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 貴方の望むだけ


 「ロイさん……?」
 「んー」
 「そろそろ起きて下さい。朝食にしましょう」
 「んー。あとごふん……」
 「……寝汚いのは本当、変わりませんよねぇ。じゃあ、朝食の手配をしますから。何かリクエ
  ストあります?」
 「はぼの作った目玉焼きー」
 「それは、また今度ご披露します。適当に頼んじゃいますね」
 「んー」
 ちょいん、とすっかりふくふくになった頬を指先で突付けば、嫌がってもそもそと毛布の中に
潜り込んでしまう様は、堪らなく愛らしい。
 閣下や閣下夫人が溺愛するのも、セリム君が『姉様は僕が守って差し上げないと!』と拳を
握り締めるのも良くわかる。
 俺にしたって、今も軍部時代に忠誠を捧げてから微塵も変わらず大切にしたい人だ。
 ましてや、ブラッドレイ一家公認、ロイさん納得で恋人に近い存在にして貰っているなら尚の
事。
 既に閣下の邸宅に一室……それまで住んでいたボロアパートとは比べ物にならないくらいに
豪奢で勿体無い部屋……を貰って、ロイさんの気分に合わせて彼女のベッドで眠る事を許され
ている現実が信じられず、頬を抓ってしまうくらいだ。
 「……あ、すみません。朝食の準備をお願いします。ホットミルクと蜂蜜、濃い目のコーヒーと
  グレープフルーツジューズに野菜ジュース、マフィンを三人前とそれに挟む具を適当に。
  野菜を多めでお願いします。後は苺のババロアと林檎にオレンジキュウイフルーツで。盛り
  付けはこっちでしますんで、宜しくお願いします」
 すっかり慣れた手付きでロイさんの好みを短い期間で完璧に把握した年は若いが腕は確
かなシェフに電話を入れれば、了解しました、と返事があった。
 盛り付けなしともなれば、十数分で届くだろう。
 一旦電話を切って、すぐさまセリム君の部屋に一報入れる。
 今日は閣下は仕事、夫人は孤児院訪問に早くから出かけており、家に居る家族といえば
彼だけだ。
 ロイさんと一緒の時間を過ごすのを何より楽しみにしている彼だけど、さすがにすっぽん
ぽんで朝食を食べたがる彼女を見せるわけにも行くまい。
 昼食に限りなく近い朝食を、ロイさんと食べたいがために待っていたセリム君が可哀相で
はあるが、こればかりは仕方ないと自分に言い聞かせつつ侘びを入れる。
 夜の予定が入っているらしい彼は、せめてお茶は一緒に致しましょう!と妥協案を出して
納得してくれた。
 「ロイさん。そろそろアンタの大好きなセシリオ君がご飯持ってきてくれますよ。せめてバス
 ローブでも着て下さい」
 「やー」
 「やーじゃないでしょう。嫌じゃ。セシリオ君がとち狂っちゃったら閣下に辞めさせられちゃ
  いますよ? それでもいいんです?」
 「よくなーい」
 「じゃあ、着て下さいバスローブ」
 「うー」
 こしこしと目を擦ったロイさんの腕が伸び、しゅるりと俺の首に巻きつく。
 「はぼー」
 「はいはい。ちゅー」
 頬と額と眦にキスを落としてから極々軽く、唇にキスをする。
 「おはよ」
 「はい。おはようございます」
 背中にバスローブを羽織らせれば、もそもそと腕を通した。
 豊満な胸が見えぬよう丁寧に襟元を直して、華奢な腰をきゅうと紐で縛り上げる。
 これでまぁ、人前に出したくはないけど、何とか出しても大丈夫な状態になった。
 一仕事終えた気分になって、まだ寝惚けているロイさんを抱き上げて椅子に運ぶ。
 ちょこんと大人しく座ったのとほぼ同時にノックがされた。
 ロイさんの希望とおり、今日もお気に入りのセシリオ君が食事を持ってきてくれたらしい。
 
 ご機嫌なロイさんの艶な姿を見せて、セシリオ君に勘違いさせたくはないのだが、ロイさんが
また彼を煽るような真似をする。
 今日もまた。
 「たまには君に給仕して欲しいな?」
 なんつって、うるうる目で訴えかけた。
 さり気なく爆乳をアピールするように胸元を持ち上げて見せるのはさすがにやりすぎだと思う。
 でれっと伸びた鼻の下に気付かないロイさんでもあるまいに。
 「ロイさん!」
 大きな声を出せば、セシリオ君はびくりと跳ね上がって深々と頭を下げると部屋を出て行って
しまう。
 先日、ロイさんを強姦しようと忍び込んだ暴漢をめためたにしていたのを間近で見ていた彼は、
以前のように俺に対して優越感を見せるような真似はしなくなった。
 「あーあ、いっちゃったぁ」
 「ロイさんも、あんまり色気振りまくのは止めて下さいね?」
 「いいじゃないか。たまにはつまみ食いしても」
 「アンタはつまみ食いのつもりでも、相手は結婚考える本気ですからね。一体何人の人生を
  破滅させれば気がすむんで?」
 「人生を破滅なんて、ハボ。大袈裟すぎるぞ」
 ぷうと頬を膨らませて拗ねてみせるロイさんは、可愛い。
 人を狂わせる愛らしさを彼女は、彼であった頃から持っていた。
 ロイさんに無体を強いたどころか、強いようとした輩はロイさんの知らぬ所で、大総統一家に
排除されているのだ。
 閣下のロイさん溺愛から来る凄まじい粛清は知っていたつもりだったが、セリム君や奥様ま
でもがそれに加担しているとは思わなかった。
 「では……セリム君や奥様が悲しみますよ? と言い替えましょうか」
 「むぅ。確かに娘が淫乱設定じゃ頂けないな」
 「淫乱設定はさて置き。清楚風なアンタが良いみたいですからねぇ」
 これは嘘だ。
 三人共がきっと、ロイさんが望むロイさんであれと思っている。
 ロイさんが淫乱設定の方が楽だと知れればきっと、ロイさん好みの男を日替わりで送り込む
くらいはやってのけるだろう。
 「仕方ない、な。ハボで我慢するか」
 「そうして下さい」
 「……文句ぐらい言え。家族公認の恋人なんだから」
 「アンタとの付き合いは長いし深いっス。その程度の拗ね加減は許容範囲ですって」
 腰にタックルしてきたロイさんの頭を撫ぜながらフルーツを盛り付ける。
 苺のババロアを中心に据え、林檎は細めの兎切り、オレンジは花形でキュウイは丁寧に皮
を剥く。
 「はい、あーん」
 ちょっと若いすっぱそうなキュウイをナイフの先に乗せて差し出せば、物を食べる事に関して
は器用な舌が、キュウイを浚っていく。
 「あー若いな。目は覚めるけど」
 「でしょう? 野菜ジュースとグレープフルーツジュースどっち飲みます」
 「んー。グレープフルーツジュース……って言うか、ハボ。今日はフルーツから食べていいの
  か」
 「ええ。ちょっと糖分取った方が良い呆け具合ですよ」
 「呆けてなんか、いないぞ!」
 と、言いながらもロイさんは椅子に座り直すと、苺のババロアが盛られた皿を前にすちゃりと
スプーンを握り締めた。
 「呆けてますよ。マフィンの具は何にしますか?」
 「……レタスとキュウリ。生ハムとチーズ」
 「了解。マヨは?」
 「気持ち多め」
 もくもくと幸せそうな顔で苺のババロアを食べ続けるロイさんの前に新しい皿を置くと、食べや
すく二つに割ったマフィンを置いた所で、ようやっと対面に腰掛ける。
 「まだ、何か食べたいのあったら、その都度どーぞ」
 「ん」
 大きく頷いたロイさんは、何時もより早いペースでデザートを完食してマフィンに取り掛かる。
 口の端についたババロアの屑を爪先で拾って食べれば、ロイ仕様で仕上げられたそれは、
俺の口には甘すぎた。
 「うわー。今日は一段と甘いですねぇ」
 「そうか? 美味だと思うぞ」
 「アンタにはそうでしょうとも……まぁ、疲れた身体にはいいんじゃないですか」
 「……お前も取った方がいいんじゃないのか、甘い物」
 ロイさんがぷいと、顔を背けながら言う。
 その顔は先刻切った林檎よりも赤い。
 「俺は大丈夫っスよ。アンタっていうあまーいもんを堪能してますからね」
 プチトマトが三つ飛んできたので、顔を動かして全部を口で受け止める。
 思わず感動したのだろう、おお! と拍手をするロイさんは間抜けに愛らしい。
 「今度はサーモンマリネのマフィンでもしましょうか。プチトマトのスライスもたくさん入れて」
 「うーん。一個は多いな。半分だけで」
 「んじゃ、残りは俺が頂きましょう」
 「っていうか、お前。絶対足りないだろう朝食」
 「ああ。ご安心を。アンタを寝かしつけたらがっつりと食べますから」




                                ああ、やっぱり食べ物描写が楽しい。




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