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 転寝(うたたね)

                                      
 中将が直属として使う人間のうち、個室でもある執務室にノックなしで入ってしまう人間は
三人。
 まずは、ブレダ大佐。
 この人の場合は、基本的にはノックをするらしいのだが、深遠なる謀略及び計略の内容を
持ち込む時に限り、ノックをしないらしい。
 本人曰く『いやさあ?頭の中で軍略の付け合せしてっとさあ。忘れるんだわ』
 ということだ。
 僕では到底及ばない綿密且つ大胆に編み込まれた謀略は、いつでも感心させられる。
 特に、僕は実行部隊だ。
 理論上の空論に終わらない、軍略を次から次へと生み出すセンスは絶対天性のものだと思
う。
 次は、ハボック大佐。
 この人の場合は、完全に癖。
 そもそもノックをする習慣がなかったらしい。
 いわゆる子沢山の田舎に生まれたからなのか、あっけらかんとした悪びれなさは、中将や
ホークアイ准将がさんざん注意しても直らなかったというのだから、本物だ。
 本人全く悪気もなく、ましてや僕と同じ実行部隊の部類だ。
 何隠す必要もないだろうという理由もあって、僕が中将の下について一緒に仕事をするよう
になってからは、注意する物好きなんて皆無に等しかった。
 そして、最後に、僕。
 僕が中将、当時准将の下に配属となった時、准将には嘗ての部下は誰一人としていなかっ
た。
 少しして、期間限定で手放したのだと、教えて貰ってなるほどと、納得した。
  『本当は君を使うのは許されないことだよな、とか考えたのだけれども。試してみたいのかと、
  思ってね』


 准将は何もかもを見透かす目で、そんな風に僕を迎え入れてくれた。

 そもそも僕が准将の元へ配属されたのは、ホークアイ中佐が一人で暗躍を量る准将を心配
しての事だった。
 ホークアイ中佐は将軍クラスの人間を親戚に持つので、普通ならできない人事に関する口
出しも可能だったらしい。
 後ろから手を回す類の事を嫌う人だったから、余程准将が心配だったのだろう。
 よろしくね、アルフォンス君。と、綺麗な金色の瞳を曇らせながら、僕の手を取って頼み込ん
でくれたものだ。
 
 『兄さんには、怒られそうですけれどね』
 『私のために働いて貰うんだ。責めは私が受けるさ』
 差し伸べてくれた手を堅く握る。
 そんな風に手を握るのは初めてで。
 想像していたよりは、ずっと、華奢な手だった。
 『よく、わかりましたね。僕がこの、残虐な技を試してみたかったと』
 『……私もそうだったからね。まあ、私の場合そうと気が付く前に最前線に送り込まれたのだ
  けれど』
 『送り込んで貰えますか?』
 『君がそれを望むのならば、ぜひに』
 『心から、望みます』
 何故、僕がこんな錬金術を選んだのか、自分でもよくわからない。
 けれど僕は、鎧の身体になって、もう人には戻れないとわかってしまった時に、闇に捕らわ
れてしまったのだと思う。
 生あるもの全てに、僕と同じ絶望を。
 出来うる限りの残虐さで。
 
 だから想像を覆して、人に戻れても、その闇だけが残った。
 や、これも人体錬成の、等価交換の一つだったのかもしれない。
 「マスタング中将?」
 ほとんど二人で作戦を練っていた親密な時間と、僕の妄信的な信頼と、マスタング中将の拘
らない所なんかもあって。
 つい、ノックをし忘れる。
 それでも一応声をかけながら足を踏み入れた。

 いつもならある『お帰り、紅涙の』という、やわらなか声が聞こえない。
 何かあったのかと、そっと足音を殺して、けれども迅速に中将が座っているはずの机に近付
いてゆく。
 「……何だ、そういうことか」
 中将は背もたれのゆったりとした高級士官用の大きな椅子に、小さく身体を丸めるようにして、
舟を漕いでいた。
 鎧の身体でいた頃は、不思議と大きく見えた中将の身体だけれど、人に戻ってみれば、何故
かとても小さく見える。
 「……んう?……」
 人の気配を感じたか、こしこしと目を擦る様に至っては、一体貴方様はお幾つでいらっしゃい
ますのでしょうかねぇ!とツッコミを入れたくなるほど可愛らしい。
 まあ、僕の?
 惚れた欲目っていうのは多分にあるんだと思うけれども。
 「ある、く?」
 アルフォンス君、と言いたかったのだろう。
 目をしぱしぱしている。
 更に激しく擦ろうとする腕をそっと絡め取って、腕の中に抱え上げる。
 「はいそうです。只今帰りました」
 血の匂いをまとった抱擁にも動じない中将は、僕の腕を枕にするようにして、ん、と頷く。
 「おかえりさない、紅涙の」
 ほんやりとした微笑の後で、頬に、口付けが届く。
 大量の殺戮を果たしてきた僕への、最初のご褒美が。
 いつもと変わらないキス。
 「戦況報告は書類にして、ホークアイ准将に渡してあります」
 「ご苦労さま。ふあ、ふ」
 大きなあくびをした眦から、ほろ、と涙が伝った。
 「お疲れのようですね?」
 唇を寄せて軽く、涙を拭う。
 当たり前のように抵抗は全く無い。
 「そうでもないよ。君ほどじゃない。最前線に出ている君とは比べ物にならないよ」
 「それを許してくれているのは、中将でしょう?」
 誰もが目を背ける残虐な僕の錬金術。
 それでも、中将直属の、僕が知る昔からの部下達が奇異の目を向けることはなかったけれ
ど。
 殺戮を喜んでくれるのは、中将だけ。
 「うん。私の代わりにお願いしているだけだよ。許しているわけじゃない……ご褒美は夜でい
  いかな」
 「大丈夫です?」
 疲れきっている身体に無体は強いたくない。
 人の身体になってから、嫌になるほど性欲が強くなったと自覚しているだけに。
 「たぶんな……悪いが、准将の許しは得ている。も少し寝るから……」
 縋ってくる指先に、きゅっと力が入った。
 「抱っこでいいですか?」
 「ん」
 中将を抱き抱えたままで、クッションの良い椅子に寄りかかる。
 胸に頭を引き寄せるようにして、額に口付けると、嬉しそうに微笑んだ中将の身体から、すっと
力が抜ける。
 寝つきが良い方ではないので、余程疲れているのだろう。
 僕は、昔母さんが歌ってくれた子守唄を、メロディだけ小さく囁きながら、中将の寝顔を見つ
め続けた。




                                                END




 *アルフォンス×ロイ
  すみません。どうしようもなく気に入っているみたいです。紅涙の錬金術師。
  やっぱり本にしようかなー。すねすね。
  しかし、ロイたんはどの攻め様にも、無断に甘やかされて、可愛がられてるよなあ。
  むしろ、自分的には本望なんですが、たまには攻め様にひどく邪険にされて、
  しょんぼりなロイたんも見たいよなあ。とか?

  は!このお話は、軍部好きに30のお題『血まみれ』の続編になってます。
  良かったら、そちらも読んで貰えると嬉しいです。



                
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