仄白い炎


 風のように生きて、風のように死ぬ。
 
 ほんの一時。
 天狗と時間を共にしたまだ幼かったわいが、子供心に決めた誓い。
 人と暮らすよりもあやかしと過ごす方が楽なわいにとって、鬼哭村の人々
との生活は、ちっとばっかし心苦しもんや。
 懸命に生きてあるのは理解できるんやが、何でも生真面目に思い込む性
質が頂けない。 
 どうしてもっと気楽に生きていけんかと、思う。
 
 「そんなにここでの暮らしが性に合わないんだったら、私達の元へくれ
  ばいいじゃないの。皆歓迎するわよ?」
 桔梗ねーさんよりは劣るかもしれんが、それでも十分すぎるほどの美貌の
女がわいの体にしな垂れかかってくる。
 「まーな。その方がいいんやないかと思う時もあるやけど。駄目なんや」
 「どうして?」
 「……好っきな人がおるん」
 「ええ?」
 実際自分でも持て余し気味の感情。
 かの人と出会わなければわいは、ここへ来んかったんちゃうかとすら。
 「們のおめがねに叶う女がいるなんて、見てみたいわー」
 下から覗き込むようにして表情を伺う女に、苦笑まじりに返答してやる。
 「女、やないんね」
 「まさか男なの?」
 「そのまさかや」
 何が悲しゅうて、男さんに惚れなあかんのかと考えたところで答えがでるは
ずもなく。
 わいは自分でも信じがたい激しさと深さで、かの人に惹かれている。
 「はー們に陰間の嗜みがあったなんて知らなかったわ」
 しみじみとした深い溜息をつく女の、うなじをやわらかくさすってやりながら
首を振った。
 「男は初めてや。陰間いうんじゃない。ただそいつが好っきなだけや」
 「本気、なのね」
 「……そやな」
 例えば、いつも一人でいる背中が何故か寂しく見えてつい、声をかけてしま
うとか。
 できれば、もっと話し掛けて欲しいとか。
 笑って、欲しい、とか。
 わいが何かをして幸せになれるんやったら、どんな事でもしたろう、とすら。
 「想いを、告げたりはしないの?」
 「そやな。どうやろ。言うたところで何も変わらへんやろし。今も、悪い状態
  ってもんでもあらへんから」
 少なくとも龍斗の次に位は近くにいてるはずや。
 龍斗と張り合う気はさすがに起きようがないので、良い位置。
 むしろこれ以上を望むのは酷な位置にいるといえるやろ。
 「側に居るだけでいいなんて。乙女だね、們は」
 「……何とでもいいや」
 長い髪の毛を笑いながら梳いてやれば、女は喉を鳴らして喜ぶ。
 こうやって、綺麗な女を腕に抱いている生活も嫌いやない。
 嫌いやないけど、もっと好きなことがある。
 「……人?が、来るわ」
 嬉しそうにわいの手の中で、甘えとった女が額に皺を寄せて顔を上げる。
 「ああ、心配せーへんでええよ」
 目を閉じて神経を研ぎ澄ませるでもなく、近づいてくる気配が誰のものか
感じ取れる。
 澄み切った清水のような。
 研ぎ澄まされた刃のような。
 漆黒の闇の中、極々小さく灯った明かりのような。
 いとおしい、人。
 村正から流れ出る狂気を、己の覇気で見事なまでに押さえ込んでいる様
は、見るものが見れば薄白い炎をまとっているように見える。
 山の中、迷った時に現われる、わいにとっては心落ち着く天狗火にも似た。
 仄白い炎。
 ゆらゆら、ゆらゆらと揺らめく覇気と共に静かな足取りで近づいてくる。
 「知り合い、か?」
 思い切り良く、威嚇してくる女のことをいっとるんやろ。
 「そや」
 「失礼した。いわゆる化生の気配がしたのでな。何かに憑かれているの
  かと思った」
 霜葉が目を伏せた途端、一瞬だけ村正が女を怯えさせる殺気を放った。
 ゆっくりと目が開かれるのと同時に、殺気は薄らいだが女は怯えてしまっ
た。
 「驚かせて、すまない」
 女子供には優しい霜葉の指先が、宥めるようにそっと女の頬に触れる。
 「妖刀に脅かされる身なれば、仕方ない。気にされるな」
 わいでもよう知らんほどの、穏やかさで女が答えた。
 妖刀が牙を剥く、女の正体は。
 数百年を生きる狐が人間に変生した姿。
 昔馴染みのわいには、気にならんけれども。
 普通は眉を顰める存在でしかない。
 「や、村正を抑えきれぬは、己の未熟ゆえ。重ねて、すまない」
 そんな風に素直に謝られてしまえば。
 あやかしだと名乗る存在を、人と変わらぬ風に触れてくるならば。
 頬を赤らめた女は、下を向いて頷くしかないやろなぁ。
 「どうか、気にされるな……」
 自分がいれば、まだ霜葉が己を卑下すると判断した女は、俺の腕をする
りと抜けて、人でないモノ特有の素早さで木々の陰に消え失せた。
 「そないな顔、せーへんでや?」
 「どんな顔だ」
 「人恋しそうな顔やな」
 「……言う事に書いて、貴様と言う奴は……」
 怒りを乗せたかったに違いない口調は、それでもわいの真意を汲み取り、
大人しく閉ざされた。
 そんなに、悲しい顔をして欲しくないんやという、純粋で強い感情。
 「あいつが会いに来てくれるんは、嬉しいけれど。霜葉がわいを気遣って
  くれるのは、それこそ夢のようやから」
 率直な物言いに慣れない霜葉は沈黙を守る。
 村正を掴んだ指先だけが、幾度も空を掻き。
 言葉の代わりに、雄弁な感情を伝えて寄越した。
 「ほな、行こか」
 「……ああ」
 さりげなく抱いた肩先が、緊張を孕んだのは一瞬。
 側に居るわいを無言で肯定してくれるのが、嬉しくて。
 わいは一人、にやにやと情けなくも満足しきった笑みを浮かべた。
 


                                             END




*們天丸&霜葉
 一応、関西人になったにもかかわらず、関西弁がどこまでもエセで恐縮です。
 外法帖はどうしても口調だの、描写だのをいちいち考えてしまってなかなか
 進まないのが切ない感じです。ちなみにでてきた女の人は入れ忘れてますが
 白狐です(笑)本当はこの白狐さんがまとっているものが、仄白い炎だったの
 はここだけの、話。天狗火でも霜葉の覇気でもなく狐火だったんです。

                                      


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