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 傷(痕) 


 「ロイさん?」
 嘗て私を狂愛した男と同じ風に呼ぶ、私を溺愛する男。
 「何だ」
 気質は全く違う。
 寧ろ正反対といってもいい、けれど。
 この、私を抱く時特有の。
 甘やかす穏やかな瞳だけが瓜二つ。
 「アンタ、全身。細かい傷、多いけど」
 「ああ」
 「全部。同じ性質の傷跡ですよね?」
 「そうか?」
 「誤魔化さないで!」
 ぎゅうと真正面から、私を抱き締めてくる、この必死さも似ている。
 あいつは、私を真正面からあまり、抱きはしなかったが。
 何時も背後から。
 私の表情を窺うのが怖いかのように、きつく、抱き締める事が多かった。
 「誤魔化してはいないさ。ただ。お前が嫌がる話になるなぁと思っただけで」
 「……何となく想像がつきました」
 「やめとくか?」
 「アンタの口から、聞かせて」
 「……じゃあ、お前。コレ、抜きなさい」
 実はまだ、繋がったままで。
 悠長に話を出来る状態ではない。
 「いやです」
 「……どこまで我侭なんだ」
 「だって!」
 「このまま入ってるか、話を聞くか、どちらかだ。我侭は度を越すと疲れるし、萎えるぞ?」
 きゅうんと、鳴き声が聞こえそうな切なそうな表情に、心が動かされるが、ここは冷たい表情
を保ちつつ、奴の動向を窺う。
 余程話が聞きたかったのだろう。
 渋々といった風情ではあったが、ハボックは私の身体から、元気過ぎる己の分身を抜いた。
 「く、ふっつ」
 すっかり奴の形に慣らされた体が、離したくないとくっ付いてしまうのに、眉根を寄せる。
 ハボックは反対に、とても嬉しそうだ。
 「ほら。ロイさんだって離れたくないって」
 また、挿入しそうな気配に、指先でおでこを弾いてやった。
 「……話を聞きたいのは、お前だろう?」
 「はぁい」
 涙目でおでこを押さえる様も、どうにも可愛い。
 こんなでかい図体の男を捕まえて、可愛いはどうかと思うが。
 私は自分の男の、どうという事もない所作に感じ入る性質だ。
 あの、紅蓮のにすら、可愛いという形容を使うのだ。
 こいつに使うのなんて、ずっと常識的だろう。
 私を組み伏せていた体が横にごろんと転がり、そのまま抱き寄せられて、横抱きに奴の
腕の中に納まった。
 結構好きな位置に、自然安堵の息が漏れる。
 辛抱強く私の言葉を待つ、奴の鼻先に軽いキスをくれてから、言葉を綴った。
 「これはな。私が負った傷を嫌った昔の男が。全部自分がつけた傷に挿げ替えたのさ」
 「やっぱり!」
 「そんなにぎゅうぎゅう抱き締めるな。別に……痛くはされなかったさ」
 そんな微細な調節ができるのかと、その時まで知らなかった。
 私の昔の男。
 ゾフル・J・キンブリーは。
 私が戦場で負った傷の上に、自分がつけた傷を被せたのだ。
 

 貴方を傷つけていいのは、私だけですからね?
 と、何度も何度も囁きながら奴は、とても丁寧に私に傷をつけていった。
 痛みは何時でも一瞬で、痛いというよりは熱いと思うだけだった。
 熱さを感じ続けていられる時間は、奴の突き上げに思う様揺さ振られていたから余計かも
しれない。
 奴から与えられる熱=愉悦と感じる私だったから、少なくとも当時は、愛されているんだな
と、馬鹿みたく思っていた。
 しみじみ狂っていたんだろう。
 あいつも、私も。
 「つけられた瞬間は痛くないかもしらんですけど。後、引いたんじゃないです?」
 「熱が持続している間中、奴は私を抱いて離さなかったし、熱が終わってからはノックス
  先生のトコに連れて行かれたからなぁ……」
 「先生、呆れたらしたでしょ」
 「最初はな。その内、何も言わなくなった」
 そして。
 『お前さんも、随分……病んじまったなぁ』
 と、今にも泣き出しそうな顔で呟かれた。
 奴は喜んでいる。
 私も、それで良いと思っていた。
 故に。
 先生の悲しい顔は、切なかったものだ。
 「……そん時。俺が一緒にいたら。アンタに傷なんてつけさせなかったのに」
 「……お前の戦闘能力は買うがね。それは無理だ」
 「アンタだけなら、完璧に守れますよ……たぶん」
 「それはそうだろうさ。でも、私を守る為には、おまえ自身が無事でなければならない。
  あの狂った場所で二つは守れぬよ」
 国家錬金術師の中でも、屈指の戦闘スキルを持つと言われた私でも、己を保つのが精一杯
だった。
 身も心も、助けてくれる人間がいなかったら、どちらも失っていただろう。
 あの頃の私は、何もかもを守り通そうと必死だったから。
 紅蓮ののように、狂気こそが常の正気という奴でないと。
 皮肉にも、全ては守れないのだ。
 戦場とは、そういう所。
 「でも、せめて。一緒にいたかった」
 一緒にいても守れない!と、嘆いたヒューズや中尉を覚えている。
 ハボックも恐らくは同じ道を辿っただろうけれど。
 そんな悲しい仮定の話はしない。
 「ありがとう、はぼ。でも私はあの頃を知らぬお前とだから、一緒にいれるのかもしれない
  よ?」
 ヒューズがグレイシアを選んだように。
 私はハボックを選んだ。
 紅蓮のではなく。
 地獄を知らぬ、ハボックを。
 「ジレンマですね……闇を共有したいけど。すればアンタを喪う。お馬鹿な俺には、ちっと
  難しすぎます」
 「何も難しい事はないさ。今のように少しづつ、心の澱みを話していけば、お互い満足できるよ」
 「そう、信じたいっスね」
 ふぅと溜息をつくハボックは不満げだが、私としてはこれができる限界だ。
 誰が自分の愛する相手に、好き好んで地獄を見せたいと思うか。
 「しかし、久しぶりだったな。紅蓮のを思い出したのは」
 「そうなんです?」
 「負の想い出の集大成みたいなものだから、基本的には記憶の奥の方に仕舞い込んである」
 「しまった!じゃあ、俺。藪蛇!」
 「だな」
 頷けば、ああ!何を敵に塩なんて送ってるんだろう……と、無駄に暴れるハボックがいる。
 全く可愛い奴だ。
 「いいじゃないか。今回は、これで。お前は以前から気になっていた疑問の答えを貰った
  のだから」
 「でも、アンタに奴を思い出させちゃたってのがなぁ……ああ、これが等価交換って奴ですか」
 「かもしれんな」
 「くぅっつ!」
 ぎゅうぎゅうと抱擁を強める奴の髪の毛を、落ち着かせる為に幾度も撫ぜて梳く。
 大型犬を構うこの気分の良さは、こいつ以外では味わえない。
 紅蓮のは……何となく爬虫類っぽかったな。
 何時でも肌がひんやりしていた所も。
 砂漠では、とても気持ち良かった。
 抱かれるよりも、抱き締めていられる僅かな時間が、堪らなく。
 「大佐!もう駄目!考えちゃ駄目!」
 「はいはい。わかったから、そんなにきゅんきゅんするな」
 眦と瞼の上、額と頬に繰り返しキスをしては宥めてゆく。
 「大人しくお前の腕の中で、眠るから」
 「奴の事を考えちゃ、駄目ですよ」
 ハボックの指先が、そっと傷痕をなぞる。
 「極力そうするよ」
 私は奴の胸に顔を埋めながら、ほふぅと息を吐く。
 ハボックは、そんな私の背中をぽんぽんと叩き、ゆっくりと眠りやすいように抱擁の手を
緩めた。

 私は目を閉じて、ハボックが触れた傷痕を思う。
 触れられて、初めて、疼く感覚を覚えた。
 続いて幾つモノ傷が、仄かな熱を帯びる。
 そうして、奴の熱をも思い出した。
 紅蓮ののつけた、傷痕だから、なのかもしれないし。
 本来、そういうものなのかもしれない。

 傷痕と、表現する物は。




                                        END




 *ハボロイ色が強いですが、実はロイさんキン様を嫌いになった訳ではないのです。
  キン様が出所したら修羅場だろうなぁと、にやにや妄想しながら後半戦を戦いました。
  縁があればそんな話も書くやもしれませぬ。
           2008/06/26

           
                   
   

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