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  信じたくはないな。



 
ある日。菊から電話があった。
 『思う所ありまして、アルフレッドを捨てる事にしました。ご協力、願えますか?』
 
 聞こえた言葉の意味が一瞬理解できずに、思わず口をついて出たのは、同じセリフを請う
言葉。
 「今、何と言った?」
 余程、素っ頓狂な声を出していたのだろう。菊はころころと笑って、もう一度。
 今度はゆっくりと滑舌も良く言葉を紡いだ。
 『アルフレッドを捨てると決めました。ただ、想いが深いので、自分一人では吹っ切れそうに
  ありません。ぜひ、ルートヴィッヒさんにもご協力頂きたいのです』
ルートヴィッヒさんにも、という複数形の表現に眉根を寄せる。
 「俺にも、か」
 『はい。フェリシアとハークには既に伝えてあります』
 ほぼ同時に菊を落とした二人に、先に話をするのは道理だ。
 アドナンより早く話して貰えただけ、ありがたいと思った方が良い。
 「そうか」
 『ええ。できれば、お顔を拝見して、現時点での状況などを話したいのですが……ご都合は
  つきますか?』
 先の二人はきっと、取るものも取り合えず飛び出して行ったのだろう様が、簡単に想像がつく。
 しかしルートヴィッヒは、己の職務を途中で丸投げできる性質ではなかった。
 逸る心を抑え込み、スケジュールを確認する。
 立て込んでいなかったせいもあって、明日集中して書類処理に勤しめば、明後日には泊まり
がけでの時間が取れそうだった。
 その間にトラブルが発生した場合には、ギルベルトに頼めば良い。
 「明後日に、泊まりで伺うのでどうだろう?」
 『ええ? そんなに早く! しかも泊まっていって下さるのですか?』
 喜色に溢れた声音に、ルートヴィッヒの顔は菊に見せたくない恥ずかしさで緩んだ。
 彼には見えもしないというのに、ぴたぴたと頬を叩いて舞い上がった気分を落ち着ける。
 「ああ。ここの所、忙しくて君に会えなかったからな。久しぶりに、二人でゆっくりしたい」
 『嬉しいです。甘モノは何が宜しいですか? 丹精込めて作っておきますよ』
 「……そうだな……」
 菊の手に寄る和菓子の数々が頭に浮ぶ。
甘い物に目がないルートヴィッヒの為にと、菊はアポイトメントを取っておけば、必ずと言って
いい程、ルートヴィッヒの好みを掌握し尽くした菓子を用意してくれた。
 『あんころ餅は必須ですよね? 後は葛の良い物が手に入りましたので、黒蜜をたっぷり
  かけた葛切りと白餡の麩饅頭でいかがでしょう』
 「それで、頼む」
 迷っていれば、実にバランスの取れた和菓子三種が提示された。
 『はい。頑張って作ります。ルートさんも、お仕事頑張って下さいね。あまり、無理をしては
  いけませんよ?』
 まるで妻のように重ねてくれる優しい言葉の数々に、堪えようと思っても、顔の緩みはどん
どん悪化してゆく。
 「到着時間が確定したら、一報入れる」
 『お待ちしてますね。では、明後日に』
 『ああ、明後日に』
 受話器を置いて、大きく息を吐き出す。
 その場に硬直したまま先程の会話をついつい反芻していると。
 「ったく、鼻の下伸ばしやがってよぅ。お前、今。鏡見たら自分の顔に驚けるぞ!」
 「兄さん……弟の顔を指差して笑うのは止めてくれ」
 どうやら、一部始終を見ていたらしいギルベルトがちょっかいをかけてくる。
 「明後日に泊まりに行くなんて、大丈夫なんかよ」
 「たぶん平気だ。無理なら後は、兄さんに押し付けるからな。宜しく!」
 「ヴェストぉぅ」
 「……菊が、な。ジョーンズを捨てると決めたそうだ」
 「マジ話かよ、それ」
 ギルベルトは、ジョーンズと菊が付き合っていたのを知っており、更には他にルート
ヴィッヒを含めた四人と肉体関係があるのも承知していた。
 その上で、菊を親しい友人と認識している。
 菊の方でも、彼は得がたい存在です、と一目置いていた。
 「ああ。本当らしい」
 「そっか……じゃあ、頑張って、フェリシアちゃんと二人で、菊を独占しないとな。カルプシ
  やアドナンに負けるんじゃねーぞ?」
 「……フェリシアと二人で、独占?」
 フェリシアーノと菊を共有するのは構わない。
 嫉妬もしないではないが、彼にあり自分にはない部分が菊を癒すのを知っている。
 菊が恋人に求める、安寧を与えるにはたぶん、ルートヴィッヒは融通が利かな過ぎた。
 「駄目だぞぅ。フェリシアちゃんを邪険にしたら。可哀相だろうが!」
 「や、彼と一緒に菊を慈しむのは当たり前なんだが。それは、独占と表現しないだろう?
  独占とは自分一人だけのモノにする事を差すはずだ」
 「……辞書的にはな。俺としては、こう。ニュアンスで受け止めて欲しかったんだがな」
 「ニュアンスか……」
 ギルベルトが、誤解され易い物言いをするのはデフォルトなのだが、この場合はルート
ヴィッヒの額面通りにしか受け止められない、頭の固さが問題だろう。
 「はっはー。だからなぁ、ヴェスト。そーんなに眉根を顰めて考え込むなって。生真面目
  過ぎるのは、お前の良いトコでもあるし、悪いトコでもある。気にしすぎずに付き合って
  きゃあ、いいんだよ!」
 ばんばんと背中を激しく叩かれて、大きな溜息を吐く。
 「頭では、わかっているんだがな……」
 兄ほど達観できない。
 「よしよし。わかったわかった。俺の言い方も良くないやな。落ち着けよ、ヴェスト。今
  やる事はなんだ? 考え込む事じゃねーよな?」
 「ああ。そうだ……そうだな。菊に一刻でも早く、仕事に関する憂いなく会う為に、時間を
  惜しんで励まなくてはならない」
 「そーゆーこった。日本には良い諺があったろ?『案ずるより生むが易し』だ。今は余計な
  事を考えずに、仕事をすりゃあいい」
 鮮やかな赤い目を細めて、ルートヴィッヒを宥めるギルベルトが側に居てくれて、本当に
良かったと、今もまた改めて実感する。
 「そして、めくるめく時間を過ごせばいいだろう? ちっくしょ。羨ましくなんかねぇからな。
  ヴェストがフェリシアちゃんと菊爺にサンドイッチにされちまうのかー。爺も情人複数作る
  くらいだかな。床上手っぽいしな……」
 どうやら淫らな妄想に走ったらしい。
 ギルベルトの表情に桃色の靄が掛かって見える。
 「だから、兄さん。俺は菊と二人きりで会うんだ。三P妄想は兄さんの頭の中だけにしてくれ」
 ……こういう風に、手放しでは尊敬できない所も含めて。
 ルートヴィッヒは兄であるギルベルトが大好きだった。




                                    続きは本でお願い致します♪
                       黒伊ブームはに続き、プーさんブームが襲来中。
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                                         格好良いギル煮え。
                ギル菊が書きたい為に、ブラックシリーズとピンクシリーズに
                              追加の発行予定を加える気満々です。




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