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  Respect



 「いいなっつ!時間は守るんだぞ!」
 「……わかってる」
 「菊は、まだ。本調子じゃないんだからな」
 「ああ」
 「身体に触るような真似はするんじゃないぞ?」
 誰が、そんな身体になるまで菊を追い詰めた!との罵声が喉まで出掛かったが、寸前で
堪えた。
 僅かな時間とは言え、やっと漕ぎ着けた面会を、無駄にするつもりはない。
 国の事情で離れざる得なかった愛しい恋人にやっと会えるのだ。
 我慢ぐらい出来なくてどうする。
 「菊、入るぞ」
 襖を前にして、声を掛けたジョーンズはすぱーんと、良い音をさせて襖を開け放つ。
 寝間に敷かれた蒲団の上、本田は半身を起こして、ゆっくりとこちらを見る、伏せられていた
黒い瞳が、気のせいではないのだろう、自分を見た瞬間、大きく見開かれ、喜色に濡れる。
 「ルードヴィヒっつ!」
 「……久しぶりだ、菊」
 ジョーンズによって捕まれた腕を振り払って、大股で近付き顔面の半分をも包帯で巻かれた
その身体を、そっと抱き締める。
 ただでさえ華奢だった身体が、切ないほどに細くなっていて、瞳が潤みかけた。
 そのまま堪らなくなって唇にキスをしようとすれば、やんわりと掌で拒絶される。
 「……菊?」
 「……すみません。ルードヴィヒ。今、身体に巣食っている病が移り病かどうか、今だ診断が
  されかねている状態ですので、口付けはご遠慮下さい」
 「病って!菊。怪我だけじゃないのかっつ!」
 「……原子爆弾を二発浴びましたから。アレを身に受けた存在の前例がありません」
 「っつ!」
 原子爆弾。悪名名高い人類破壊兵器の一つ。
 人を、殺すだけでは飽き足らず、その遺伝子までを狂わせて、末永い闇に突き落とすのでは
ないかと推測される放射能は、無論国土をも徹底的に穢した。
 これから気が遠くなるような土壌洗浄が必要とされている……と、聞き及んでいた。
 「ですから、どうぞ……私の事はもぉ忘れて。棄て置いていただけれ……ごふっつ!」
 「菊っつ」
 いきなり咳き込んだ本田は、初めての激しさでルードヴィヒの身体を突き飛ばし、枕元に
置いてあった懐紙を数枚掴んだ。
 「ごほっつ……げふ…こほ……こほっつ」
 「菊!水だ!」
 気がつけば後ろに控えていたらしいジョーンズが、慣れた仕草で水差しの水を、本田の
震えが止まらない手に握らせている。
 グラスの透き通った水の中に、真っ赤な液体が数滴。滑り込んでいった。
 「……菊」
 軽く口を濯いで人心地ついたらしい本田は、静かに、穏やかに、けれど絶望的に透明な顔
で笑った。
 「こんな、身体でありますから……恋人としての役割も果たせません。貴方には、まだ。
  未来があります。どうぞ他の方の手をお取り下さい」
 本田がルードヴィヒの事を大切に思っての言葉なのだと、わかっていた。
 恐らく戦時中は無論戦後も人目憚らず本田に執着するジョーンズから、ルードヴィヒを
守ろうとしている事も、理解できた。
 しかし。
 「もし、立場が逆だったら菊は。俺と別れてくれたか?」
 幾ら、何にも変えがたい本田の、たっての頼みとあっても聞けぬ事はある。
 ましてやそれが、本田の本意でないのだとすれば、尚更。
 「わかりません」
 「考えてくれ。考えたくもないかもしれないだろうが」
 目を伏せ、眉根を寄せ、真剣に考えたのだろう生真面目な本田は顔を上げ、真っ黒い瞳で
正面からルードヴィヒを射抜く。
 「……別れられないと、思います。もし、その身が病んで朽ちると言うのならば、せめて……」
 そう、せめて。
 「共に朽ち果てられない身なれば、その最後を。一番近くに居て見届けたいと思います」
 「それが、そのまま。俺の気持ちだ」
 「俺はそんなの、認めないぞ!」
 先刻から会話に弾かれているのを、やきもきと見守っていたジョーンズが不意に会話に入り
込んできた。
 「菊の一番近くに居るのは、俺だ。俺にはその権利があるんだっつ!」
 声も高らかに所有権を主張するジョーンズを見る本田の瞳は実に冷ややかだった。
 ルードヴィヒ向ける眼差しとは真逆の。
 愛している者に、そんな目で見詰められたら、死にたくなるほどの。
 「そうですね。私を壊した、貴方に。この身の所有権はあるのでしょう。けれど……」
 まだ、俺は、菊に。
 心の底から愛されて、慈しまれているのだと実感できる、瞳。
 その、言葉。




                                    続きは本でお願い致します♪
                           米日の雰囲気もありますが、メインは独日。
                           ちょっと米視点の話が書きたくなりました。。




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