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  感情に埋もれる



 とある巨大ピラミッドの、誰も知らぬ。
 知っていたとしても行くことが出来ぬ、その小さな部屋の中に。
 私の思い人が居る。

 寝台の上で腕を組んで横たわるその様は、まさしくミイラのようだ。
 所々に巻かれた包帯が、一層そんな気分にもさせる。
 「……菊。起きなさい」
 声をかけた途端。
 閉じていた目がぱちんと、音を立てんばかりの唐突さで開かれた。
 大きく息を吸い込んで、焚き染められた香木の香りに噎せ返る様に数度咳き込んで。
 ゆっくりと周囲を見やる。
 そして、ムハンマドを見つけたその瞳が。
 毒に犯された人そのものの拙さで、蕩けた。
 「ぐ。ぷ、た」
 彼を知る者が聞いたなら、目を見張り驚愕に陥るだろう幼い物言い。
 「良い子に、していたかね」
 「ぐぷ、た」
 冷たい頬に掌をあてれば、その温もりを貪るように彼の頬が擦り寄ってくる。
 「今日は素敵なモノを持ってきたんだよ。ほら!」
 ムハンマドは彼の頭上から、それを振り撒いた。
 苦労して、秘密裏に日本から運ばれた、桜の花びらを。
 ひらひらと舞い落ちる桜は、本田がとても好んだ花。
 愛しそうに彼の国の国木を見る本田の、穏やかな風情がまた見たかったのだが。
 全裸の全身に降りかかった桜の花びらを興味なさげに見やった彼は、壊れたままの微笑を
ムハンマドに向けて。
 「ぐ、ぷた」
 同じ言葉を繰り返す。
 遠い昔に消え失せていたと思っていた、激しい感情のままに、本田を奪い、この部屋に閉じ
込めてから、もうどれぐらいの時間が経過したのか。
 身体の動きを抑制するだけの香は、何時しか彼の精神をも犯してしまった。
 起きている間の彼は、ただ。
 ムハンマドを悦ばせる為の玩具と化す。
 今も、動きの鈍い身体でゆっくりと移動をして、ムハンマドの前にぺたんと座り込み、着物を
肌蹴た。
 兆しすら見せぬムハンマドの性器を探り出し、頓着なく頬ばって、育ててゆく。
 「こんな、君を。望んだ訳でもなかったのだけれど」
 一生懸命な本田の髪の毛を撫ぜながら、溜息を溢す。
 己のおぞましいまでの執着を自覚していた。
 だから、この空間でだけ、己を開放する事にしていたのだ。
 けれど。
 彼に関しては歯止めが全く利かなかった。
 一度だけと貪った前後不覚の身体は、ただただ甘美で。
 香木のせいでしかない従順は、ムハンマドを狂わせるのに十分過ぎた。
 手離さなければいけないと、思った時は既に遅く。
 強すぎた香は、彼の精神を破壊してしまった。
 「どんな、君でも。愛し続ける自信はあるから、ね」
 ムハンマドの愉悦を満たすだけのフェラチオに、簡単に屈服した自分は。
 立ったままの状態で、奉仕を続ける本田の口の中に精液を注ぎこんだ。
 「ん、んっつ」
 一滴たりとも溢すまいという風に、上を向いた本田がごくりごくりと喉を鳴らす。
 全てを嚥下したのだろう、本田は。
 満足そうに笑う。
 「ぐぷた」
 そうして、今度は寝台の上によじ登って、尻を突き出すのだ。
 ムハンマドが入れやすいように、と。
 一度射精したぐらいでは萎えもしない己の性器を、本田の中へと何の躊躇いもなく突き入れ
る。
 特殊な空間で長く、閉じ込めていたせいなのだろう。
 本田の身体は見事なほどに、ここで、生きていくのに適合してしまっている。
 本来ならば手間のかかる準備も要らない。
 女のように蕩けた箇所は、ただただ快楽だけを受け取って、同じものをムハンマドに与えた。
 「あ!あ!あ!あ!」
 この時ばかりは、上がる嬌声を聞きたいが為に、ムハンマドは本田の身体が限界に崩れ落ち
るまで腰を使った。

 意識を飛ばした身体を丁寧に清め、寝台の上に寝かせる。
 こうすれば、本田は次にムハンマドの声がかかるまで、眠ったままだ。
 息をしているのかわからないほどの静謐を保つ唇に、ムハンマドは祈りを込めて口付けた。
 彼が正気に返ったら、この狂った蜜月が終わるのを知っている。
 それでも。
 ムハンマドは、本田が正気に返るのを祈らずには入られなかった。
 
 とある巨大ピラミッドの、誰も知らぬ。
 知っていたとしても行くことが出来ぬ、その小さな部屋の中に。
 私は、感情を埋めている。
 愛しい人の体と、その心と共に。

 


                                                     END




 *この設定で、菊が狂気を演じている正気だったら、いいなぁとか思いました。
  何もかも忘れて、捨て去って、ただ盲目的な愛情に身を委ねる、みたいな?
  そのお相手にグプタさんを選ぶのは、我ながらマニアだとは思いますが。
                                                 2009/02/15
 



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