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 蜜蜂


 「あ……あ、あ……マース…」
 背中を大きく仰け反らせたロイが、俺の肩に景気良く爪先をたてる。
 ちりっとした痛みが走ったのを考えるとまた、綺麗な半月型が残っているのだろう。
 同級生達の詮索が鬱陶しいところだが、まさか、ロイにつけられたなんて告白もできまい?
 もし、知ったら皆すっげー面してぶっ飛ぶだろうってーのは、解りきっていて。
 そんな間抜け面を拝んでみたい気もしないでもないが。
 いわゆるロイと日々励んでいる同性同士のSEXってーのが、世間様的に許されるもんじゃない
ってのは、よくわかってる。
 軍に入ることで絶縁を言い渡された両親がどんな思いをしようとも構わないが、相手であるロイが
出世を狙っている以上ぶちまけるわけにもいくまい。
 俺の腕の中、何度もいって。
 信じられないくらいに可愛らしい声で鳴く癖に。
 本気で大総統の地位を狙っているっていうんだから、まー。
 楽しい。
 成績は実践共に文句なしで、強いていえば同輩から評判が今一つってとこか。
 そりゃあ、外面だけみてりゃあ、要領の良いいけすかない奴だけどよ。
 近くにいれば、いるほど不器用で面白い奴だ。
 じゃなきゃあ、俺がこんな手を使ってまで引き止めておかないさ。
 うっすらと涙を浮かべて、ほんのり赤らんだ顔で、吐息なんざつかれてみ?
 俺の執着は間違いじゃなかったと、しみじみさせてくれる色艶加減。
 しかも、それが俺だけに向けられる媚態って奴だ。
 手放せるわけがない。
 「……ど、した……まだ…たりんのか?」
 けだるげに伸ばされた腕の、手首を掴んで手の甲に唇を寄せる。
 「足りないっていやー、足りないぜ?満足できる日がくるんかなーと思う程度には、よ」


 瞼に唇をよせれば、くすぐったそうに肩を竦められた。
 「こんなに、してるのにか」
 一体どこからそんな体力が出てくるのかと、自分でも不思議なほど。
 士官学校のカリキュラムは、噂通りに理不尽に厳しい。
 ましてや、ロイも俺もちっとばっかし出来がいいので、上官も扱きがいがあるらしく、他の人間
よりも厳しい鍛錬を強要されることしばし。
 今日だって、八つ当たり気味な上官のお言葉通りにロイと二人、同期が後ろ髪を引かれるよう
に、心配しながらも去ってゆくのを尻目に、外周30周をも一つ余計にこなした。
 入学したての数ヶ月は飯を残さず食うのも至難の業だったが、一年もすれば身体だって慣れ
てくる。
 だからといって、ロイの言う通り毎日かかさず三回ってーのは自分でもどうなのかと思うが。
 「してるから、だろ。だってすればするほど、ロイん中って良くなるんだからさー。俺も困って
  るぜ」
 「嘘を、つけ」
 「ま、困ってるってのは嘘だな」
 日々良くなってるっていうのは、紛れもない現実なので、否定しない。
 俺の言葉の真意に気が付いたロイの表情に、更なる赤みがさした。
 悟られないようにか、わざとらしく眉を潜める様子にすら、見惚れてしまう。
 「後三日もすれば、試験期間だ。さすがに禁欲しないと、だろ?」
 「試験期間だからって、特に集中する必要はないがな」
 ロイは日頃からこつこつと真面目にノートを取るタイプで、俺はもともと要領がいい。
 どちらにしろ、試験期間だからといって、鉢巻を締めて気合をいれる必要がないのも事実。
 「え?ってことはこの状態を続けてもいいってことかしらん?」
 試験期間ってのは一種の大義名分。
 そうやってでもロイの身体を休ませてやらないと、いい加減限界だろうさ。


 「私は、構わないぞ?試験勉強と時間を取らなくとも、普段からきちんとしているからな」
 「全く淫乱ちゃんで嬉しいやね」
 「……淫乱ちゃんはよせ」
 変なところで真面目なロイは、自分が誘った手前とことんまで付き合う気でいるのだろう。
 二人の関係にSEXを持ち込んだのは、勿論俺だけど。
 すきを見せたのはロイ。
 俺と離れたくないとのたまってくださったのも、ロイが先。
 いいんだ?
 友情に愛情を持ちこんじゃっても?
 そんな気分だった。
 「ずうっと抱き合ってるのは最高だろうけど。実際そればっかしってわけにもいかないだろうが」
 「まあな」
 「とりあえず、今日はここまでにしとく!」
 一人熱く語った俺に、微苦笑したロイは、わかった、と頷いて。
 俺の身体を抱え込む。
 寝ている最中は、何時の間にか俺がロイの身体を抱え込んでいる時が多いのだが、寝付く
間際は、こうやってロイの方が俺を抱えることが多い。
 四六時中触れていたい!って俺の感情を読み取ったロイが、先回りしてくれているんだと思う
と、嬉しくて仕方ない。
 求められてるって、感じがするだろ?
 細身ではあるが鍛えられた腕の優しい暖かさに、目が眩みかけて、ふと。
 図鑑を眺めている時に目にしたエピソードを思い出した。
 「そーいえばさあ?蜜蜂っているじゃん?」
 「何だ?唐突だな」
 「そっか。ロイのぬくぬくの腕で思い出したから俺的には、そんなに唐突でもなかったんだけ
  ど」
 「わかった、わかった。で、蜜蜂が何だって?」
 俺の頭を寝付きやすい絶妙ポイントに誘ったロイが先を促す。
 「蜜蜂がな、スズメバチに巣を襲撃された時、どうやって撃退するか、知ってるか?」
 「針で刺し殺すんじゃないのか?」
 「違うんだなーこれが。スズメバチはそうじゃないけど、蜜蜂は一度針で何かを刺すと死ぬか
  ら、滅多なことじゃあ、針を武器には使わないんだって」
 「ほう」
 自分の知らないことには、どんな些細な話でも興味を示すロイの瞳に好奇心が宿るのを見て、
俺は話を続ける。
 「まずな、一匹のスズメバチに対して何匹何十匹って蜜蜂が、周りを取り囲むんだ」
 頭の中には図鑑の挿絵が浮かぶ。
 大きなスズメバチが取り囲まれた様子は、まるで何匹もの蜜蜂で出来た蜂の玉に見えた。
 「でな。羽を思いっきり羽ばたかせて熱を送り込む」
 「熱?」
 「そう。狭苦しい蜂だらけの空間にして、スズメバチに刺されて死んだ蜜蜂の跡にもすぐ違う蜜
蜂が入り込んで、必死に蜂玉の中の温度を上げるんだ」
 「蒸し殺すって所か」
 「それがまた凄まじいんだよ」
 すっと背筋に寒気が走った一文。
 「詳しい数字は忘れたんだけどな。蜜蜂ってーのはススメバチに比べて、一度だけ、熱さに耐
  え切れるんだとよ。だから29度でスズメバチが死んで、30度で蜜蜂が生き残るってわけ」
 「確かに、凄いな」
 
 「ロイの手の中にいるとな、時々。このエピソードが浮かぶ」
 普段は女性のそれよりも低い体温の癖、抱き合えば俺より僅かに上がる熱に包まれる至福。
 誰かの腕に抱かれ死ぬのも悪くない?
 「蒸し殺して欲しいのか?趣味の悪い」
 いや。
 ロイの手になら、あの煉獄の炎に炙られてもきっと、笑って逝ける。
 死んで後、お前が俺の笑顔だけを思い出せるように。
 「殺し方はさておき。殺されるんなら、お前がいい」
 これから先、数多の人を殺すだろう。
 特にロイは国家錬金術師の資格を取得している。
 現状から考えるに、兵器としての投入は避けられないだろう。
 人を殺す、お前を見るのはいい。
 ただ、人に殺される、お前を見るのだけは耐えられない。
 先に死んだ方がましだ。
 「……阿呆。死んだら終わりだ。私はお前を何としても生かすぞ?」
 「そうさな。ロイはそうでなくちゃあ。いかん」
 そう。
 俺はいつか、ロイを庇って死ぬだろう。
 これから先万が一にも、ロイより慈しむ相手を見出せたとしても。
 生かすなら、俺よりもロイ。
 「何はともあれ、今日は眠ろう。お前の腕枕は気持ち良い」
 「早く、優しい女性を見つけてくれ」
 「ん?普通は女性に腕枕をしてやるんだろうが。だから、例え腕枕したい子ができても、してく
  れるのはロイだけだろうさ」
 「……勝手にしろ」
 不貞腐れた溜息をついても、尚。
 俺をやわらかく包み込んで、寝かしつけようとする腕。
 規則正しい心音が耳に届くリアル。

 不透明な未来は絶望だけじゃないにしろ、希望も多くはない。
 ならばせめて。
 この暖かな温もりに包まれて眠るぐらいは、許されるだろうよ。




                                      END

        


 *ヒューズ×ロイ
  書いてみたかった蜜蜂エピソード。ヒューロイで書けたのは至福です。
  ロイの体温が執着しているヒューズよりもも一つ高いってーのが、ツボだったのですよ。
  実は、ロイの方が興奮してますって感じで。
                    
              
                                                              

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