メニューに戻るホームに戻る




  欲しがられ、壊される。It is wanted, and it is destroyed.



 「……菊?」
 抱き締めて眠ったはずの身体が腕の中にない。
 「どこにいったんだい?」
 散々貪って、もぉ、許して下さい、と掠れた声で囁いて失神してしまった本田に、動き回るまで
の体力は残されていない。
 「本当に、困ったハニーだよ!」
 しかし、本田はジョーンズの腕の中では眠れないのだと言って、真夜中。
 毎回飽きもせず、思うようには動かない身体を駆使して、シャワールームへ立て篭もる。
 曰く、ジョーンズの身体は熱すぎるのだそうだ。
 俗に言う、子供体温ですね、と淡々と告げられた。
 だから、大抵。
 熱の引かない身体を冷やすべく、本田はシャワールームへと逃げ込むのだ。
 「やっぱり、ここだ。って! 何時間浴びてたんだい! 身体が冷え切ってるじゃないか?」
 本田はシャワーの下。
 ジャージャーと水を出しっぱなしにしながら、ぼんやりと佇んでいる。
 ジョーンズの声も届いていないのか、身じろぎ一つしない。
 「それで良くエコとか言えるよね。勿体無いおばけが出ちゃうんだぞ。よっこいしょっと!」
 シャワーのコックを捻り、慣れた手順で本田の身体を抱え上げる。
 初めて抱いたその日から、随分と体重を落としてしまったのは、きっとブラギンスキのせいだ。
 「……君も不憫だよね……」
 元気だった頃の彼なら、不憫は貴方のお兄さんと師匠の為にある表現です! と胸を張って
言ってのけただろうに、青紫色をした本田の口は、暑い、熱いと小さな呟きを紡ぐだけ。
 「俺は良いとして、あいつの愛人になれなんてさ。無茶苦茶だって、今も思っているんだぞ?」
 張り付いた髪の毛を掻き上げて、額にキスを落とす。
 瞼の上にしばらく唇を押し付けていれば、瞼が痙攣する。
 うっとりと眼球を舐め上げたら、本田の目線が、一瞬。
 正気を孕んだ。
 「……ルト、さん?」
 残念な事だが、正気と狂気の狭間を行き来する本田に、ルートヴィッヒと間違えられたのは
初めてでもない。
 瞳の色と体躯と、本田を甘やかす所作が似ているのだと、彼の兄であるバイルシュミットに
指摘されたことがある。
 どうして自分を認識してくれないのかと、腹立たしくもあるが、ルートヴィッヒは本田にとって
掛け替えのない親友だ。
 間違えられる程度には、ジョーンズに懐いているんだろうと、諭されれば、しょうがないかと
納得も出来た。
 何より、ブラギンスキのことは、瞳の色が近いからと言ってボヌフォワや、体躯が大きい
からと言ってルートヴィッヒやアドナンと間違えたりしないのだから。
 「ルートヴィッヒじゃないんだぞ! 君のヒーローを間違えちゃいけないね」 
 久しぶりに焦点のあった瞳を覗き込めば、縋る色合いが一瞬で消える。
 「ジョーンズさんでしたか……大変失礼致しました」
 腕の中深々と頭を下げられて、目線もそのままジョーンズを映さずに固まってしまった。
 冷ややかな眼差しに、怒りを覚えるのも疲れて、そういえばどれぐらい経つのだろう。
 彼の笑顔を見た日も、思い返せば酷く遠かった。
 「別に怒ってないから気にしないでいいんだぞ。それより、ほら。体が冷え切ってる……
 暖めないと、駄目だよね?」
 薄い本田の胸を掌で摩る。
 こめかみに浮かんだように見えた青筋は気のせいだと信じたい。
 抑揚のない声が小さく漏れた。
 「……宜しくお願いします」
 「OK!」
 顔中にキスの雨を降らせて、寝室へ運ぶ。
 大きなベッドは、本田が恋人になってから誂えた。
 わざわざ本田が好きだと言っていた北欧のメーカーから取り寄せた物だったけれど。
 本田は、それを。
 認識してくれない。
 「菊……」
 何も映さない瞳は、キスで閉じさせた。
 真っ黒い虚ろな瞳に引きずられることがないように、両方の瞼の上にキスを落とせば、
瞼が、何も見たくないという意思表示のように、どこまでも従順にしっかりと伏せられる。
 「大好きなんだぞ!」
 「……ええ、私も。貴方を愛しておりますよ。アルフレッド」
 愛の言葉に対する返事は、必ず一拍分遅れた。
 日本に、愛している、という言葉は本来存在しない。
 本当に本田がジョーンズに対して、愛情を抱いてくれているのならば、お慕いしており
ますよ、と日本独自の控えめな言葉をくれただろうに。
 拒絶を許されない本田は、ジョーンズの言葉を使い、ジョーンズを喜ばせると見せかけて、
自分の本心を綺麗に殺すのだ。
 どんなに愛しても、自分を愛してくれない相手を思い続けるのは辛い。
幾度となく手離した方がいいのかもしれないと、迷ってもいた。
 けれど。




                                    続きは本でお願い致します♪
                         攻め同士が、物凄くいがみ合っている設定で、
                             しかも、日がどちらも愛していない設定。
                                           初めての試み。
                    



                                       メニューに戻る
                                             
                                       ホームに戻る