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 白雨


 果てしない強運の持ち主である村雨はんと、それに優とも劣らない悪運の強
さを誇る兄貴が『恋人と行く湯煙旅情』という、なんだかよくわからない温泉旅
行を懸賞で当ててきはった。
 全く同じモノを当てる辺りがこれまた、凄まじい。
 ついでに如月はんが、馴染みの客から貰ったという旅館の無料招待券がこ
れまた同じ場所だったといえば、そろそろ怖くなってくる話。
 『どうせだから一緒に行くぞー』という兄貴の号令の下。
 集まったのはチケットを持つ三人と、酒が強いということで選ばれたわいと、
兄貴がこういった時に絶対に誘う紅葉。
 全員の都合がぴたりと合った11月も半ば。
 紅葉を楽しむ旅。
 別名飲んだくれの旅、は賑々しく決行された。

 まずは、温泉にどっぷりと浸かり、なかなかに美味しい食事を終え、酒盛り
に突入して半ば。
 酒を元々飲まない紅葉を抜かして、誰一人脱落者が出ない凄まじい宴会
の最中。
 ふと、見やった窓の向こう。
 雨が降っているのに気がついて。
 近くに寄ってみる。
 
 山間にしとしとと降る霧雨は、切なくも懐かしい。
 中国の故郷を思い出す。

 「珍しいね。君が景色を見ているなんて。まさかもう酔っ払った?」
 一人はんなりとしていた、わいを見咎めたのか。
 早々に宴席から抜け、風呂に入っていたらしい紅葉が目の前のソファにふ
わりと腰を下ろす。
 「はは、それこそ『まさか』やな。何、雨が降っとったんで。ちょっとしみじみ
  しとっただけや」
 「君が、しみじみ?」
 くすっと笑った後で、紅葉はわいと同じように窓の外を見やる。
 「ああ。でもこれでは無理はないね。見事な『白雨』だ」
 「『白雨』なんて、よく知ってはるな?」
 『白雨』とは普通、白く見える雨として夕立という意味で使われるが、もう一
つ、山の奥で降る雨という意味がある。
 紅葉はどうやら、ローカルな後者の意味をいっとるようや。
 「好きな作家がよく使っていたんだ。中国の山村に降る雨をそう称していた
  ね」
 「そ、か」
 どこまでも煙る雨。
 何時の間にか周囲の音も拾い。
 雨の音だけが響く。
 優しくもあり、悲しくもあり。
 過去を呼び覚ます胸を抉られるような衝動と、こうして仲の良い人々と寛げ
る安穏とした感情が同居する不思議。
 「なかなか見れない光景だからね。たまには、いいだろう」
 恐らくはわいの心境を的確に読み取っての、言葉だったのやろ。
 昔を思いやるのも。
 今に浸るのも。
 悪い事では、ないのだと。
 包み込まれるような優しさは、紅葉と対峙している時によく覚える。
 「ぬわーに、しんみりしちゃってるのさん?お二人さん」
 兄貴がべったりと紅葉の背中に懐いてきはる。
 「雨を見ていただけだよ?」
 「でも、二人の世界作ってたじゃんかよう」
 ようようよう。
 と、兄貴がごねだした。
 こうなってくると、紅葉とのんびりした時間を持つのは難しい。
 「わいが悪うざいました。さ!まだまだ飲み足りないんや。兄貴は付き合って
  くれはるでしょ?」
 「付き合わないもーん。紅葉といちゃいちゃするんだもーん」
 「龍麻、僕。いちゃいちゃは嫌だな」
 「いいーじゃん。いっつもしてるじゃーん!」
 「してません」
 子泣きジジイと化している兄貴の身体が、ひょいっと背負い投げの要領で
わいの目の前に降って来る。
 無論手加減てんこ盛りなので、兄貴の身体は体重を感じさせない軽さで、
わいの腕の中に収まった。
 「はいなっと。捕獲完了!村雨はーん!」
 今日のメンツの中では一番力の強いかの人を呼び、二人で宴会の席へ
と兄貴を引きずり戻す。
 紅葉は淡い微笑を浮かべながら、ひらひらと手を振っている。

 降りしきる雨を背に、やわらかく微笑む紅葉を見て、何故だか涙が零れ
そうになって、すんと鼻を啜る。
 
 きっと人は、満たされた時でも。
 涙が出るんやろと。
 何とも乙女ちっくな感傷を抱きながら、一升瓶を片手に兄貴のコップに
酒をなみなみと注いだ。

 

                                            END





*劉&壬生
 大阪人になっても劉ちゃんの関西弁は微塵も、上手くいきません。
 まだまだ、エセ関西人にも到達できない言語レベルだからでしょう。
 久しぶりの健全仕様。恋愛感情の伴わない話は本当に久しぶりでした。
 後の雷人&壬生もこんな感じなのかな?

                          


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