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  歪み



 している最中に、眼鏡が外されるようになったのは、何時ぐらいからだったのだろう。
 正しくは記憶していない。
 ただ、それを見てしまった時に思ったのだ。
 彼が、本田と居る時に眼鏡を外すようになったのは、間違いなくそれが、原因なのだと。

 「ローデリヒさん。別れましょう」
 一頻り抱き合った後でしか言えない、愚かな私。
 「何故です?私の何処かが至らなかったのでしょうか?」
 「いいえ。貴方に至らない点は、ございません。貴方は私を愛してくれる。良き恋人であり
  ましたよ」
 そんなにも、せめて。
 温もりだけでも覚えていたかったのか。
 どうせ、この人は何もかもを忘れてしまうのだろうに。
 「では。貴方側の問題ですか?他に好きな方でもできましたか?」
 「いいえ。今でも、別れを切り出してすらも、貴方が好きですよ……私側の問題ではあるの
  でしょうが」
 「菊……」
 本田は、責める眼差しで見詰められ、やっと。
 大きく息を吐きながら、その言葉を綴った。
 「ルートさんに抱かれる貴方を見て。愛されている自信が失せました」
 「?」
 何を言っているのかわからないと言った、不思議そうな顔。
 比べる価値がないとでも、言うのだろう。
 諦めては、いた。
 ルートヴィヒと比べるまでもなく、自分は矮小な存在だ。
 「どうぞ。ルートさんとお幸せに!」
 本来抱かれる側の性質にある者が、無理をして抱く側に回った、そこに。
 愛はあったのだと信じたい。
 頭の片隅で。
 自分も誰かを抱けるのだという、プライドを保つ為だけの。
 自慰好意の延長に過ぎないのだろうと、嘲笑う自分が居たけれども。
 「……お待ちなさい」
 ベッドから飛び出そうとした身体を、この細い腕のどこが?という力で抱き締められた。
 引き止められる嬉しさに、堪えようとしていた涙が。
 ぼろぼろぼろっと零れ落ちた。
 そのまま、軽々と腕の中に抱き寄せられて、みっともなく涙を溢し続ける顔を覗き込まれる。
 「私。ルートヴィヒとの関係は。貴方との関係よりもずっと長いですよ」
 「え?」
 「本当は、貴方を私だけの物にしておきたかったんですけど。ルートヴィヒが貴方を、どうし
 ても抱きたいというものですから」
 「は?」
 「今まで隠していたものを、見せ付けてみたんです」
 「ローデ、リヒ、さん?」
 一体、この人は何を、言っているのだろう。
 全く、意味がわからない。
 「だって。貴方。私がルートヴィヒに抱かれていると知ったら、大人しく。私の腕に収まっては
  くれなかったでしょう?」
 「そんなのっつ。当たり前じゃないですかっつ」
 恋人には誠実であるべきだ。
 二股など以っての他。
 唯一の存在が何人もあっては、唯一とは言わないだろうに。
 「そう、言うと思ったから、黙っていたのですよ。貴方には理解できないだろうと思いましたか
  らね。同時に。二人の存在を同じように愛せる性質なのですよ、私は」
 「……私を、愛しているのですか?」
 「ええ、誰よりも」
 「ルートさんも、愛しているのですね」
 「……愛しているというか、彼は私のモノで。私は彼のモノ。そんな感じですね」
 何故、気がつけなかったのだろう。
 最初から歪んでいた関係だったというのに。
 それほど、ローデリヒに溺れていたという事か。
 ……恋が盲目とは、よく言ったものだ。
 「……私は、私だけを愛してくれる人しか、愛せません」
 「菊……」
 「ですから、やはり。お別れを……お別れをさせて下さいっつ」
 ルートさんも、ローデリヒも大好きだから。
 嫌いになりたくないから。
 憎みたくもないから。
 離れれば、きっと。
 ゆっくり忘れていけるから。
 「……だからお前は、菊をわかっていないと言うんだ」
 「!ルートさんっつ!」
 何時から居たというのだろう。
 背中から声を掛けられて、あまつさえ。
 抱き締められて、本田の体が凍る。
 「言葉で言っても無駄なんだ。菊は、身体で、言いきかせないと」
 ふぅ、と呆れたような溜息の後で、ルードヴィヒの唇が本田の項に触れた。
 「るーと!ルートさんっつ!」
 「大丈夫だ。俺もローデリヒもお前を愛してる。これからは二人で、うんと可愛がってやるか
  らな」
 蠢く唇が耳朶を優しく噛んだ。
 フェリシアーノの頭を撫ぜるのと同じ風に、優しく本田の頭を撫ぜた掌が、今。
 本田の薄い胸を揉みしだき、乳首を捻り上げる。
 「ふぅ。菊の恋人は私のはずなのに、妬けますね」
 「仕方ない。付き合い自体は俺の方が長いからな。ほら、菊が怯えてる。そっちも弄ってやれ
  よ」
 「そうですね。ほら、菊。何でそんなに泣くんです?目が腫れてしまいますよ?」
 エーデルシュタインは、そう言って。
 優しく、優しく笑って。
 キスを仕掛けながら本田の性器を、やわらかく扱き始める。
 
 何が起こっているのか、まだ。
 わからない。
 私が、愛していたローデリヒは。
 私が、大好きだったルードヴィヒは。
 どこへ行ってしまったんだろう。
 
 それとも、これが。
 こんなモノが、私がそれぞれ大切に思っていた二人の、本当の姿なのだろうか。

 ぼんやりと二人を見詰めてみるが、涙で潤んだ視界は、ぐにゃりと歪みきっていて、その
表情などわかりもせず。
 まるで、のっぺらぼうを相手にしているようだった。




                                                       END



 *タイトルで墺日だ!と瞬間的に思ったのですが、上手くタイトルが生かせていない気分。
  しょんぼり。
  しかし、ほんとーに、三つ巴が多いお題攻略になってますなぁ。
  ちなみに、この後は、身体から絆されて行く本田ルートと、やっぱり三つ巴は耐えられない!
  という壊れ本田ルートに分岐しますよー。                       2009/03/02
 



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