メニューに戻るホームに戻る




  眠れ



 「きゃあああああああ! 助けてっつ! 助けてっつ! バッシュさんっつ!」
 やっと眠ったと思った本田が、絶叫を上げた。
 「菊! 大丈夫だ。我は、ここにいる。ここにいるぞ」
 隣で泣き喚く本田の身体を真正面からきつく、抱き締める。
 「やあ! 離して。触らないで! お願いっだから、私に触れないでっつ!」
 恐慌状態に陥った存在は、時々通常時ではありえない力を出すケースがある。
 本田は何時もそうだった。
 「離せっつ」
 今もツヴィンクリの完璧な拘束の腕から、力で以って抜け出ると、素早く逃げを打つ。
 俊敏な動きは、元々凄いのだが、今はまさしく手負いの獣のそれ。
 「私に、触れていいのはっつ! 私の恋人のっつ! バッシュさんだけだ」
 この、言葉を聞く度に。
 何故我は、菊を守れなかったのかと、瞼の裏が真っ赤になるほどの怒りを覚える。
 思い人と相愛になって、浮かれていた己を、いっそ撃ち殺してやりたいくらいだ。
 「菊さんっつ!」
 騒ぎを聞きつけたのだろう、隣室で眠っていたはずのリヒテンシュタインがドアを開けて飛び
込んでくる。
 人ぐらい殺せそうな目線でドアを見やった瞳は、その姿を認識して。
 途端に、殺気を霧散させた。
 「リヒテン、さん?」
 「ええ。そうです。私です。大丈夫ですか? 何か、ありましたか」
 リヒテンシュタインも本田の身に振りかかかった惨事の、凡そを知っている。
 彼女の行動も会話も、実は慣れたものなのだ。
 「いえ? 何もありませんよ。私、騒いでいましたか?」
 心配そうに話しかけるリヒテンシュタインを、己よりか弱い守るべき者と認識しているのだろう、
彼女を見れば何時でも正気に戻る。
 「……ああ、凄かったぞ。どんな立ち回りを演じる夢を見ていたのか、ぜひとも教えて欲しい
  ものだな」
 「え? え?」
 「びっくりしました! 大きな声が聞こえたものですから。夢で魘されていただけだったん
 ですね?」
 「夢?」
 本田が見たのは、夢だ。
 けれど、それは現実に起こった悪夢なのだ。
 しかし、ここでは、それを。
 絶対に告げてはいけない。
 「悪夢は話せば忘れるというぞ? 所詮夢なのだからな。遠慮なく話してみせろ」
 「えーと、その?」
 「はっきりするである!」
 「すみません! 忘れました」
 肩をきゅうと竦める本田の身体を包み込むようにして、リヒテンシュタインがその腕の中に。
 ツヴィンクリにとっては華奢だが、彼女に取っては幾分か大きいその身体を抱き寄せる。
 本田に気付かれぬように、そっと目配せを交わした。
 「忘れてしまえる程度の悪夢で、宜しかったですね」
 「ご迷惑をおかけしてしまって、すみません」
 「全くである」
 「兄様っつ!」
 「リヒテンは、もう寝なさい」
 「……起こしてしまってごめんなさい、リヒテンさん」
 しょんぼりとする本田に、深い罪悪感を覚えるが、ここは下手に慰めてはいけないのだ。
 普段通りの対応をしないと、本田は、再び恐慌状態に陥る。
 「いいえ。私が魘された時には、助けに来てくださいね?」
 「勿論です!」
 「ふふふ。約束ですよ。おやすみなさい」
 「ええ。ありがとうございました。おやすみなさい」
 軽いハグとお互いの頬へキスをしあって、笑顔で別れる。
 自慢の妹と恋人が仲良い様は、眼に優しかった。
 「……起こしてしまって、すみませんでした。バッシュさん。ただでさえ、貴方の眠りは浅いと
  いうのに」
 「我の眠りが浅いのは、性分である。菊が気に病む事はない」
 「ですが!」
 まだ何か謝罪の言葉を紡ごうとする、唇を塞ぐ。
 大きく見開かれた目も、舌を絡ませれば容易く潤んで蕩けた。
 「……お前は、我の名前を呼んだのに……夢の中までは、助けてやれなんで、すまなかった」
 あの時。
 本田の悪夢が現実にあった時に、間に合っていれば。
 愛しいお前を、こんな風に悲しませなかったものを。
 「いいえ! 夢の中でまで助けに来てくださるなんて、実際は無理です。ですが! 私は、
  目を覚まして、リヒテンサンが居て、バッシュさんが、居て。とても嬉しくて、安心しました」
 「……そうか」
 腕の中にすっぽりと納まってしまう華奢な身体を、骨が砕けんばかりの強さで抱き締める。
 己の体温より僅かに高い温もりに、何時だって癒されるのはツヴィンクリの方ばかり。
 「……夜明けまでにはまだ、間がある。寝るぞ」
 「はい……あの、バッシュさん」
 「ん?」
 「その、あのっつ」
 彼女が必死に紡ごうとしている言葉を正確に言いあてられるツヴィンクリだったが、今は指摘
をしない。
 その、曖昧さを咎めもしない。
 ツヴィンクリとて、恋人には甘いのだ。
 そして、少しばかり意地悪でもある。
 「うー。バッシュさん」
 「なんだ」
 「……して、下さいっつ!」
 さすがに、何を? とまでは聞かない。
 代わりに、軽々と本田の身体を抱き抱えるとベッドへ運んだ。
 「よく、眠れるように。お前が崩れるまでしてやる」
 額にキスを贈れば、恥ずかしくて堪らないというように、ツヴィンクリの肩口に頬を摺り寄せて
くる。
 ツヴィンクリは、焦らず丁寧に。
 本田の反応を伺いながら、ネグリジェを剥いでゆく。
 ネグリジェそのものは、リヒテンシュタインが縫い上げて、胸元の菊とエーデルワイスの刺繍
はツヴィンクリが仕上げたお手製。
 時折、引き破りたい衝動と戦いながら、胸を露にする。
 豊かな乳房に唇を寄せれば、喉が綺麗に仰のいた。

 本田の身に災難が降りかかったのは、もう数ヶ月前の事になる。
 ツヴィンクリという恋人ができたというのに、本田を諦められないロクデナシどもの凶行だ。
 本田は、そいつらによってたかって輪姦されてしまったのだ。
 現場に遭遇したのは、本田を溺愛する兄の王とその弟の香。
 場所は、本田の自宅だった。
 王の命令に忠実で、更には本田を敬愛してやまない香が、全員の四肢を綺麗に銃で打ち
抜いたという。
 殺すよりも酷い罰を与えねば、気がすまんある。
 という王の言葉に、忠実に従った結果だ。
 『バッシュさんにだけは、言わないで下さい! と、懇願されたあるがね』
 香に本田を抱かせて、ツヴィンクリの元を訪れた王は、どこまでも静かに事情を説明して
くれた。
 『魘されて、貴様の名前を何度も呼ぶあるよ』
 これ以上は、聞いていられなかった……との口調にだけ、感情が乗っていて。
 王も自分と同じ存在なのだと、初めて思えた。
 犯人が誰であったかを、ツヴィンクリは教えられなかった。
 本田が落ち着いて、彼女の意見が聞けるようになったら、教えてやると言われたのだ。
 確かに、その方がいいと頷いたツヴィンクリに。
 心配しなくとも、中国四千年の名に掛けて、正当な報復はしておくあるよ?
 と、王は微笑んで見せた。
 大国と呼ばれるのに相応しい傲慢な笑みには、腹が立ったが。
 殺さないだけで、殺された方が余程マシだと思える拷問を与えられるのに、これほど適した
存在もあるまいと、これにも頷いた。

 本田が、ツヴィンクリの元に引き取られてから、見舞いに来た奴等は多かった。
 しかし、これまで友好を考えて、来なければおかしいと思う奴等もいた。
 なるほどと、納得した奴よりも。
 まさかそんな! と絶句した奴の方が多かった。
 凶行の犯人の予測が出来て、しばし。
 恋人同士になるのではかったのかと、後悔もしたけれど、手離してやるには愛しすぎて、
既に手遅れだった。

 「バッシュさん。もぉ、駄目ですっつ。欲しい、です……願いっつ、入れてっつ」
 散々に乳房と乳首とを堪能した唇を、今だ綺麗なままの愛らしい泉に寄せて蜜を啜り上げ
て後。
 爪の先で皮を捲り上げながら小さなクリトリスを、かちかちに硬くなるまで愛撫した。
 ここで、絶頂を迎えた本田は、中で絶頂を覚えるよりも早く。
 寝入ってしまうのを経験上、知っていたので。
 「今日は、ここでイくがいい」
 「でも、中に、欲しいんです」
 「……朝、日の光が燦燦と降り注ぐ下でなら、してもいいがな?」
 「やっつ。そんな、恥ずかしい、ことっつ」
 「恥かしい事も、嫌いではないだろう?」
 「ああっつ! だめっつ。ばっしゅさ! それ、したらっつ! イ、ちゃっつ」
 ツヴィンクリの髪の毛を掻き混ぜていた指が、痙攣を起こす。 
 続いて、クリトリスが震え、ひくつく泉から甘い蜜が滴った。
 「ごめん、なさ……ばっしゅ、さんも、しない……と」
 「何。時間は幾らでもある。また今日でも明日でも、すればいい」
 「でもっつ」
 「いいから菊。今は、眠れ。お前には傷が癒える時間が必要だ」
 「……私怪我、なんて。どこにも、して、ないのに……」
 心配性な、バッシュさん。
 私は、大丈夫、ですよ。
 拙い口調で、笑顔を浮かべた本田は、深い眠りへと落ちていった。
 「そうだ……我の腕の中で、眠れ」
 そうすれば、今度は。
 何があっても、菊。
 お前を守ってやれるから。
 
 縋る本田の首の下、腕を入れて腕枕をしたツヴィンクリは、本田の長い髪に己の顔を埋めて
神に祈った。

 早く、菊の傷が癒えますように。
 と。


 

                                                     END



 *敢えて、誰が犯人かを書きませんでした。
  王さんと香君による、鬼畜拷問描写に心を引かれたのですが。
  そこに、菊が出てこないので断念。
  珍しく具体的エロ描写が入りました。
  エロが入らなくても、ちゃんと女体とわかるように精進したいものです。
                                                 2009/03/21
 



                                       メニューに戻る
                                             
                                       ホームに戻る