのように尖らせながらも黙る。




                                    続きは本でお願い致します♪
                             どんだけ菊は師匠を信じているのかと!
                         でもそんな師弟関係が好物です。
 


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