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  兄様の、宜しいように。



 
無理矢理暴いた身体の、甘さを忘れられない己がおぞましかった。

 「兄様っつ!」
 リヒテンシュタインの悲鳴にも見た呼び声に、振り返る。
 彼女はツヴィンクリの為に持ってきたのだろう、大きなパルミジャーノを抱えていた。
 ごとんと、それが床に落ちたのを見て慌てて側に寄る。
 「危ないではないか! 気をつけないと駄目であろう」
 彼女の体の一部にも、チーズがあたっていないのかを確認した後で、拾い上げたチーズを
テーブルの上に置いた。
 見事なパルミジャーノは、中央を繰り抜いてリゾットを作りたくなる逸品だ。
 菊にも食べさせてやりたい……と、反射的に浮んだ想いに、ゆるく首を振る。
 「……もしかして、兄様。ご自分が今。何をされようとしていたのか、おわかりでないのですか?
  無意識でいらっしゃいましたか?」
 いきなりツヴィンクリの懐に入り込み、蒼白な面持ちで訴えてくるリヒテンシュタインに驚かさ
れながらも、取り合えず落ち着かせようと、その掌に優しい髪の毛を撫ぜる。
 「何をそんなに驚いているのかわからないが。何も心配はいらない。こうして、我が側に居る
  限りは」
 ツヴィンクリの言葉に、リヒテンシュタインはきゅ、と唇を噛んだ。
 生まれ持った高雅な品の良さのままに、腰を落とした彼女が床に転がる、それを拾う。
 目の前に差し出された銃を見て、ツヴィンクリは目を見開いた。
 己の半身とも言える愛用の拳銃を床に落とすのは、無様以上の醜態だったし、落ちたのに
気がつかない己の散漫さに至っては、開いた口が塞がらない。
 「私が、こちらに伺った時。兄様はこの拳銃を、こめかみにあてていらしゃいました」
 「なっつ!」
 「気付いて、いらっしゃらなかったのですね?」
 ツヴィンクリの腰に回されたリヒテンシュタインの腕に力が篭る。
その温もりに励まされないとツヴィンクリは、現状を把握できなかった。
 
 無意識に、己の命を絶とうとしていたなどとは。

 「はっつ! そんなことをしたら、それこそ菊に絶望される」
 「ええ。そうですよ? 菊さんは兄様が自ら命を絶たれた事を知ったら、深い所へ落ちて行く
  でしょう。優しい。とても優しいお方です。ましてや、兄様。原因が、菊さんにあるのだとわ
  かったら。あの方も兄様と同じ場所へ行かれようとするでしょうね?」
 「リヒテン……」
 何故、そんな事がわかるのだと思って。
 菊とリヒテンシュタインは、同じ風にツヴィンクリを大切にしているからだと、推測する。
 例えば、彼女に酷い事をしたとして、彼女を置いて逝けるだろうか。
 勿論、否だ。
 謝罪をして償いをして、以前の関係は無理でも、穏やかで優しい新しい関係を作ろうとするだ
ろう。
 ならば。
 菊にも。
 謝罪をして、償いをすれば新しい関係が気付けるだろうか。
 それこそ、恋人同士のような。
 ああ、そうだ。
 我は告白すらしていなかった。
 菊に好きだと。
 好きだから抱いたのだと告げねばなるまい。
 スタート地点から間違えてしまった己の浅はかさがそのまま、菊への執着なのだと考えれば
苦笑しか浮かばないが。
 仕出かしてしまった事を悔いても仕方ない。
 ましてや、重責と激痛から逃れようとして死を選ぶなど、言語道断。
 「リヒテン」
 「はい」
 「このパルミジャーノを使ってリゾットを作って。菊にも食べさせたいのだが、構わないだろうか」
 「ええ。勿論」
 「今すぐに、呼んでも構わないか?」
 「兄様の、宜しいように」
 するりと腕の中から抜け出して、華やかに笑ったリヒテンシュタインは、その笑顔でツヴィンク
リの背中を押してくれる。
 ツヴィンクリをすぐさま踵を返して、菊の家へと電話を入れた。

 盛装をして、小ぶりだがこの時期に手に入れるの難しいエーデルワイスをふんだんに使った
ブーケを携えて、菊の訪れを待った。
 旅慣れているのだろう。
小さな巾着を一つ持って。



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                       バッシュさんらしくない行動は、それだけ菊ラブって
                         コトで理解していただければ、ありがたいのです。



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