メニューに戻るホームに戻る




 絶望も悪くない



  「お菊さん? そこは冷えやすぜ」
 真冬だというのに、真っ白い長襦袢一枚で縁側に座り込むのは頂けない。
 外には、十分ぐらい前から牡丹雪が降り始めたというのに。
 「でも、綺麗なんですよ。宜しかったら、一緒に見ませんか」
 「駄目でぃ。アンタは身体が弱い自覚が薄くて困りやす」
 「ふふふ。本当に、ハークは心配性ですね」
 「……今のお菊さんを見りゃあ、皆。同じように思いますぜぃ」
 一回り以上、細くも、小さくもなってしまった身体を抱き上げる。
 以前の本田なら、こんな恥ずかしい運び方! 自分の足で歩けますっつ! と暴れただろうに。
 今の本田は、大人しくアドナンの。
 否。
 カルプシの腕に、収まっている。

 我ながら、どうしてあそこまで血が上ったのだか、わからない。
 それだけ、本田を。
 己で自覚していたよりも、深く激しく愛していたのだろうと思う。
 
 『お菊さん? 入りやすぜぃ』
 玄関先、声をかけても返事がなく。
 しかし、訪れる事は告げてあったので、上がって待たせて貰おうと、かって知ったるなんと
やら。
 隠し場所から鍵を取り出して開錠しようとすれば、玄関が開いている。
 『風呂掃除でもして?……ああ電話かもしれねぇな』
 どちらも遭遇したことがあるケースだ。
 どの道、邪魔はするまい。
 一人頷いて、すたすたと居間へ向かい襖を開けようとしたその時。
 寝室から、啜り泣く様な声が聞こえた。
 そういえば、以前。
 調子が悪いのを堪えて、蒲団の上で息を殺していたこともあった。
 今回もまさか、それかと。
 声をかけるのも忘れて、すぱん! と勢いも良く襖を開けたそこには、想像もしできない
光景が広がっていた。

 全裸の本田。
 その身体を後ろから太股の上に抱えている、全裸のカルプシ。
 本田の太股は、カルプシの腕で大きく開かれて固定されており、本田の指は、己の性器を
握り締めていた。
 蒲団からずれた、場所。
 布をたくし上げられた、鏡台の前で。
 『っつ! やっつ! 見ないでっつ。見ないで下さいっつ!』
 一番最初に我に返ったのは本田だった。
 必死の形相で、カルプシの腕の中から抜け出ようとする。
 しかし。
 『ひんっつ!』
 恐らく繋がったままの状態で、自慰を強制されていたんだと思う。
 今だ中に入っているのだろうカルプシに突き上げられて、また、己の性器を絞り上げた。
 『出て、いけ』
 威嚇するカルプシの言葉を聞くのも業腹だったのだが、本田に必要以上の恥をかかせる
のは忍びなかった。
 背中を向けた、その時。
 『待って下さいっつ! サディクさん』
 彼にしては珍しい、大声で名前を呼ばれて、振り返る。
 『私をここから、連れ出して下さいっつ』
 『菊!』『……お菊さん?』
 ぎっつ! と涙で濡れた黒い瞳でカルプシを睨みつけた。
 欲情に蕩けているのに、鮮烈な、そんな色だった。
 『どうして、教えて下さらなかったんですかっつ。貴方、サディクさんの気配に気付いて
  いたのでしょう?』
 『……た』
 アドナンも何時もなら気付くのだが、どうにも本田の様子が気になってそれどころでは
なかったようだ。
 対してカルプシは、こんな無防備な本田を誰にも見せたくないと、神経を張り巡らせ
ていたのだろう。
 鍵を閉めないでいた時点で、間違いなくそうしていたはずだ。
 それなのに、本田に告げなかったという事は。
 『……けど。サディク見せ付けてやりたかった、から。言わなかった』
 『さいていっつ!』
 ぱん! と音高く頬を張られるのを避けもしなかったが、本田がその腕から逃れるのだけ
は許さなかった。
 何の頓着もなく、
 腰骨を引っ掴んで突き上げを始める。
 『やあ! よして。やめて! 助けて、さでぃくさん!』
 耳が蕩けそうな甘い、しかしなりふり構わない助けを求める声に、アドナンは本田の身体を
抱き締めた。
 そのまま、抱き上げようとすれば、カルプシが一言。
 『部外者は、口を出すな』
 と、言った。
 二人の関係を知っていれば、話は全く別だったのだろうけれど。
 部外者、と言う表現が酷く。
 アドナンの心を切り裂いた。

 気がつけば、カルプシを呼んで泣き叫ぶ本田と、血塗れで動かないカルプシの身体の前で
立ち竦んでいた。
 奴のナニが、勃起したままだったのを、よく覚えている。

 「何か、飲みやすかぃ」
 「トルココーヒーが飲みたいです」
 「わかりやした。準備しやす。少しの間、お待ちくだせぇ」
 「はい」
 半纏を着せて、炬燵の中に足を入れさせる。
 腰周りには、バスタオルサイズのフリースを巻きつけた。
 一度、アドナンをカルプシと認識すると、本田はアドナンが側を離れるのを嫌がった。
 ので、炬燵周りにはきちんと、コーヒーを入れるセットが置いてある。
 本田の目の前。
 正式な作法でコーヒーを入れる様を、楽しそうに見詰めている瞳に、狂気は見受けられない
のだけれど。
 「そういえば、サディクさんは、元気でいらっしゃいますかね」
 打ち所が悪かったらしく、カルプシの意識がこの先戻るかどうかわからないと、医者に言わ
れたその時から。
 本田は、アドナンをカルプシと勘違いしだした。
 『サディクさんが、眼を覚まさないなんて、嘘ですよね! ハーク?』
 そう叫ばれたあの時の衝撃を、アドナンは己が滅びる瞬間にも思い出すだろう。
 「……俺ぁ。元気ですよ」
 「じゃあ、きっと。サディクさんも元気にしていらっしゃいますね」
 噛みあわない会話を続ける苦痛。
 しかし、アドナンが長い時間本田の側を離れると、本田は恐慌状態に陥る。
 その時だけ、アドナンをアドナンとして呼ぶのだそうだ。
 『助けて! サディクさん。ここに、いてっつ! 側に、いて! 私を、見捨てないでぇ』
 と。
 実際アドナンが、本田の前に姿を現わせば、カルプシと思い込んだままなので、アドナン
自身がその言葉を聞いた事はないのだけれど。
 『あんなに悲痛な声で、名前を呼ばれるのは、寂しいが。少しだけ羨ましくもあるよ』
 と穏やかに言ったのはムハンマド。
 本田自身の声ではない、その言葉だけが心の支えだった。
 つい、先頃までは。
 「……はい。できやしたよ」
 「ありがとう、はーく」
 心の底から嬉しそうに笑んで、カップを受け取った本田の手からカップを取り返したアドナンは、
甘く苦いコーヒーをたっぷりと口の中に含んで、転がしてから、本田の唇にふれた。
 心得たように薄く開かれた口の中へと、コーヒーを流し込む。
 猫舌の本田の為、カルプシの奴がやっていたことを、そのままなぞっているのだ。
 「……美味しい」
 「本当に?」
 「お代わり欲しいくらいですよ!」
 「欲しいのは、コーヒーのお代わりですかぃ?」
 コーヒーのお陰で温もりを取り戻した唇にもう一度、キスをする。
 そのままでいれば、本田の唇がそっと、アドナンの唇を噛んできた。
 「……お菊さん?」
 欲しいのは、コーヒーのお代わりじゃないですねぃ?
 唇の端で、ぽそぽそと囁けば、頷いてくれる。
 「何が欲しいもんがあるってんなら、ちゃんと言わないと伝わりませんぜ」
 「ハークが、欲しいです」
 「あいつの、何が」
 「ん、これっつ」
 鼻に掛かった声で胸に擦り寄られて、甘える指先がアドナンの性器に触れてくる。
 「これっつ。欲しいです」
 「どこに?」
 「あ……菊の、イイ所に」
 伏せている為に表情はわからないが、紅潮は凄まじいはずだ。
 何せ、耳朶も首筋も綺麗な紅色をしている。
 「はーくの、これを。奥まで、入れて……突き上げて欲しいです」
 「ここで? 寝室で?」
 「寝所が良いです」
 「了解しやした」
 軽々と本田の身体を抱き上げて、いそいそと寝室へと運ぶ。
 これから、口の中で蕩けきってしまいそうに甘い、本田の身体を散々に貪れるのだ。
 ここまで淫乱仕様にしたカルプシには、永遠に眠ってろ! と罵声を上げながら感謝も
しないじゃない。
 そう。
 所詮、身代わりでしないのだとしても。
 本田の身体を独占できるのは、悪くない。
 最近は、そんな風に思うようになった。

 なって、しまった。
 


                                                     END



 *タイトルを見た時に、絶対土日! と思っていたんですが、
  気がつけば希日よりの土日となっておりました。
  そんな事もあります。
  カルプシが目覚めて、アドナンを再びアドナンと認識するようになった頃。
  カルプシに抱かれて違和感を覚える菊の後日談も、ネタとしては仕上がっているのですが。
  続きとしてを書くのかどうかは、微妙です。

                                                 2009/03/21
 



                                       メニューに戻る
                                             
                                       ホームに戻る