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  Murderer



 
「はぁ……」
 本田は大きな溜息を付きながら、背負っていたリュックサックを揺する。
 「本田……一体これで何度目の溜息だと思っておる」
 数歩前を歩いていたツヴィンクリがくるりと振り返った。
 額部分につけているライトが眩しい。
 こうして暗闇の中でも見ても、何時何処で見ても美しい立ち姿だ。
 厳しい訓練の末に築き上げられた、筋肉びっしりだか細身の肢体。
 銀髪にも見える透き通るような金髪。
 草原をそのまま瞳に燈したようなペールグリーン。
 ライトの光だけで見ているので、少々見え方が違うが美しいのには変わりない。
 「本田?」
 「え! あ? はいっつ。五〜六度くらいでしょうか?」
 「愚か者! その五倍だ!」
 っていうか、数を数えていたんですか! なんて突っ込みは恐ろしくてできない。
 相手はあのジョーンズでも梃子摺るツヴィンクリだ。
 彼を相手にして平静を保っていられるのは、妹分のリヒテンシュタインと幼馴染であるエーデル
シュタインぐらいであると言われている。
 ちなみに、恋人としてもう何年も一緒に過ごしている本田は、ツヴィンクリにベタ惚れなので、
通常緊張の余り微妙に挙動不審で、平静な対応は難しかった。
 「全く。不満なのは我も同じだ」
 「……すみません」
 「謝る必要はないのである! 仕事ならいたしかない」
 「はぁ……」
 とは言ってもせっかくのデートが台無しにされたのだ。溜息ぐらいは許して欲しい。

 上司から特殊部隊と組んで山狩りをして欲しいという電話を貰ったのは、夜もとっぷりと
更けた十一時。
 ちょうどツヴィンクリとの一戦を終えて、すわ二戦目! と彼からのしっとりした口付けを
受けていた所だったのだ。
 常日頃から生真面目な彼は国の仕事に忙しく、ほとんどが本田の方からツヴィンクリの
家に尋ねて行くのが普通だった。
 しかし時折、リヒテンシュタインが気を利かせて『たまには、兄様から菊さんを訪ねなければ
いけません!』とお説教してくれるのだ。
 敬愛する兄の恋人が、国の象徴で、更には男である事にも全く頓着しない彼女は、自分の
意見を何時だってしっかり持っている。
 決して多くはないお小言なので、ツヴィンクリもリヒテンシュタインがそう告げると、仕事を
追い込んで何日かプライベートの時間として、日本を訪れてくれていた。
 優しいリヒテンシュタインには感謝しているし、仕事に絡めないでわざわざプライベートの
休みを取って極東にまで足を伸ばしてくれるツヴィンクリの態度も堪らなく嬉しい。
 だからこそ。本田の仕事で二人きりの時間を邪魔させたくはなかった。
 ましてや、特殊部隊と組んでの山狩り=凶悪殺人集団の確保もしくは撃滅ともなれば、
一日や二日で終る仕事でもない。
 奴等は、怪物だ。
 一介の人間では蹴りをつけられないケースも多い。
 故に逃走者の悪質度合いが高いと、自分が呼ばれるのだ。
 怪物ではないが人外には間違いない自分が。

 「でも、やはり。バッシュさんには自宅で……」
 「ふん! 貴様がいない自宅に興味はない……ぽち君は愛らしいがな」
 「ですが、自分の仕事に巻き込みたくないです……」
 「今回は、正式な依頼もある。これはお前の仕事でもあるが、我の仕事でもあるのだ、
 それに……」
 ツヴィンクリの手袋に包まれた手がいきなり本田の襟首を掴んだと思ったら、強引に引き
寄せられて大変情熱的に口付けられた。
 ツヴィンクリがこんな風に熱烈な口付けをするタイプだと知っているのは、エーデルシュ
タインぐらいだろう。
 ルートヴィッヒの家で紅茶を嗜んでいた時にさらりと言われたのだ。
 彼はその時。
 ピアノの上で、美しい指を鮮やかに躍らせていた。
 『おや? ああ見えて、ツヴィンクリはむっつりすけべですよ。菊も大変でしょう』と。
 一緒にお茶を飲んでいたフェリシアーノが、わはーいとはしゃいで、ギルベルトは、けせせ
と笑い。
 ルートヴィッヒは紅茶を拭き出した後、失礼な事を言うな馬鹿! とエーデルシュタインの
頭に拳骨を落としていた。
 「ん! ふっつ」
 舌を絡み取られるような熱心な口付けに、下半身がぶるりと震える。
 目を開いた時には、ツヴィンクリの腕の中に収まっていた。こういう所は本当にスマートなの
だ。
 「我の知らぬ所で、菊が傷付くなんて、耐えられないからな」
 「私、弱くはありませんよ」
 「知ってる。だからだ」
 人差し指で軽く、でこぴんなぞをされてしまった。
 「お前は壊れない自分の身体を過信しているからな。傷付いたお前を見て、悲しむ存在の事
  まで考えようとしない」
 「……最近は、気をつけてますよ?」
 本田は心配性な友人隣人を思い起こして、再び溜息をつく。
 まずは地理的に近い王が駆けつけて来てお小言を言いながら漢方を調合し、ブラギンスキ
は自分が来ても本田が安らがないと知っているから、大量の向日葵の花束を持たせたナター
リヤを派遣する。
 普段怖いくらいの無表情な美貌を誇る彼女が、心配そうに顔を顰めると、胸も痛む。
 続いて親しさから交友の深い、フェリシアーノが取る物も取り合えずという格好で飛び込んで
きてヴェーヴェーと泣く。
 ルートヴィッヒは無言で持ち込んだ医療キットでせっせと治療をし、ギルベルトはその間本田
の身体を抱えたまま、その頭の上に顎を乗せて離さない。
 本田が連絡をしない以上、ツヴィンクリが顔を出すのは、その次ぐらいのタイミングだ。
 無表情に白い顔をしたツヴィンクリの後ろに、青い顔をしたリヒテンシュタインが続く。
 見下ろされた眇める眼差しは、なるべくならば見たくはない。
 見捨てられるかと思い込まざる得ない冷ややかさ。
 「ふん。それでもまだ足りぬ。本当なら、菊。お前を我の腕の檻、閉じ込めてしまいたいくらい
  だ」
 冗談でもなく言われて、口の端が僅かに上がる。
 引き篭もり上等、鎖国万歳。
 相手がスイスならば、国民も属国を納得してくれるのではないだろうか。
 スイスを安穏とした国だと思っている日本国民は少なくない。
 アメリカより余程マシだとは言って貰えそうだ。
 ええ、喜んで。
 と言いたいのを我慢して、代わりに笑みを深くする。
 言ったが最後、想像より遥かに独占欲の強い恋人は、あっさり実行してしまいそうだから。




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                    むっつりで、菊がほわええ? とか混乱しているうちに、
                          あっさりと菊を押し倒せる風な瑞が理想です。
                 



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