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  Panic




 どうだい、菊。気に入ったかい?」
 「ええ、とても」
 小さな覗き窓から外を見ていた本田は、ジョーンズの声に振り向くと、大好きな笑顔で
にっこりと微笑んだ。
 「そうかい! 君に気に入って貰えてとても嬉しいよ! 苦労した甲斐があったってもん
  だね」
 引き篭もり気質な恋人は、ジョーンズの計画するデートをあまり楽しんではくれない。
 仕方ないので、カークランドに相談すれば、少しは、菊の好みも考えてやれよ! と盛大な
お小言を喰らった。
 俺はヒーローだからね! 何時だってヒロインの好みを考えているんだぞ! と反射的に
言い放ったものの、思い返してみれば、自分の好みを押し付ける事が多かったので。
 ちょっとだけ反省して、彼の誕生日プレゼントは、考え抜いて厳選して、贈ったのだ。
 結果。
 子供のように無邪気にはしゃいで、喜ぶ本田を見る事ができた。
 取り合えず帰ったらカークランドに自慢しようと思う。
 「一人きりで深海探査船に乗った事はあったんですけど。それと比べて、何より居住性が
  素晴らしいです。ネットが繋がれば、私。ここで生活してもいいくらいですよ!」
 「それはちょっと、オーバーじゃないのかい?」
 「いいえ。本心です。私、海が大好きですから」
 海に囲まれた島国の象徴のせいか、本田は無類の海好きだった。
 例えば同じ島国のカークランドのように、海の覇者となろう! 海を征服しよう! というので
はなく。
 そのスタンスは、あくまでも自然である海へ、過度に歩み寄った形に終始する。
 そのままの状態の海を愛し、害する事がないように努めてもいた。
 ……とまぁ、常日頃から海への愛を語る本田の、郷愁と知識欲を満たしてあげようと思い至り、
まだ試作段階の深海遊覧船に、本田を招待したのだ。
 基本的に遊覧船は、水深五十メートル程度を限界として作られている。
 それ以上に潜っても、見る物がないから、必要以上の深さはいらないというのが、一番の
理由だ。
 最も本田のようにマニアな嗜好の持ち主も最近では増えてきている事もあって、深海専用の
遊覧船計画もある。
 だが深海に潜る為にはかなりの耐圧を考えねばならず、そうすると居住性が低くならざる
えない。
 長時間滞在するには、色々な設備も入用だ。
 その辺りの兼ね合いが難しく、現時点では世界中どこを探しても、一般人が気軽に乗れる
深海遊覧船と呼ばれる物は存在しない。
 「ああ……国民の皆様にも見せてあげたいですね。こうやってリアルで……」
 「君の気持ちはわかるけど。一般公開は難しいぞ? 今回の遊覧も試作という事で、条件
  付で出して貰っているんだから」
 せっかくの二人きりに密室という素晴らしい状況なのに、船内の様子は音声付モニターで
常時観察されている。
 更には、それを調節する機械はついていない。
 つまりは、管理先が設定しない限り、ここでの会話や行動は彼等に筒抜けなのだ。
 「ええ。承知していますよ? うちも深海遊覧船の製作には多少なりとも興味があります
  からね。一般公開までには、まだ幾つもの高いハードルを越えねばならないでしょう。
  何時か、実現されればいいなぁ、ぐらいに思っていますから」
 「頑張って、君より先に公開するんだぞ!」
 「おやおや。私も負けてはいられませんね」
 くすくすと声を立てて笑った本田は、手の届く場所にあった、アンケート用紙を手にする。
 「ほら、アル。水深二百メートルを超えましたよ? チェック項目を確認して下さい」
 「ん? もうそんなに潜ったのかい? 少しペースが早いような気がするんだけど……」
 事前に担当者から渡されたデータより、到達時間に数十分単位の落差がある。
 気になったので、マイクを取り上げて話かけてみた。
 会話の邪魔になるとでも思ったのだろう、腕から逃れようとする本田を抱き抱えたまま、
幾つか質問を試みる。
 向こうからの返答は、オールグリーン、との事だった。
 「問題ないってさ!」
 「アメリカさんの所は、時々結構大雑把ですからねぇ。特に事前データは」
 「君の所が神経質なだけだろう?」
 「こういう時にはね。神経質くらいの方が良いのですよ」
 ジョーンズが、同じように返されたら激怒する内容でも、本田は全く動じない。
 彼は基本的に鷹揚でジョーンズには格別甘かった。
 お爺ちゃんが孫を可愛がるノリですよ? が口癖だけど、それは歳下の恋人を自覚して
甘やかす、彼なりの矜持だと思って否定はしない。
 「でも……そうですね。うちの所のデータとも随分差異があります。連絡取ってみましょう
  か?」
 「いや! いいよ。一応デートなのに、仕事を持ち込まれたくないし」
 「どの口が言うのでしょうかね。どの口が!」
 「この口だよ」
 と、軽いキスを贈れば、向こうの方々に見られてしまいます! とぽこぽこされた。
 本田には申し訳ないが、一応機密事項に入っている項目なのだ。 
 自国と連絡は取って欲しくない。
 そうした方がより良いデータが取れるだろうと解っていても、許可なしでは辻褄を合わせるの
が後々面倒だ。
 ジョーンズ自身そう言った感情は随分薄れているが、本国は日本からのデータは喜んで
搾取するが、自分のデータは極力渡したくない方向性に凝り固まって久しい。
本田との関係も一部の上層部は鬱陶しい勘違いをしている。
 恋人というよりは、愛人。
 愛人というよりは、性奴隷……と、そんな風に。
 大戦後ならそういった考えも致し方ない状況ではあったが、今日までそれを引き摺るのは
勘弁して欲しかった。
 「ちょっつ! アルっつ」
 だから、つい。
 必要以上に仲が良い事を外部にアピールしてしまうのだ。
 慎み深い本田のささやかな抵抗を暴いてゆくのも、自分がどれほどに本田を好きで、愛して
いるかの証明であると思っている。
 「いいじゃないかーキスくらい! 俺達は恋人同士なんだぞ!」
 「だからと言って、私! 衆人環視の嗜好はありませんからっつ! 恋人同士の睦み事は、
  秘め事で良いのです!」
 小さな声で、必死に捲くし立てる本田はひたすらに可愛いかった。
 これでジョーンズより千五百歳は年上だと言うのだから開いた口が塞がらない。
 亜細亜の神秘には関心する事しきりだ。
 ジョーンズの周りに居る人間、特に女性はその若さの秘密を解明したくて必死だったりも
する。




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