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  ナチュラルライフ



 「だいじょーぶだよ。菊。そんなに心配しないでも!」
 そう言って、数歩前を跳ねるように歩くヴェネチアーノの後をゆっくりと付いて行きながら本田
は、周囲への警戒の目を怠らない。
 「誰も見てないって。そもそも、庭はちゃんと塀に囲まれてるでしょ?」
 「……確かに、そう、ですけど……」
 サンドイッチは本田が、デザートはヴェネチアーノが作った。
 ヴェネチアーノは本田が作る日本式のサンドイッチが大のお気に入りだ。イタリアン・サンド
イッチと呼ばれるパニーノは毎日でも食べられるが、日本式サンドイッチは、パンの入手が
難しい。
 食パンの耳を切り落とし、真っ白くてやわらかい部分だけで作られる、その食感が何とも
ツボだった。
 イタリアのパニーノには、バターやケチャップ、マヨネーズなどをつけないで素材を楽しむ
傾向がある。
 しかし日本式サンドイッチは、カラシバターが基本的に塗られており、クラッシュエッグに
たっぷりとマヨネーズを混ぜた物や、薄いハムカツにソースをかけ、レタスで挟み込んだ物
など、手間のかかる味付けされたものが多い。
 ヴェネチアーノの一番のお気に入りは、ほくほくのジャガイモを軽く潰したものに塩コショ
ウを振り掛け、ケチャップかマヨネーズで味付けしてある逸品だ。
 ジャガイモはルードヴィヒがたくさん送ってくれる物を使っているので、上手さも倍増だと、
本田は言う。
 ティラミスは、洋風の甘い物が不得手な本田が好んで食べる数少ないスイーツの一つだ。
 作る時のポイントは、マスカルポーネチーズとクリームチーズを混ぜる事。
 香付けにオレンジキュラソー。
 ボヌフォワが送ってきてくれた本場のグラン・マニエ・コルドンルージュを使っている。
 チーズと生地に染み込ませたコーヒーの香りの中に紛れるほんのりのオレンジ。
 食感と香りで食べ物を楽しむ癖のある本田にとっては、絶妙の配合でなされた好みの
スイーツだ。
 外は快晴。
 程よく涼しい風が吹いており、まさにピクニックにはうってつけ。
 遠出しなくとも、花を愛するヴェネチアーノの手によって適当に整備された、庭でのブランチは
格別だと信じて疑わない。

 まさか、こんな。
 下着をつけることも許されない破廉恥な状況でさえなければ、心底楽しめるのだが。

 「ここにしよっかー」
 大きな木の陰に、五人家族が楽に座れるレジャーシートが手際良く敷かれる。
 やわらかい緑に、淡い色の花々が描かれたシートは、まるでそこに花畑ができたようで、
本田は目を細めた。
 「はい。菊。座って座って」
 更には本田用の肌に優しいイス代わりのタオルが敷かれるフェミニンぷり。
 何度も言いたくはないが、全裸でさえなければ、恋人の心遣いを純粋に嬉しく受け止められる
のだけれども。
 「あ!そのタオルはイス代わりだからね?腰に巻いたりしちゃあ、駄目だよ?」
 ちっちっちと、人指し指が振られた。本田の考えなど、ヴェネチアーノにはお見通しだった
ようだ。
 「もう。ここまで来たら、このオープン具合を楽しんでよぅ」
 「や。もう。何度しても、たぶん。慣れる日は来ないと思うよ」
 促されて、タオルの上に座る。体を隠していたランチボックスを奪われて、わたわたしてしまう
本田の膝の上、ふわりとランチマットがかけられた。
 「そんな事ないって。菊は順応性が高いからね。俺やルードヴィヒのすっぽんぽんでの屋内
  徘徊にも慣れたじゃんさ」
 「……それは、ルードヴィヒさんの人徳」
 あまりにも自然なヴェネチアーノに、本人その気がなくとも驚くほど堂々として見えるルード
ヴィヒさん。
 正直、裸を恥じる自分が間違っているんじゃないかと、二人を見ていると思ったりもするが。
 「ええっつ。確かに、ルーはいい奴だけどさぁ。体もすっごく格好良いし」
 「……こほん。とにかく、私は屋内でも屋外でも全裸は苦手です」
 見るだけなら別に構わないが、やはり自分の貧相な体を晒して歩く趣味はないし、今度も
持てないと断言できる。
 「でも、今日は、してくれるんだよねー」
 「……約束ですから」
 悪酔いする性質ではなかったのだが、酒を飲んだ勢いで賭けに乗ってしまったのは自分。
 まとまらない思考で、天然の強さを持つヴェネチアーノにカードで勝てるはずもなく。
 負けた結果が、これだ。

 丸一日、何も着ないで過ごす事。

 三人で行動する事が多い、昨今ではあったが、さすがのヴェネチアーノもルードヴィヒさん
に今日一日は出かけてくれるように頼んだ。
 一部始終を見ていたルードイヴィッヒは、本田の身体に強めのハグをして後、ぽんぽんと
頭を叩いた。
 幼子を宥める仕草だったが、それで恥ずかしさと居た堪れなさが激減するから不思議な
ものだ。
 かの人の抱擁は、ヴェネチアーノと全く違うが、何時だって本田を安堵させた。
 「そんなに、不機嫌そうな顔しなくても……ほら。ティラミス。あーんしたげるから」
 あーん、とスプーンに掬ったティラミスを本田の前に差し出してきたヴェネチアーノの手は、
邪険に振り払われる。
 「デザートは、ランチの後です」
 「いいじゃん。別に順番なんか気にしなくとも、好きな時に好きな物を食べれば」
 「そうした、結果。デザートはランチの後になるんです」
 本田は、ヴェネチアーノの手をぐいと彼の方に押し遣って自分はサインドイッチを手に取る。
 カークランドが送りつけてきたローストビーフをふんだんに使ったサンドイッチは、自分が
作るとついつい一品に入れてしまう大好きな逸品だ。
 さすがは本場イギリスで作られた高級品。
 冷たくても肉が口の中でとろっと蕩けてしまう。
 イギリスに行った時、カークランドさんが自らマスターになって饗してくれた、熱々のロースト
ビーフの味は未だに忘れられない。
 特に、菊は美味そうに食べるからな!特別だ!と頂いた、肉塊から二つしか取れないカット
エンド部分は、とても香ばしくスパイシーな味に仕上がっていて、うっとりとしたものだ。
 「菊?」
 「ああ。カークランドさんのところで頂いた、ローストビーフの味を思い出していたんですよ」
 「あーアレ本当に美味しいよね。僕正直、イギリスの料理って『ええ?』って思うものばっか
  しだったけど、アレは好きだなぁ」
 ヴェネチアーノも思い出しているのだろう。彼も同じ席にいたのだ。
 「一言余計ですよ、ヴェネチアーノ」
 「菊は紅茶好きだから、アーサーには甘いよね」
 「良い人なんですけどねぇ。どうしてあんなに敬遠されるのでしょう」



                                    続きは本でお願い致します♪
                     冒頭からうきうきと食事描写に走ってしまいましたが、
                     これからちゃんとエロロードに修正してゆく予定です。




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