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 腰痛

 「……ボウズ」
 ったく。
 俺ぁイイ年こいて、なにやってんだ?
 「何ですか、先生?」
 「そこの飾り棚の中にな。メディカルキットがある。取って来い」
 「風邪でも引かれました?」
 心配そうな、声音。
 ばれると分かっていても本当を言いたくない。
 「……いいから」
 「はい」
 するっとベッドから降りて、素早く飾り棚へ向かう姿は全裸。
 背中には、俺がつけたキスマークなんてものが、幾つもついている。
 なんてーか、こッ恥ずかしいなぁ。
 おい。
 短い距離とはいえ、肌を晒して部屋を歩くマスタングも。
 その身体に、両手で足りぬほどの赤い跡を残している自分も。
 「どうぞ、先生」
 大急ぎで戻って来たマスタングは、かぱんと赤い十字架が描かれた木の箱を開けて寄越す。
 一般家庭よりずっと充実したキットの中から、俺はがっしとそれを手に取った。
 「……コンプレス(湿布)?まさか、先生」
「誰のせいだと思っているんだ!うらっつ。さっさと貼れ!」
 ベッドの上、ごろんと転がって背中を晒す。
 「……どこ、です。先生」
 笑いを必死に堪えてる声だ。
 振り返れば、珍しい表情が見られるだろうよ。
 「腰だ。腰。二枚は貼っておけよ?」
 「はい……ひんやりしますよ」
 腰に二枚。
 産毛が逆立つ冷たさだったが、ぐっと我慢する。
 ここで音を上げてみろ?
 何を言われるかわかったもんじゃない。
 「あれ、先生?ホット・コンプレスじゃなくて良かったんです?」
 「俺のは慢性じゃねーからな。クールでいいんだ」
 あー。 
 そうともさ。
 お前さんの、腰振りダンスになんざぁ付き合うから、この様だ。
 平穏な日が続いているから、俺の出番はここの所少ない。
 腰痛とは、とんと無縁の生活を送ってたってーのによ。
 「……急性がクール。慢性がホット?」
 「そう覚えておけば、便利だろう。クールを何日か貼って炎症を抑えて後。ホットで血液の循
  環を良くするんだ」
 「勉強になりました」
 「そりゃ、結構だ」
 甲斐甲斐しくもゴミを捨て、キットを定位置に戻したマスタングは、俺の隣に潜り込んでくる。
 何時もは胸の上に遠慮なしに乗っかってくるのに、今日は愁傷げにも肩先にちょこんと顎を
乗せてくる程度だ。
 「……んなに、心配でんでいい」
 首根っこに腕を回して、ぐいと引き寄せる。
 おずおずと遠慮がちに、胸の上。 
 マスタングの体が被さってきた。
 それでも体重をかけないように、微妙に何時もとは位置がずれている。
 「平気だっつってんだろ。ほら」
 髪の毛をくしゃくしゃにしてやって、やっと何時もの位置に落ち着く。
 「すみません。無理。させたみたいで」
 「無理はしてねーよ。無茶はしたがな。久しぶりの逢瀬だ。んなもんだろう」
 「お会いできても、こんな風になれるとは思わなかったものですから」

 そんなセリフを儚い風情で吐くな。
 また年甲斐もなくやりたくなっから。
 この腰でやっちまったら、それこそシャレにならんというのに。
 「旨そうなお前さんを手放すと思うか?据え膳食わぬは男の恥だろ」
 一度手放したのは、俺に枷があったから。
 戦線を離脱してから不倫を続けられるほど、器用な人間じゃなかった。
 イシュヴァールは、てめーでも想像していた以上に自分の中に巣食っていて。
 結果的には、お前を捨てて取ったはずの家族を切りすれるハメになった時に、一番最初に
浮かんだのはボウズの面だったよ。 
 「ふふ。そう言って貰えると嬉しいですよ」
 微かに撓んだ目尻。
 嬉しいのは間違いないのだろうが。
 「……不安なのか?これだけ、しておきながら」
 まー、俺は一度お前を切ったから、わからんでもないんだが。
 それを承知でここに居るんじゃねーのかよと、言いたい気もしないでもないが。
 「すみません」
 「まーお前が、甘えたがりなのは承知してっから。んなに泣きそうな面すんな」
 近しい人間を立て続けに亡くしたのを、本人から聞いて知っている。
 やっと手にした久しぶりのぬくもりが、指の隙間からすり抜けているような、そんな気分に
陥っているのがわかるから、強くも出れない。
 「ったく、ほら。ちゃんとに抱っこしてやっから。こいや」
 マスタングが一番落ち着く場所に、抱え込んで。
 瞼にキスを落としてやる。
 
 何も心配しないで眠れ。

 とイシュヴァールの頃、散々してやった口付けは。
 今でも有効だった。
 マスタングの瞼が従順に下がって、俺の襟元をきゅっと掴み、眠る体勢に入ってゆく。
 俺はマスタングの髪の毛を軽く梳いてやりながら、またしてもこいつに溺れてゆく自分を自
覚する。
 今度は、俺の側に枷はない。
 マスタングが拒否しない限り、どこまでも溺れてゆくだろう確信しらあった。

 「まーあれだな」
 難しい話はさておいて。
 「もちっと腰を鍛えないと駄目だな?」
 俺の小さな囁きが聞こえたのかどうが、寝入ってしまったはずのマスタングが、それはも
う鮮やかに微笑んだ。




                                     END




 *する度に、湿布はっつけているようじゃ困りますね、先生。にやり。
  抱かれる度に香るのが消毒薬じゃなくて、湿布だったら。
  ロイたんは、無茶させてるんだな。しょぼんとか落ち込みそうです。
  なんてーか、にゃんばれ、先生!





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