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  無言の決定



 僕は、菊が大好きだ。
 菊が女性だったら。
 や、女性じゃなくても結婚したいと思うくらいには、大好きだ。
 できれば毎晩ベッドの中で、うんと可愛がりたいほど、めろめろに愛している。
 けれど。

 「ねぇ、菊ぅ。二人だけで住もうよぉ」
 本当だったら四六時中、本田に付き纏って言い続けたい言葉も、彼の機嫌を伺いながら、一週
間に一度くらい。
 それでも、もう、何十回となく言っている。
 「駄目です」
 しかし、本田の返事は何時も同じで。
 「どーしてぇ?」
 「ルートさんが可哀相でしょう?」
 理由も全く変わらない。
 「別にぃ」
 「……フェリシアーノ。いい子ですから。あまり、我侭を言わないで」
 「ヴぇー」
 本田が可愛そうだと言うルートヴィッヒは長く、エーデルシュタインに片思いをしている。
 一時期、上手く行っていたこともあったらしいのだが。
 ヘーデルヴァーリが彼に思いを告げてから、二人の関係は親しい友人のそれへと変化して
しまったらしい。
 素直に手離しでエーデルシュタインへの思いを語るヘーデルヴァーリの方が彼に相応しいと、
馬鹿なルートヴィヒは思ってしまったのだ。
 強く出ればエーデルシュタインだって、彼女にごめんなさいをしたはずなのに。
 それぐらい、ルートヴィヒを愛しているのだと、側に居たフェリシアーノはよく知っていた。
 「ルーもさぁ。いい加減諦めればいいのに」
 「……ねぇ、フェリシア。貴方。ある日突然、私が友人になって?と言ったらどうします」
 「聞ける訳ないよ!だいたい、そんなことありえないし!」
 「それと同じなのですよ。貴方が言っているのは、詮無き事。私達に出来るのは、ルートさん
  の心が落ち着くまで、側に居てあげる事でしょうに」
 ふぅと深い溜息をつかれてしまった。
 本田を困らせたい訳では決してないのだけれど。
 ルートヴィヒばかりに心を砕かれるのは、切ない。
 フェリシアーノとて、心配ではある。
 ルートヴィヒ目線で考えればむしろ、フェリシアーノの方がわかりやすく慰めてもいた。
 勿論、付き合いは短くないので本田の心配りがルートヴィヒへ伝わっていないなんて事もな
い。
 ただ、本田が真意を悟らせないようにしているだけの話で。
 「……わかっているけどさぁ。菊の愛情は歪んでるんだもん」
 フェリシアーノの言葉に、本田はきょとんとした表情を浮かべて後。
 ゆっくりと、ルートヴィヒには決して見せないのだろう黒い微笑を乗せる。
 「酷い事を言いますねぇ。フェリシアは。私はこんなにルートさんを愛しているというのに」
 本田は昔から傷付いた者、弱い者に甘い。
 ルートヴィヒが普通の状態であった頃は、甘え上手だと自分でも自覚のあるフェリシアーノを
思う様、溺愛してくれた。
 フェリシアーノが、それを心からの愛情だと勘違いしてしまうくらいには。
 「だって、菊は。弱い人をあやすのが好きなだけでしょう?壊れた人が、自分だけに縋るのを
  見るのが、好ましいだけでしょう」
 本田の笑みは益々深くなる。
 否定はされない。
 「兄さんにだって頼らないルートが、菊の身体を抱き締めて、その名前を呼んでくれる至福が、
  欲しいだけだもんね」
 「……何を拗ねているんです?そうだ!フェリシアの好きな練りココアでも作りましょうか?」
 「誤魔化さないでっつ!!菊は、俺じゃなくって!ルートに抱かれたいんでしょう!ルートを
  もっともっと、自分に溺れさせる為に!」
 そうして、ルートヴィヒが本田に溺れきって動けなくなった頃を見計らって、フェリシアーノの
熱愛を受け入れるのだ。
 三人で睦み合う背徳に苦悩するルートヴィヒを愛でる、その前哨戦として。
 空気が読めないとか、天然とか言われるフェリシアーノだが、愛が絡めば鋭くもなる。
 特に、本田は今だ嘗てない程に溺れている相手でもあるから、この腐れ切った推測は、的を
得ているはずだ。
 「……フェリシア?」
 だから、どうだと言うのです?
 貴方は、それを受け入れないと言うのですか?
 ならば、私。
 貴方は、必要ありません。
 代わりは誰でも良いのですよ。
 バイルシュミットでも、エーデルシュタインでも、ヘーデルヴァーリであってさえも。
 壊れかけたルートヴィヒが、私に溺れてくれるというのなら。
 無言の微笑みの中で、聞こえないはずの言葉が脳裏に直接語りかけられる。
 黒い瞳が綺麗に瞬かれるまで、フェリシアーノは息の一つもできなかった。
 「……ココア。淹れましょうね?」
 「……ありがと」
 だから、俺は。
 どうあっても菊に棄てられたくない俺は。
 無言の中に秘められた菊の言葉に、従うしかないのだ。

 こくりと頷くフェリシアーノの頭を、本田が優しく撫ぜる。
 よくできたペットを褒めるかのように。




                                                     END




 *黒日降臨。
  一応三つ巴前提というか、寸前の伊日になるのかしら?
  この後、間違いなく日の毒牙に、かかってしまうと思うので。
  ちなみに、この伊さんは独には親愛を、日には愛情を注いでいます。
  独は出てないですが、日も伊も家族のように大切にしてます。
  日が抱える感情は専ら庇護欲。
  例えば、伊と独が二人で落ち着いてしまったら、あっさり捨てて、
  自分の庇護欲が満たされる相手を探します。
  そーゆー日です。
  



                                                 2009/03/02
 



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