冗談じゃねぇ
私は、ここで、死ぬのかな?
指一本どころか、瞬きもできない。
全身が凄まじい倦怠感に襲われている。
血だらけの体は、痛いを通り越してただ、熱い。
そう。
大量殺戮の際に、膨大な焔を練成する時の熱さに、とてもよく似ている。
喉が酷く渇く飢えも。
皮膚が熱に晒されて吊れる感覚も。
頭の中が熱で、ふたふたと犯される心地良さも。
「ったく、冗談じゃねーんだよっつ!」
聞き慣れた声が耳に触れたように感じで。
びくつく瞼をどうにかこうにか、薄く開く。
真っ赤に染まった視界に、映った気がした鮮烈な白。
私はこの白を良く知っている。
最も、私が知っている城だったらば、の話だが。
あいまいな記憶を辿れば、私が重症を追ったのは、白が近くにはいない場所。
私の安楽の地は、白衣を纏う医師が在住する粗末なテント。
味方は誰一人いない、敵地の只中ではなかった。
背中から食らった散弾銃は、内臓を食い荒らしている。
即死しなかったのが不思議なくらいだ。
しかし、私はどこにいるのだろうか。
もしここが、敵地で。
私の大切なかの人が、ここに居るのならば。
早く逃がさねばならない。
かの人は、医師。
殺すだけの私と正反対の位置にある、助ける為の人材。
同じ場所で、私の隣でなんて死んでいい人ではない。
「おいっつ、マスタング!しっかりしろ。俺だ。ノックスだっつ!わかるなっつ!」
何時だって、怒っている様な口調。
でも今、その声には酷く取り乱したような色が強い。
「セン、セ?」
「おうよ。絶対助けるかんな。気なんか失ってんじゃねーぞっつ!」
ごろりと転がされて、私は勢いのままにうつ伏せになった。
全く、先生らしい酷い扱いだ。
なんて暢気なコトを考えてしまった私の耳に、ひゅっと息を呑む音が届く。
「ど、か。しました。か」
「いや。どうもねーよ」
先生の掌が私の背中に触れる。
どぷんと、派手な出血が感じられた。
「息、止めとけ」
「死に、ますよ」
「一瞬で、いい」
「は、い」
大きく息を吸い込む。
ごぽっと傷口が開いて、新たな出血。
息を止めれば、出血は幾らか大人しくなる。
それでも、太ももまで血が流れてゆく感覚はあったけれど。
「さすがだな。余熱で焼き尽くしたんだろう弾は体内に残っちゃいねーようだぜ」
傷口を何やら器具で掻き回されて、吐き気が込み上げてきた。
ここで吐いたら先生に迷惑がかかる、その一心で。
どうにか吐き気をやり過ごす。
「マルコーさんがいりゃあ、こんなに梃子摺らなくていいんだけどなっつ。くそっつ!おい。マ
スタングしっかりしろ。これが、わかるな」
一番深い傷口の真上に置かれて、その重みで肉に少しづつ食い込んでくる硬い、感触。
まさか、それが、ここにあるわけないと、思って。
赤い靄の掛かった視界を、振り切るように数度瞬きをする。
目の血管でも切れてしまっているのか、色を識別する神経がいかれてきたののか、やはり赤
みがかったままの視界。
一際目立つ、真赤。
平べったい円状の、それ。
「センセ、ど、して。こんなモノが?」
「よしよし、わかるんだな。マルコーさんに聞いた時は半信半疑だったんだが」
最初に見た時は液体だった。
次に見た時は球状の固体。
ピジョンブラッドと呼ばれるルビーにも、似ていた。
指輪として、誂えられていたからかもしれない。
そして、今は。
ちょうどコースーターのような形でサイズ。
血に塗れても、尚、真紅の。
賢者の石。
「これが、あれば。お前さんでも治療系の錬金術が扱えると聞いた。傷を塞ぐように念じて、
発火布を使えばいいだけだそうだ」
「しゅうちゅ、できません、よ」
ましてや治癒系の錬金術は守備範囲内。
実も心も安定した状態であったならば、術の試行も可能だったかもしれないが。
「しろ。俺は、お前を助けてーんだ!こんなトコで死なせるつもりはないっつ!」
「全く、無茶、を言う」
貴方の腕の中ならば、きっと死も優しいだろうに。
「無茶は承知だ。いいか?このまま死んでなんてみろ?死体に取りすがって大泣きした挙
句に、後、追ってやっからなっつ!」
「……冗談じゃ、ないですよ」
貴方が、死ぬなんて。
私と一緒に死んでくれるなんて。
そんな甘い夢。
果たされていいものじゃあない。
「そっか?俺はお前が死ぬ方が、冗談じゃねぇぜ?……さぁ。いい子だマスタング。時間が
ねぇ。集中しろ」
「…手、握って」
「ああ」
右手は傷口の上、左手は先生の掌が包み込んでくれる。
「キス、して」
「ここでか?」
「センセの熱。体、温がほし……」
「はぁ……こんな恥ずかしい真似させて、成功させなかった日には、覚えていやがれ?」
閉じたままの左瞼に、鼻先に、頬に。
唇に。
一番長く、キスが届く。
私は頭の中、どうにか保っている思考力を総動員して、傷口に意識を集中したまま、発火布
を擦った。
ちちちっつ。
きんっつ。
火花が散る、音の後に、何時もと違う練成反応が続く。
傷口の上、どろっと賢者の石が液化する感触があった。
「……うし、解けた。もー大丈夫。マルコーさんが作った石だ。本来の術の増幅だけでなくて、
治療の力も封じられてるって話だかんな。血も止まる」
額に安堵の口付け。
続いてこつんと額をあてられて。
瞼を痙攣させながら、目を開けば温柔に微笑む先生の姿があった。
「後は、俺でもどうにかしてやれる。もう…気を失っていいぞ。よく、頑張ったな」
ぽんぽんと子供をあやす様に数度を撫ぜられただけで、気を失ってしまった私が、行きつい
た場所は。
赤が一つも伺えない。
私の大好きな人の色をした世界。
真っ白い、世界だった。
センセーが着ている白衣の、真白。
大好きな……色。
私が迎えた、ぎりぎり生者の世界での安息は、先生に届いただろうか。
END
*ロイの日記念第一弾完結。第何弾までできるかなー。
血塗れの真っ赤なロイの世界の中、ただ一つの白が、先生。
同じく人殺しの先生を聖域にするロイたんの闇が、
これっぽっちも出せなくて寂しかったですよ。
リベンジは、何時か。