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 流星群

 

 「ロイ君?」
 コートに肩に縫い付けられている階級を現わす星が、持っていた懐中電灯の光に反射して
いなかったら気がつかないで通り過ぎていただろう。
 まさか、人が潜んでいるとは思わなかった。
 「マルコー先生?どうされたんです。こんな時間に。こんな場所で」
 「…同じ言葉を繰り返させて頂くよ?」
 「……軍法会議モノですかね?」
 上目遣い私を見詰める瞳は、多分に悪戯っ子っぽい色を湛えている。
 「私が報告すれば、ね」
 「報告されます?」
 「事の次第によっては」
 笑んだままで返答すれば、ロイ君は肩を竦めて降参の仕草をしてみせた。
 「先生には、勝てませんね。どうぞ」
 敷いていた軍用毛布を引き伸ばし、私が座るスペースを作ってくれる。
 この毛布といい、手に持っている湯気の立つ飲み物といい、ひざ掛けまであったりすれば、
夜の闇の中、長丁場を覚悟した上での装備だと知れた。
 「よろしかったら、いかがです。暖かいだけですけど」
 「コーヒーかね」
 「はい」
 戦場での嗜好品は、一般の生活に戻ったならば無料で貰っても飲みたくはないだろう程
度の代物だが、少なくとも目は覚めて体は温まり、何となく気分が落ち着く。
 泥のような味と眉を顰めたのは、確かこの子の親友のマース・ヒューズ。
 今は離れた場所に居るのだと、先日聞いたばかりだ。
 「それで、ロイ君。こんな所でまた、何をしようとしているのかね?」
 「ヒューズと約束したんですよ」
 「ヒューズ君と?」
 「ええ。今夜大規模な流星群が見れるから、見ろよって。俺も、見るからさ、なんて言って
寄越したので」
 「君達は、軍回線を楽しく使ってるようだね」
 

 「ここだけの話にして下さいね」
 しーっと小さな子にでもするように、人差し指を唇の上にあててみせる。
 彼を否定したがる人間に見せたら、考えを改めるかもしれない愛らしさだった。
 実に童顔が映える仕草だとは、本人に絶対言えまい。
 「……どうにも、かなりきな臭い話が上がっているようで、心配してるんですよ、奴は」
 情報が一番早く集まる部署に配属されたヒューズ君が、ロイ君にせっせと情報を流してい
るのを知っている。
 国家錬金術師のテントにはそれぞれ、専用の回線が引かれているのだ。
 私も持っているし、ロイ君も持っている。
 最も盗聴が盛んで、なかなか彼らのように気軽な会話はできないのだが。
 ヒューズ君とロイ君は、凄まじく優秀なはずの盗聴を旨く交わして楽しい話を重ねている
ようだ。
 今在籍する部隊の中では、ロイ君が一番若い。
 副官は、できた人物だけれども歳が十以上も離れている。
 ヒューズ君との会話が、どれだけ大胆と繊細さを併せ持つロイ君を助けているのかなんて、
医者でなくともよくわかった。
 「そうだね。私の所にも、幾つか。怖い話が聞こえてくるよ」
 初めて聞いた時は、耳を疑った。
 賢者の石による、攻撃系国家錬金術師の術の増幅。
 私が賢者の石の研究を始めたのは、より多くの人の命を助ける為。
 
 断じて人の命を奪う為に、作ったのではない。

 「……怖い話が、現実にならないように。せめて俺達は星に願い事をしようって」
 「ヒューズ君が言ったのだね」
 「はい」
 若くとも頭の回転が恐ろしく早い彼が、冗談に似せてそんなことを言ったのだとしたら。
 私の望まない事が現実になってしまう日が近いのかもしれない。
 「あ!先生。落ちました」
 「どれ……ああ、始まったようだね」
 ロイ君が指差した方向を見れば、ちょうど新しい星が流れる所だった。
 「願い事、しないと?」
 「そうだね。これぐらいたくさんの星が落ちるのなら、きっと願いは聞き届けられるだろう」
 「ええ」
 嬉しそうに降り注ぐ星の雨を見詰めるロイ君の表情は、歳相応に幼い。
 
 例えばこの子が。
 攻撃系国家錬金術師の三本指に入るロイ・マスタングが。
 もし、私の生み出した賢者の石を身に付けて。
 大量殺戮を余儀なくされたら、私は、何を思うだろう。
 少なくともこうして、隣に座って星空などは二度と眺められないとそう考えるに違いない。

 無邪気な表情を見るにつけ。
 そんなコトはあってはならないと、強く思う。

 一生懸命願い事を唱えるロイ君の隣。
 私はたった一つの願い事を心の中。
 呟き続けた。

 賢者の石が、殺戮の道具にされませんように、と。




                                                    END




 *マルコー&ロイ。
  はれれ?こんなに暗い話になるはずじゃなかったんですが。
  書いてみたら、どんよりどよどよ。
  次のマルコー&ロイは、マルコーがロイたんの自殺を止めるシーンに
  挑戦したいなぁ。

                 




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