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  崩れる前に



 「菊……」
 「ルートさん?何故、こんな所にいらっしゃるのですか!早く、撤退されないと!」
 「……聞いた、のか?」
 フェリシアーノが前線を離脱して、程なく。
 上司が降服を決めた。
 俺は、まだ戦えた。
 否。
 戦いたかった。
 今だ菊が、血に塗れることを潔しとしていたので。
 「ええ。上司から伺いました」
 ルートヴィヒを見上げる瞳は恐ろしく静かで、慈しみに溢れている。
 「すまないっつ!俺はまだ、戦えるのにっつ」
 「いいのですよ。ルートさん。私の事はどうぞ、お気になさらずに。貴方はもう、ぼろぼろです。
  戦線離脱後も大変だとは思いますが。どうぞ。身体を労わって下さいね」
 まだ、正面切って責められた方が余程マシだった。
 フェリシアーノがいなくなっても二人で、最後まで戦い抜こうと誓ったのに。
 「だがっつ!」
 「……どうぞ!速やかな撤退を。私の心が、揺らぐ前に」
 「っつ!」
 大切に思ってきた。
 フェリシアーノもそうだが、彼とは違う保護欲を刺激される存在を。
 心の底から大事に、してきた。
 それを、今。
 俺は、自ら手放そうとしている。
 「……菊っつ!」
 堪らなくなって背中から抱き締めた。
 鍛え上げられているはず鋼の身体は、しかし腕の中にすぽりと納まってしまうほどに華奢だ。
 ぎりりっと、本田が歯を噛み締める音が聞こえた、次の瞬間。
 どん、と鳩尾に肘鉄が食らわされた。
 「……負け犬は、とっとと失せなさい」
 優しく言っても、ルートヴィヒが逃げられないと思ったのだろう。
 その、蔑みに満ち合われた言葉こそが、本田の誠実の証なのだとわからぬルートヴィヒでは
なかった。
 「ここは、今だ戦場です。無駄な情けは無用なのですよ」
 素早く距離を取って真っ向から冷ややかな眼差しを向けてくる本田の、口の端に残る憐れみ。
 「……自分はここで朽ち果てましょうが……貴方には、まだ。先に逃れたフェリシア君が居る。
  彼を……守りなさい」
 誰かを守っていなければ、立っていられないルートヴィヒの弱さを容易く見抜いた本田は、そう言って。
 凛と背中を向けた。
 大日本帝国と呼ばれる、凛々しいはずのその姿が、どうしようもなく哀れに見えた。
 この先、どれ程戦い続けても本田に勝利はないのだ。
 そして、本田は。
 それを、百も承知している。
 「……では、おさらばです」
 別れの言葉を口にして走り去ろうとする、その背中を。
 どうして抱き止めてしまったのか。
 そうしても、本田が真の意味で留まるはずはないと、わかっているのに。
 「ルートヴィヒ!」
 勝気な彼の瞳の中。
 子供のように揺れる僅かな不安が、ルートヴィヒを突き動かした。
 
 どうせ、逝ってしまうというのなら。
 俺の中に、彼の存在を。
 彼の中に、俺の存在を。
 お互いの死の際まで、忘れない程に強く、深いものを。

 暴れる彼の腕を引き摺って、朽ちかけたテントの中にその身体を投げ入れる。
 「ルートさん?」
 責める色合いよりも、尋ねる風合いが濃い。
 ルートヴィヒは乱暴に己の襟元を指先で寛げて首を振り、本田のシャツを引き裂いた。
 後の事など、考えたくはなかった。
 「何をされるんですかっつ!」
 「……別れを」
 「っつ!!」
 「……今生の別れになるというのなら、これぐらい、寄越せ」
 己の顔が歪んだのがわかった。
 同時に本田の顔に怒りが走る。
 仕掛けたキスは、唇を噛み切られる、手痛い拒絶。
 「正気に返りなさいっつ」
 「俺は正気だ!」
 的確に本田の傷を抉りながら、その抵抗を奪う。
 彼も同じ風にルートヴィヒの傷を痛めつけて暴れたが、元々の力の差が歴然としている。
 全ての衣服を剥ぎ終える頃には、せいぜい、背中に爪を立てる程度の抗いしかできなくなっ
ていた。
 「……菊」
 全ての思いを込めたキスに、反応はなかった。
 それをいい事にルートヴィヒは、存分に本田の口腔を貪る。
 これが最初で最後だと思えば、濃厚な鉄の味すら甘美で堪らなかった。
 長く居られないのはわかっている。
 他者に発見されるような、破滅を望んでいるわけでもない。
 ルートヴィヒは、本田の蕾を舐め上げる事で濡らして、繋がりを急いだ。
 「ルートヴィヒ?」
 さぁ、入れようと下着とズボンを引き下ろし、何をせずとも猛り狂った己の性器を蕾に押し当て
た、その時。
 本田が低く、名前を呼んだ。
 真っ直ぐにルートヴィヒを見上げてくる黒目は、ひたすらに凪いでいた。
 「貴方を、軽蔑します」
 「……それも、良いさ」
 忘れ去られるよりは、余程。
 眦にキスを落として、貫いた。
 甲高い悲鳴が、耳に心地良かった。

 それからの時間は、あまりよく覚えては居ない。
 我に返れば、陵辱の様をありありと残した本田が、目の前で。
 意識を失っていた。
 「菊?」
 触れた頬は血の気を失って、完全に冷え切っている。
 下肢の出血は、目を覆いたくなるほどだった。
 ルートヴィヒは、慌てて手持ちの救急キットで手当てをし、全身を丁寧に拭き清め、破れた
衣類の中、支障の無さそうなものだけを着せ掛けて、その上から更に己の上着を掛けた。
 ……そこまでしても、彼の意識は戻らなかった。
 酷い事をしたという意識が、ひしひしとこみ上げてきたが、後悔だけは不思議と沸いてはこな
い。
 「俺、を。軽蔑してもいいから、どうか。生きてくれ」
 本田が生き抜いたとして。
 もう以前のようには、ルートヴィヒを見てくれないだろうと重々承知をしていたけれど。
 この、陵辱を憎しみに変えてでもいいから生きて欲しいと思うほどに、本田が愛しかった。
 ぎりぎりの土壇場で掴んだ恋心は、苦味だけしかないかと思えば、呆れるほどの甘さも
あった。
 せめて、身体だけでも手に入れられて良かったのだと。
 ルートヴィヒは、仄暗い微笑を浮かべながら、本田に背中を向けた。



                                                       END



 *今まで特別だと思っていたけど、唯一ではなかった存在が。
  至高に変わる瞬間を。
  ……とか、思いつつ書いたのですが。
  はれれ?
  この後の本田の独白を書くと、ダークではなくただのラブになりそうだったので
  ここまでにしておきます。
  



                                                 2009/03/02
 



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