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  孤独の狂奔

 本当は、わかってる。
 「紅葉……」
 紅葉は長い髪なんか、持っていない。
 「愛してる……」
 こんな風に俺を貪婪に求めたりなんかしない。
 「お前だけだ……」
 何より、俺を見てくれない。
 緋勇龍麻という、人間を。
 ただの、男としては、決して。
 欲しがる事はない。
 「……龍麻…」
 「うぜぇ!俺の名前を呼んでいいのは紅葉だけだ!」
 遠慮がちに囁かれる、その癖縋りきった甘い声音に吐き気を催して、叩
きつけるように腰を入れる。
 「でも、壬生……君、は」
 「うるせーよ。お前は何も言わずに股おっぴろげて、だらだらだらだら濡
  らしてりゃあいいんだ」
 紅葉の身代りなんて誰にもできやしないが、せめて誰かを犯していなけ
れば気が狂いそうだ。
 狂いそうだ?
 自分の思考に自問自答して、気が付く。
 思い、至る。
 ……ああ、もう……狂っているかもしれない。
 紅葉がどうやらもう二度と、戻って来ないと漠然とではあるがわかってし
まったあの時に。

 隼人を抱いたせいで、紅葉を深く悲しませ、怒らせてしまった。
 誰を抱いても、犯しても。
 嫉妬すらしてくれなかった紅葉が見せたのは、聞くものが聞けば本当に
怒っているのかと思うほどの、静かすぎる怒り。
 『何があったのか、なんて僕は聞かない。でも僕を騙す気なら、そんな落
  ち着きのない声で電話なんかかけてこないでくれ』
 言い分けどころか、隼人を抱いた事実すら告げていないのに、双龍の勘
だけで全てを悟った紅葉はそう言って、誰としてもやっぱり紅葉がいいと自
覚した俺からの電話を切った。
 感情の色味というものをほとんど感じさせない、風邪をひいていたせいで
僅かに掠れたその声は、どこまでも穏やかに冷ややかだった。
 何時にない展開だったけれど、時間を置けば紅葉も少しは落ち着くだろ
うと、時間を置いたのが間違いだったのかもしれない。

 紅葉は、その日から消息をたった。
 
 双龍であるはずの力を駆使しても、気配が微塵も掴めない。
 誰に聞いても『知らない』と。
 どころか『本当に行方知れずなのか』と、聞かれる始末。
 容態が優れずにずっと面会謝絶になっている母親の元へも訪れない。
 拳武館に乗り込んで、鳴滝を怒鳴りつけても『連絡がない』の素っ気無い
言葉で押し通された。
 見限られたのだと、気が付くのには随分と時間がかかった。
 気が付いてしまえば、いてもたってもいられずに宿星の仲間達のありとあ
らゆる情報網を駆使させたが、紅葉の姿はどこにも見出せなかった。
 恐慌状態に陥った俺に、とどめをさしたのは宿星のうちでもどちらかとい
えば親しくない部類に入る、御門の言葉。

 『星が、ありません』

 御門の言う陰陽道によれば誰しも、運命の星、というものをもっているは
ずで、紅葉の星はいつでも俺の側にそれこそ寄り添うようにあったのが、
消え失せている、という。
 普通星が消えるということは、直接的な"死"を意味するのだが、紅葉は、
死んではいないらしい。
 『こんなケースは初めてです』
 と、不可思議な顔をして首を傾げた御門が続けた言葉は、俺を再起不能
の闇へと突き落とした。
 『たぶん"壬生紅葉"として生きてあることを放棄したのだと思います』
 慰めが見えなかったのは、俺が紅葉をそこまで追い込んでしまったのを、
星の動きで感じ取っていたからだろう。
 失礼します、という御門の別れの言葉を聞きながら、俺は一人その場に
立ち尽くしていた。

 たかだが、浮気の一つ。
 いや浮気にもならないSEXのおかげで、俺は半身を永久に失った。
 紅葉がどんな風に己を追い詰めていったのかはわからない。
 そうは見えないが俺以外の生物に優しい紅葉だった。
 俺が暴走して、世界の全てを壊してしまうのにためらいがなかったはず
はない。
 自分が失踪すれば、俺が俺でなくなることを百も承知で行ったのだ。
 どれほどの、どれほどの思いを抱えていなくなったのか。

 吐き出しても吐き出しても、とまらない欲望を美里の体に思う様ぶち込
んで気絶させた後に肉塊を抜き取る。
 美里が際限なく漏らす愛液と己の精液が交じり合って、ぬらぬらと光る
肉塊が萎えることはもう、ない。
 殺伐として、誰でもいいから打ち殺したい衝動が極まった瞬間、電話が
鳴る。
 今の俺の状態を知っている中で、電話をかける度胸のある人間はほと
んどいない。
 何度かのコールの後、かちっと機械的な音がして留守番電話に切り替
わった。
 『もしもし〜?龍麻ぁ。ミサちゃんですう〜』
 未来を自在に覗けるミサからの電話に、全身の産毛が逆立った。
 ミサは紅葉を、異性の友人として恐らく一番大切に扱っていた。
 そのミサが、こんな状況の俺に優しい言葉をかけるはずもない。
 『電話、出なくてもいいから〜そこで聞いてね?』
 数瞬の沈黙の後。
 『紅葉のお母さんが亡くなったよ〜』
 「それは本当か!」
 反射的に電話に出る。
 『やっぱり居たね〜?』
 「ミサっつ!!」
 『ほんの数秒前にね〜亡くなったわ〜』
 「そんな……」
 母親の葬式に行けば紅葉に会えるとか、そんな甘い考えはもう浮かば
なかった。
 『龍麻が悪いんだよ〜?紅葉を突き放したんだから〜自業自得〜』 
 「俺は、紅葉を突き放したことなんか一度だってない!」
 『真面目な紅葉に〜貴方の常識がいつまでも通じるはずがないって〜
気が付くべきだったねぇ〜』
 「ミサ……」
 フォローなんてあるわけもない電話は、言いたいことを告げるとぷつりと
切れた。
 ツーツーという音が、耳の中でうわんと響き渡る。

 これでもう。紅葉をこの世に引き止めるものは何もない。

 どんなにか、俺が自分を見つめなおして、紅葉の嫌がることは二度とし
ないと誓っても。
 紅葉が俺の隣に立つなんて、夢すらみれない。
 気が狂うというのは、こういう時にこそ使うものだと。
 いつまでも。
げらげらげらげらと、泣き笑いながら思った。



*主人公紅葉(一部主人公×美里?)。
  うわー不幸だ(苦笑)
  久しぶりに書いた気がする不幸話。
  この後龍麻は大暴走をぶちかまして日本を壊すのかなーとすっかり
  他人事。やっぱり不幸でも報われる話がいいですのう、と間抜な言
  葉を囁いてみたり。
                                                        


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