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  言葉の真意


 *墺洪描写有につき、ご注意下さい。

 「……菊。貴方は、どうして。そんなに私の言葉を疑うのです? 私はそんなに、信用できま
  せんか」
 信用できません、と。
 口に出して言えたら、楽なのだろうか。
 「私は、貴方を。貴方だけを愛しているのですよ?」
 「それは、嘘です」
 「どうして、そう思うんですか?」
 貴方が、エリーとSEXするからです。
 何度も何度もするからです。
 エリーが嫌だと言っても、無理にするからです。
 私を抱く前からエリーを抱いていて、私を抱く、その朝も彼女を。
 犯すからです。
 「……言ってくれなければ、わかりませんよ。ただでさえ、貴方の感情は読みにくいですから
  ね」
 そうやって、私から言質を取ろうとする。
 騙されるものか。
 もぉ、騙されるものか。
 私は、貴方の嘘だらけの言葉より、エリーの涙を信じる。
 「菊……」
 慣れた指先が、見惚れる優美さで本田の顎を愛でようとするのを、掌できつく打って、拒絶
する。
 「痛いですよ?」
 と、エーデルシュタインは言うが。
 絶対に、打った手の方が痛い。
 「言葉では信用できないと言うのなら、触れて、信用して貰うしかないではありませんか」
 確かに、それは真実だ。
 エーデルシュタインの場合は特に。
 言葉よりも身体の方が信用できる。
 でも、それだけだ。
 一度疑った愛は、二度と元には戻らない。
 抱かれても空しくなるだけで。
 以前より反応しなくなった身体は、エーデルシュタインを不快にさせている。
 結果。
 彼は、エリザベータの元へ行くのだ。
 そうして、抱き慣れた彼女の身体を存分に犯す。
 ただ涙を流して、エーデルシュタインの言葉を、身体を拒否続ける本田に、エーデルシュタ
インは深く息を吐き出した。
 「……わかりました。今日は帰ります。次に会う時は、機嫌を直して下さいね、お馬鹿さん」
 髪の毛を優しく、くしゃりと撫ぜられた。
 不意に、自分を好きだと言ってくれた、誰かを思い出す。
 誰かまでは、わからなかったが、その掌は本田だけを慈しみ、求めてくれる指だった。
 嘘ばかりを言うエーデルシュタインではなく、誠実な、彼ではない誰かを選べば良かったの
か。
 目を伏せても、涙は止まらない。
 「帰ります」
 見送りを期待する声を無視して、正座を崩さないでいれば、溜息と共に気配は遠ざかって
行き、玄関のガラス戸が閉まる音も聞こえた。
 「……誰か、助けて……」
 畳に爪を立てて、がりり、がりりとイグサを千切り取る本田は、気がつかなかった。
 誰かに、助けを求めるのではなくて。
 エーデルシュタインに、溜まった全ての感情をぶちままければ、何の問題もなく解決すると
言う事に。

 「一体、どうしたものですかねぇ」
 今日も本田に拒絶されてしまった。
 最初の頃に過ごした、甘やかな時間が恋しい。
 彼は寛いだ猫のように、エーデルシュタインの足元に座って、気の向くままに紡ぐピアノの
 旋律に、時にその涼やかな声を合わせながら、幸せそうに目を閉じて、何時間でもより沿っ
てくれたというのに。

 「何が、いけないのか。恋愛に不得手な私は。言って頂かないとわからないのですよ……」
 相談しようにも、相談できるほど信用している相手は多くない。
 ルートヴィッヒは自分以上に恋愛下手だし、本田を悲しませるエーデルシュタインを責める
ばかり。
 その兄である、バイルシュミットに至っては、エリザベータに淡い恋心を抱いて久しい。
 愛もなく、彼女を抱く自分の相談になど乗ってくれるはずがなかった。
 最近では、話かけても無視される日が続いている。
 最後に浮かんだ仲の悪い幼馴染は、彼にしては珍しく本田に好意を持っていた。
 菊の事で相談があるのですが。
 と告げれば。
 貴様がどうしたら菊と別れられるか、と言う相談以外は乗らん!
 と拒絶された。
 ただ一人エリザベータだけが。
 どうぞ、私の身体で試して下さい。
 菊さんが、少しでも喜んでくださるように。
 と、その身体を差し出してくれるが、日に日に病んでゆくのがわかる。
 彼女は、昔から極々ノーマルな性的嗜好の持ち主だった。
 ろくな愛撫もせず、アナルSEXしかしないともあれば、おかしくもなるだろう。
 「取り合えず、エリザで試すのは金輪際やめて。時間を置いてみましょうか」
 少なくとも、エリザベータが泣いて本田に愚痴を零さなければ、信用は幾らか戻るだろう。
 エリザベータに口止めされているが、彼女の方から本田の身代わりを言い出したと告げた方
がいいのかもしれない。
 「私は、ただ。こっそりと泣いて痛がる貴方が可哀相で、少しでも快楽を与えてあげたくて。
  エリザで試しているだけなんですけどね」
 彼女に口止めされていなかったら、最初から言っていた。 
 何もかもが菊を愛する為に、愛されたいが為にしている事でしかないのだけれど。
 「貴方をただ、存分に愛して。愛されたい、だけなんですけどね」
 結婚を手段にして、長く生き延びてきたエーデルシュタインは、本田には理解できないほどに、
他者の介入を許す。
 それが当たり前だと思っているのだ。
恋人同士の間に、理由は何であれ他者の存在は棘になりやすいのだと、そもそも知らない。
「どうしても、菊。貴方を失いたくないんですよ……」
慣れぬ事をしているのが、そもそもいけないのだろうか。
何でも我慢してしまう本田を、少しでも楽にしてあげたいのに。
不器用な自分は、結果的に本田を傷つけることばかりをしてしまう。
本当は、離れた方が彼の為だとわかっている。
でも。
それでも。
「ねぇ、菊。どうしたら、貴方。以前のように私に笑んでくれますか?」
 あの、恋人にだけ向けられるのだろう、甘えた笑顔が忘れられない。

 言葉を信じられなくなった本田に、何を言っても無駄なのかもしれない。
 触れる事を拒絶する本田に、二度と触れないのかもしれない。
 ならば、せめて。
 音に乗せて、貴方への思いを綴ろう。
 愛してます。
 それだけが、真実で。
 愛して欲しいんです。
 それだけが、自分の望みなのだと。
 他には、何もいらないのだと。

 繊細な指が紡ぎ出す切ないメロディは、しかし、本田には決して届かない場所で。
 何時果てるともなく静かに、鳴り響いていた。

 

                                                END




 *どんなロデさん? と思いながら書きました。
  不幸なエリザは、ギルに癒されればいいとも考えるのですが、
  ギルは弟と菊に甘ければ良いさ! という気もするのです。
  この話だと誰も彼もが不幸だよなぁ。
 
 



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