メニューに戻るホームに戻る




  そんなに、嫌がるな。



 
「待たせたな、菊!」
 夕食の準備をするにあたり、足りない食材に気がついたルートヴィッヒは、一人買い物に出て
いた。
 本当ならば菊と二人で、それこそ新婚夫婦ようにショッピングを楽しみたかったのだが、数時
間前にドイツへ着いたばかりの彼女を歩き回らせるのは、良くないと判断しての事だった。
 しかし。
 ドアを開けて足早に家の中に入り、菊の姿を捜す眼に映った光景に、一緒に連れていけば
良かったと深く後悔した。
 リビングのゆったりソファの上。
 ギルベルトが、菊に膝枕をして貰った挙句、彼女に耳掻きをさせていたのだ。
 「兄さん!」
 叫ぶ声が上擦ってしまったのを、どうか責めないで欲しい。
 それだけ菊が大好きで、愛していて。
 更には男としてギルベルトを信用していないのだ。
 そう多くもないが過去に、何人モノ彼女を取られた経験がある。
 ギルベルトには、人のモノほど欲しくなる悪癖があるのだ。
 菊は見た目の愛らしさと幼さと相俟って、年齢に相応しく恋愛経験自体も豊富なのでギル
ベルトを最後の一線できっちり拒絶してくれるのはわかっているのだが、気分の良いもの
じゃない。
 そもそも、一見、大人しく従順に振舞う菊にそそられる男の数は驚くほど多いのだ。
 国際会議の場では胃薬が手離せない。
 日々緊張を強いられる最中、家でぐらい他の男を牽制する面倒から解放されたいと思って
も罰はあたらないはずだ。
 「なんだよ、ヴェスト。大きな声を出して。いいじゃねーか。膝枕に耳掻きぐらい。心が狭い
  男は嫌われるぜ?」
 「……そんな事を言うがな、兄さん。俺が心の狭さから菊に嫌われて、別れたとしたら。
  膝枕や耳掻きどころじゃなくなるぞ?」
 「な! ナニ怖い事言ってるんだよ! なぁ、菊。万が一。お前がヴェストと別れても、膝枕
  も耳掻きもしてくれるよな?」
 菊の膝頭の上、ワンピースの上からのの字を書くギルベルトを、幼子を見る母親にも似た
慈愛に溢れた眼差しで見詰めた菊は、その優しい瞳の色とは裏腹の冷えた口調で言い
切った。
 「恋人のお兄さんでなくなった貴方に、そんな事をする義理も義務もありませんよ?」
 「なんだよっつ! お前、義理とか義務とかで、俺にこーゆー事してんのかっつ!」
 「違いますけど? 貴方がルートさんを苛めるから、私も貴方を苛めてみただけです。
  幾ら仲の良い弟に対してとはいえ、性質の悪い苛めは困ります」
 「いいじゃんかよぅ。ちょっとぐらい、らぶらぶな二人の邪魔したって!」
 拗ねたギルベルトは性質が悪い。
 今も菊の腰を抱え込んで、そのやわらかな下腹に思う存分顔を埋めて、嫌々をしている。
 幾らギルベルトが兄とはいえ、許せぬ一線があるのだ。
 菊の下腹にふごふごしていいのは、ルートヴィッヒだけのはず。
 ぐっと拳を握り締め大声を出そうとする寸前。
 菊の大きな溜息が漏れて、危うく留まった。
 「……貴方ぐらいは、鷹揚に受け止めて下さい。私もルートさんも終始邪魔されまくってうん
  ざりなんですから」
 「なのかよ?」
 「ええ。可愛い弟みたいなフェリシア、ルートさんの兄でもある貴方。過保護な兄の立ち位置
  を崩さない王兄様……辺りでしたら、私も許容範囲です」
 「おお! さすが俺様。許容範囲っつ!」
 途端ご機嫌になって、菊の手の甲を取り上げて、恭しくキスなんか贈っている。
 頭の中で、かーんとゴングのなる音が聞こえたので、ルートヴィッヒは欲望に忠実に菊の隣
に腰を下ろすと、ギルベルトから、その華奢な体を奪って、自分の膝の上に乗せる。
 おかえりなさい、という眼差しと、とんと頬を寄せられる仕草に、沸点まで上った怒りは、すぐ
さま鎮火した。
 「いってぇなぁ! ヴェストっつ!」
 菊を抱き寄せた時にソファから転がり落ちた兄さんには、同情なんかしない。
 謝罪何か以っての他。菊の膝を俺が居ない間に独占した罰が、その程度ですんでありがたい
と思って欲しいくらいだ。
 「……ですが、ね。それ以外の方の好意は……いえ、好意も重い」
 「おいおいおい。好意を重いなんて、相手に失礼じゃねぇーか」
 「貴方の意外に良識的な所は、とても好ましいですよ」
 ソファの下で胡坐を掻いていたギルベルトの鼻先を、菊の指先がちょんと突付く。
 そういう仕草は、またギルベルトを調子付かせるだけだから、止めて貰いたい。
 「兄さんは、どこぞの誰かと同じくらい一人上手だから、わからないかもな」
 「何だよ! 一人だけ高い所から見下すような物言いしやがって。俺ぁ。金髪ヤンキーとだけ
  は、一緒にされたかぁねぇぞ!」
 ギルベルトは激怒したが、カークランドの方もきっと、そう思っているだろう。
 「まぁまぁ。二人とも落ち着いて。私の言い方もよくありませんでした。そうですねぇ。ギルベ
  ルトさん。私が作る和食を美味しいと思って下さいますよね?」
 「おう! 最高だ! 肉ジャガは俺的、神料理の一つだぜ!」
 「ありがとうございます。でもですね。毎日毎日私の作る和食だけだったら、辛いでしょう?」
 「どうかなぁ。毎日食ってみねぇと、わかんねー。俺的には、ぜひこの家に住んで貰って、試
  して欲しい所だ」
 「それは、俺も同意する」
 「もぅ! ルートさんまで、何ですか! ですから、そういう話ではないのです。好きな物でも、
  毎日四六時中食べ続けたら辛いと言う話なんです! じゃあ……ビールを飲まないで、肉
  じゃがしか食べては駄目と言われたら、どうします?」
 「そりゃあ、きっついわ」
 ギルベルトが不意にルートヴィッヒに眼線を合わせて来る。
 そんなに酷いのかよ? の意味だ。
 ルートヴィッヒは無言で大きく頷く。
 「好意を寄せて下さるだけなら、いざ知らず。俺だけしか見ちゃ駄目だぞ! と、顔を会わせる
  度に言われたら? それが、一人二人ではなかったら?」
 「スンマセン。そーゆー相手の気持ちを全然考えない押し付けの好意だったら、重いと思い
  ます。うざいと思います。正直、いらね! ってなると思います」
 身を乗り出して食って掛かる菊に気圧されたようだ。ギルベルトは肩を竦めつつ肯定した。
 「その言い方だとジョーンズか?」
 「ええ。子供の無邪気さとKY装って、仕掛けてくるので性質が悪いです」
 「立場上あんまり、無碍にもできねーかんなぁ。後、きっつい相手は?」
 「セクハラ度が高いので、フランシスさん。なんか、こう。余りにも不憫で手を差し伸べたく
  なってしまうので、カークランドさんとマシュー君」
 ギルベルトが驚きの瞬きをするので、ルートヴィッヒも菊の身体を強く抱き締めた。
 兄にも弟にも空気扱いされてしまう、ウィリアムズに手を差し伸べたくなるのはわかるのだが、
変態紳士にも弱いのは菊だけに違いない。
 「後は、好意自体はありがたく思えるのですが、ヘレクレス君とサディクさん」
 「え! 君は、あの二人は好きだろう?」
 アドナンとの親交は古くからあり、ここ何十年かで急速に深まった。
 カルプシに至ってはハークと愛称で呼ぶくらいに可愛がっている。
 猫に囲まれているのを見ると構いたくて仕方ないのですよ! というからには、ペットを溺愛
するノリに近い気もするのだが、彼の巨躯が菊の背中に圧し掛かっている様を見た日には、
問答無用でアッパーカットの一つも食らわしてやりたくなる。
 苦手としているのならば、それこそ、遠慮も入らないのだが……。
 「好きですよ、とても。でも、あのお二人は中がとても悪いので……」




                                    続きは本でお願い致します♪
                   参った、ルートさんのたーんには、ギルが出ずっぱりだ。
                   なんかこう。不憫キャラって愛しいですよね?



                                       メニューに戻る
                                             
                                       ホームに戻る