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 靴音


 とすとすとすとす。
 少々重量感がある早足は、ブレダ少尉。
 「フュリー!50083番の案件って何番のファイルに入ってんだあ?」
 三メートルと二十五センチしか離れていない、曹長の机に向かうだけでも床が僅かな軋みを上げ
る。
 実践ともなれば、その歩き方と体躯からは想像もつかない俊敏な動作で敵を圧倒するが、気心
の知れたメンツの中では、どちらかといえばどっしりした印象を与える。
 ブラック・ハヤテ号が近寄ってきた時だけは、真摯な退却さながらの迅速な逃げ足を披露してく
れるけれども。
 すととととと。
 軽い小走りは、フュリー曹長。
 「えーとハボック少尉の端末の中ですよ『あはーん』ファイルの中でしたっけ?」
 首を傾げながら、端末を覗き込み手早い操作でキーボードを叩いている。
 情報機器の扱いを得意とする曹長は、司令部全員が扱っているデータを一通りは把握していた。
 眼鏡の中、つぶらな瞳と称される丸い目が食い入るようにちらつく画面を見つめる。
 小柄で体重もお子様並と言われる曹長の足取りは何時でも軽い。
 端末の前に座り、キーボードを叩きながら、どう引っ張ってもでてこない軍事機密を次から次へ
と開いていく手腕にはいつも驚かされるが、本人の性格なのか、いつでものんびりしたイメージが
あった。
 ぺた、ぺた。つーぺた。つーつーぺた。ぺた。か。バタン。ぺ、た。
 足の裏を地面にしっかりつけて、時折気だるげに引き摺る歩き方は、ハボック少尉。
 「んーどうした。フュリー?」
 大量の書類を両腕で山のように抱え込み、足の先でドアを蹴飛ばすようにして入ってきた、ハボッ
ク少尉は銜え煙草のまま、端末の前で唸っている曹長に声をかける。
               
 「50083番の案件は『あはーん』ファイルの中でしたよね?」
 「ん?50083?あーとな。ちっとどいてみ」
 曹長にどっさりと書類の束を手渡して、あわあわする様を横目で未ながらも、キーボードを叩
く。
 「頭5番台は移動させたんだわ。『うっふん』ファイルの『桃色ナース』フォルダの中」
 「ってーか。滅茶苦茶なファイル名つけんなよ!わけわかんねーだろが」
 「そっか?少なくとも俺はわかってるぜ。後中尉と大佐もたぶん。中尉に一本調子な声音でも
  『あはーん』やら『うっふん』やら『早くきて』やら言わせてみてーだろうが?」
 短くなってしまった吸い差しをクリスタル製の灰皿の上、丁寧に消してから、次の一本に日を
点ける。
 「ああいう、ストイックな女(ひと)がベッドの中では、実は淫乱って萌シチュエーションだよなー」
 「確かに、それは萌だけどさ」
 ふんふんと頷く二人に。
 「不謹慎ですよ!!」
書類の山をハボック少尉の机にどうにか、倒れない絶妙のバランスで積み上げた曹長が、食っ
てかかる。
 「あ?ああ……フュリーはリザ様・崇拝だもんな」
 ちょんと、額を指先で突付きながら、煙草の煙で作られた五センチほどの輪を天井に向かって
吐いた、ハボック少尉が人の悪い微笑を浮かべる。
 「まあ、恋愛は自由だけど。ああいうタイプとはぜひ一線交えたいもんだって思うぜ。なあ、ハイ
  マン?」
 「俺はなんと言われようが清楚純朴系だから。中尉とは据え膳なら喰うけどってとこ?」
 「お二人とも!!どうしてそんなに勝手な事言うんです!准尉も何か言って下さいよ!聞いてる
  だけじゃなくて!!」
 おやおや。
 私の方にまでとばっちりが来てしまった。

 「世間一般的に、美女の喘ぐ様は萌でしょう?無論その点は私も同意します」
 「准尉!」
 「ですが、ホークアイ中尉には似合わないでしょうな」
 「そっかあ?」
 不満そうな声が見事にはもる。
 「私は、大佐をきびきびと嗜める中尉の方がらしいと思うので」
 ドアの向こうで足音がする。
 かつかつかつかつ。
 こつこつこつこつ。
 そろそろこの話は切り上げておかないと、私達にまで怒号が降り注ぐ。
 とばっちりはごめんです。
 「でもまーやっぱし、中尉にはミニスカ履いて、言って欲しいぜ『あはーん』って」
 ズボンを軽く持ち上げて、うっふーんとポーズをつけながらウインクするのは無論、ハボック少尉。
 曹長は苦笑して、ブレダ少尉は頭に手をあてて天井を仰ぐ。
 かつん。
 こつん。
 ……ああ、間に合わなかった。
 「誰が、ミニスカートを履いて『あはーん』なんですか?ハボック少尉?」
 静かだが勢いよく入ってきた中尉が、呆れ帰った顔でハボック少尉を見下げる。
 「はい!やはり美女には、そんなコトを貰いたいと皆で話していたところです」
 ずびしっと、滅多にない最敬礼をしつつも、私達を巻き込む事は忘れない辺りは、さすがに
ハボック少尉。
 「仕事中にそんな話ですか?」
 「まあまあ、寝るよりはましだよ、中尉」
 っていうか、大佐。
 それはフォローになってません。


 「失礼ですが、仕事中に睡眠をとられる器用な真似がおできになるのは大佐だけです」
 実に流暢に言い切って、こん、大佐の額に軽い拳骨があてられる。
 中央のお偉方が見たら、軍法会議にかけるぞ!と喚き散らす事必須の下克上的行為。
 上下関係が絶対といわれる軍属の世界だが、大佐が率いる東方司令部は例外中の例外だ。
 「……悪かった」
 大佐は無論中尉の拳骨を咎めもせず、むうと頬を僅か膨らませながら謝罪し、上目遣いに
中尉を見やる。
 「本当におわかりですか?」
 冷え冷えとした声音だけを聞けば、腸が凍りつくようだが、目元が微かに笑っている。
 「よーくわかってる。皆もそうだよな!」
 こくこくと頷いて、後ろを振り返る。
 「勿論です!」
 ハボック少尉は煙草を灰皿に潰し直立不動の姿勢で、大佐の言葉に応えた。
 「では、無駄口は程ほどにして、仕事に戻ってください」
 「アイ、サー!」
 ここぞとばかりに元気の良いハボック少尉の返事をきっかけに、皆仕事に戻り始めた。
 こつ、こつ、こつ。
 こつん。
 私が一番好きな足音が、私のすぐ隣りで止まる。
 「大佐?どうかされましたか?」
 「……今日は早上がりだったか?」
 ひそ、と耳打ちがされた。
 別に聞かれて困る内容でもないと思うのだがと、苦笑しながら肯定する。
 「はい、そうです」
 「そうか。わかった」
 随分と真剣な顔をして頷いて、自分の机に戻ると、山積みになっている書類に手を付け出した。
 中尉が私の方を見て、にっこりと笑う。
 ああ、なるほど。
 私が早く帰るのに合わせて、溜まっていた仕事を片付けさせて大佐も早く帰そうという算段か。
 し越しでも一緒に過ごす時間を作ろうとしてくれる、その心根が何よりも嬉しい。
 私との時間を大切に思ってくれているのだと、とてもよくわかるので。
 仕事そっちのけで、今夜のことをあれこれと思い浮かべて、自然口元がにやけてしまう。
 大きく伸びをして天井を仰ぐ。
定刻に帰るべく頭を切り替えると、大佐に負けず仕事に没頭を始めた。

 


                                                       
END
                           



*ファルマン×ロイ
 とは名ばかりの、軍部メンツ日常モノ(笑)
 帰宅後は二人、ファルマンの手料理を食しながら、
 いちゃいちゃ希望。




                 
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