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 逆(さかしま)


 私の存在はいつでもないに等しかった。
 黄龍たる私は、肉体を持たない。
 意思だけの、精神体と表現すればいいだろうか。
 ただ『器』に己の意識を寄生させるだけだ。
 永い間。
 気が狂ってしまえたら余程楽だったろうと思う、永すぎる時の果て。
 最強最高の『器』に出会った。
 私が起きていても、己の意識を保てる『器』は初めてだったし。
 寄生するだけの、ずっと邪魔者扱いされ続けた私を、もう一人の自分だと。
嬉しそうに受け入れて、認めたのは彼、緋勇龍麻だけで。
 ましてや、自分が寝ている時はその体を好きにしていいと言われた時は正気
を疑った。
 そんな無防備でいいのかとそのままの感想を述べたら、やはり楽しそうに笑
って『自分に遠慮する馬鹿がどこにいる』と言い放った。
 十にも満たない年で、どんなに長生きをした人間よりも達観した風情を見せ
た龍麻は、凄まじい精神力と大らかさを持っていると思う。
 『器』の意識と共に存在できる現実に、これほど満たされたケースは一度た
りともなかったのだ。
 彼の存在だけでも本当に十分だったのに、彼は彼自身の他に、もう一人。
 愛しい人を、くれる。
  
 壬生紅葉。
 
 龍麻が選んだ。
 と、言うよりは宿命めいた繋がりで現われた、龍麻の半身。
 幼い頃から、母親の命を、人を殺しの技で贖ってきた少年は。
 龍麻と同等に、いともたやすく私を受け入れた。
 己の意識を僅かに残した龍麻が、真昼間。
 私と成り代わって紹介してくれたのだ。
 『よろしく、黄龍』
 と、穏やかに。
 私だけに向けられた笑顔を、これから先もずっと、忘れる事はないだろう。
 罪悪感に苛まれるのか、よく魘される紅葉を宥めるのは私の役目。
 龍麻の『寝ている時は自由にしていい』という言葉に甘え。
 私は紅葉の体を抱きかかえ、額にびっしりとかいた脂汗を丁寧に拭い、再び
静かな眠りにつけるまで、ずっと紅葉の身体をあやし続ける。
 私が、宥めるそのしぐさによって、怯えた風情が、時間をかけてなりを潜めて
ゆく。
 それが、どれほどの至福かわかるだろうか?
 額に、頬に、唇に口付けを施せば。
 うっすらと開いた、涙に濡れた瞳が真っ直ぐ私を見やる。
 『黄龍?』
 と。
 龍麻に囁くのと微塵も変わらない睦言めいた音域で。
 実際、紅葉を犯すことはあまりしない。
 紅葉の身体によって引きずり出される快楽は、それはそれは桃源郷に生き
てもこうはいくまいというほどで、思い出しても熱い溜息しか出ないが。
 それでも、私がしたいのは紅葉を甘やかす事。
 それにSEXが必要であれば躊躇はしないどころか、喜んで挑んでしまうけ
れども。
 幸薄い、紅葉が。
 少しでも私の腕の中で、安らかな眠りに浸れればいいと。
 そう、思っている。

 だから私は、紅葉が望むように、望むだけ、何でも与えよう。
 どんな事でもしよう。
 こんなにも愛しい存在は、今までになかったし、これからもないのだから。
 限られた時間の中で、私ができうる全てのことをすると。
 そう、誓って。
 
 今は優しい寝息をたてるその唇に、そっと口付けた。

 

                                             END





*黄龍×壬生
  もそっと引っ張れたのですが、座りが良くなったので、ここまで。
  夏コミ(だったかな?)にリクエストしてくださった方がいらしたので、
  遅くなってしまいましたが、挑戦してみました。
  壬生が預かり知らぬところで、べたべたに甘やかされるってーシチュエー
  ションには、昔から弱いのです(苦笑)
  

  



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