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  久遠の檻



 「なじょした?」
 「ああ。ベールさん」
 ぼんやりと、窓の外を見ていれば、ぽん、とベールヴァルドが背中を叩いてきた。
 「ええ。ちょっと……菊ちゃん。早く慣れてくれないかなあって」
 「……こごは、いづいんがなぁ」
 「寒い所ですからねぇ」
 ふぅと、溜息をつけば、ベールヴァルドの眉間の皺が深くなる。
 怒っている風にしか見えないが、これでも彼にとっては心配をしている表情なのだ。
 しかも、大変深く。
 
 恋人同士というか、夫妻というか。
 まぁ、そんな関係になった時。
 どうしても子供が欲しかったのは、ベールヴァルドの方だ。
 僕が拾ってきた花たまごという愛らしい犬を溺愛していたが、やはりそれでは物足りなかった
らしい。
 彼は、本田菊を攫ってきてしまった。
 以前から執着していたのは知っていた。
 誰からも愛されて愛でられる彼女に近付きたかったのはティノも同じ。
 しかし、列強国のガードが固くて話もできなかったのが、つい先頃までの現状だった。
 『どうしたんですか!ベールさん!』
 世界会議の後。
 くったりと力を無くした彼女を、抱き抱えた彼は、無言で部屋を出て行こうとする。
 必死に引きとめようとすれば。
 『一緒に帰ぇるんだ……せでぐ』
 と、簡潔な答え。
 『何を馬鹿な事言ってるんです!』
 『……菊が。帰ぇりたくねぇって。泣いしった』
 僕達とは比べ物にならないくらいに長くを生きている存在だけれども。
 とても幼く見えるのだ。
 ベールヴァルドが、庇護したくなるのも頷けるくらいには。
 『ええ?』
 『ジョーンズさ。無理ば言うと』
 『……』
 ジョーンズ君の無茶は有名だ。
 本田に限界が来たのだとしても、無理はない。
 『ティノもはいぐ、こぅ』
 だから、僕は。
 ベールヴァルドの手を取ってしまったのだ。
 それが、彼女の為だと信じて。

 しかし、彼女は目を覚まし、状況を認識すると言ったのだ。
 お気持ちは大変嬉しく、とてもありがたいのですが、私は帰らねばなりません、と。
 責任感の強い本田は、己に与えられた責務がどれほど過酷な物であろうとも棄てきれない
のだ。
 ベールヴァルドとティノが必死に説得したが、彼女は頑として譲らなかった。
 そこまで言うのなら、帰した方がいいのかと、気持ちが揺らぎ出した僕だったけど。
 ベールヴァルドは微塵も揺るがなかった。
 『ティノ。わぁは、許せらいるんか?菊さ。ごーごにする奴等の所に、けーすんか!』
 息苦しいだろうと、少しだけ緩めたブラウスの中。
 真っ白い綺麗な首筋についていた、赤い指の跡。
 他にも吐き気がするほど付けけられていた、陵辱の証。
 『……あんな……いだましぃ……』
 珍しくわかりやすい怒と憐憫の表情を乗せていたベールヴァルドの迫力に、負けた訳では
ないが。
 やはり。
 どうあっても彼女の身が心配だったので。
 結局僕らは、彼女を監禁する事になった。
 心配だからこそ、帰さないという僕達の気持ちが彼女には正確に伝わっているのだろう。
 彼女は、基本的に従順だ。
 しかし、声を荒げる事も。
 何かを求める事もしない。
 僕達の言葉に諾々と従うだけだ。

 これじゃあ、彼女にとって僕等は。
 ジョーンズ君と変わりないのではないのかと、思わざるえないほど。
 彼女は静謐を守っている。

 「……このままの状態が続いても。それでも、僕は彼女を帰すつもりはありません」
 「んだ」
 「そうやって、ずっと。彼女を拘束し続ければ、きっと。彼女も……心を開いてくれるでしょう」
 「……そいで、良い」
 ベールヴァルドが大きな掌で、わしゃわしゃと髪の毛を撫ぜてくれる。
 「じゃあ、僕。彼女を連れてきますね。ランチにしましょう」
 「ん」
 頷いて、キッチンヘランチのセットをしに行った彼の背中を眺めながら、僕は外で花たまご
の遊ぶ様を飽きずに見ているだろう、それしかすることがない彼女を迎えに行った。

 


                                                     END




 *この作品を書きたいが為にお題を攻略し始めたと言ってもいい作品。
  続編も書きたいです。
  しっかし、ベールヴァルドの口調難しすぎます。
  方言は、相馬弁を参考にさせて頂いております。
                                                 2009/02/15
 



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