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 ……らしいな。



 
「菊! 入るぞ」
 ノックもそこそこに、部屋の中へ滑り込んだのは、珍しく彼女が相談事を持ちかけてきたから
だ。
 「おい! 何だ。その格好は!」
 「ええ? 何かおかしかったでしょうか?」
 大きな姿見の前、鏡を覗き込むようにしていた彼女は、何と下着姿だった。
 や、ビスチェを着て、コルセットを嵌め、パニエの上にふんわりとペチコートを着ていたのだが、
ツヴィンクリには、下着姿も同然だった。
 何しろ溺愛している恋人のどこを見ても見惚れてしまうツヴィンクリなのだ。
 剥き出しの肩など至福の溜息しか出やしない。
 「と、とにかく。これを着るのである!」
 ツヴィンクリは、クローゼットを開けるとバスローブを取り出した。
 胸元、袖口、裾周りにツヴィンクリが自ら刺繍を施した、本田専用のバスローブだ。
 「ああ、申し訳ありません。はしたない格好でしたね」
 バスローブを羽織らせれば、頬を染めた本田が、目線をずらす。
 ツヴィンクリは、その両頬を包み込んで、己の方に向き直らせた。
 「謝らないで良い。その格好を……我以外に絶対見せなければ、それでいいのだ!」
 「はい。すみま……ありがとうございます」
 謝罪をしかけた本田は、途中で感謝の言葉に変えた。
 長年の習慣はなかなか抜けないが良い傾向だ。
 基本的に彼女が謝る時、本当に謝らなければいけない場合は実に少ない。
 謝罪のできない存在なぞ、クズ以下だと思うが、本田はあまりにも、自分を卑下しすぎなの
だ。
 取り合えず謝罪を! という、トラブルに見舞われやすい彼女が身につけた回避方法の一つ
を最初から否定したのは、それに調子に乗る輩が後を断たないと感じたからだ。
 特に今は、そんなトラブルは全てツヴィンクリが片付けてしまう心積もりでいる。
 彼女が無駄に詫びの言葉を使う必要などどこにもないのだ。無論、我自身に対してでも。
 「……して。ドレスはどういったモノにしたのだ」
 「はい。こちらをフェリシアーノ君に選んで頂きましたので、大丈夫だと思います」
 「……くるんか……しかも、弟の方なら。問題はないであろう。一応確認させて貰う」
 「はい!」
 彼女がこれほど表面に喜びを浮かべるのはとても、珍しい。
 嬉しい反面、それを引き出したのが自分ではないので、悔しさも入り混じった珍妙であろう顔
で、彼女が目の前にかけたドレスを見やる。
 色は純白。
 タートルネックにロングの裾丈は、ツヴィンクリの意志を尊重したのだろう。
 本田も己の肌を必要以上に外に出す事を嫌うが、ツヴィンクリはその比ではない。
 ただでさえ艶やかな本田の肌は人目を引きすぎる。
 肌は勿論、本田自身を人目に触れさせたくないツヴィンクリだ。
 今回はリヒテンシュタインからの正式な招待なので許したが、他国のパーティーになぞ、
自分が同伴でも行かせるつもりはない。
 「この、刺繍! バッシュさんがしてくださるみたいに繊細でしょう?」
 「……ふむ。悪くない腕前だ」
 本田が指差したのは胸元の刺繍。
 小粒の本真珠とダイヤを使って、大輪の白菊が丁寧に縫われている。
 作った奴の本田への執着が透けて見え、一瞬眩暈がしたが、あの男の本田への懐き具合は
家族のそれ。
 ツヴィンクリがリヒテンシュタインを思う感情と同じものだと、己に言い聞かせて沸き上がった
嫉妬を抑え込む。
 「裾と袖口はエーデルワイスなんです。フェリシアは菊に統一したかったらしいのですけど。私
  がお願いしました。シンプルで似た系列ですから合うでしょう?」
 「白菊とエーデルワイス、か」
 「ええ。どうせなら、貴方の国花も入れたかったんです。初めて頂いたリヒテンさんからのご
  招待ですものね。きっとリヒテンさんも喜んでくださると思うんです」
 「さもあろうな」
 本田の心遣いをきちんと汲み取って喜べる聡明なリヒテンシュタインは、ツヴィンクリ自慢の
妹だ。
 本田の事も、菊姉様! と実の姉のように慕っている。
 本田も、こんなに可愛らしい妹が出来て嬉しいです! と彼女にしては珍しく言葉を重ねなが
ら溺愛していた。
 リヒテンシュタインが泊まりに来た日には、二人で一つのベッドに入って、遅くまで密談を楽し
むのだけは、少々困っているのだが。
 まさか本田の夜を譲ってくれとあからさまな事も言い出せず、一人寂しく眠る切なさは、何時
になっても慣れる事はなさそうだ。
 「……それでですね。これだけ素敵な刺繍を隠したくはありませんので……」
 「なるほど。アクセサリーに悩むと」
 「はい」
 そう。
 本田がツヴィンクリしてきた相談事は、ドレスに合うアクセサリーを見立ててくれ、というものな
のだ。
 女性の装飾品になぞ全く興味のなかったツヴィンクリだったが、リヒテンシュタインが妹となり、
更には本田という恋人を得て、心が動くようになった。
二人ともツヴィンクリの手刺繍を大変喜んでくれるのだが、それだけでは二人を飾るのにも限界
がある。




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                  どんな、バッシュさんですか! と思わないでもないのですが。
                                         こんなバッシュさんです。
                                           妹と菊に甘過ぎです。
                 そんなバッシュさん、むしろカモン! と言う方はぜひ。




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