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  ケイン・フュリー通信技術情報部室長(少将相当)
 外見に違わぬ優しい性質の彼は、周りを和やかな雰囲気にさせるのに天才的な力を発揮し
た。
 通信技術系統の機器の取り扱いに至っては、彼以上の人物はでないだろうとされている。
 意外にも年下の彼女を見つけて、数年後には結婚を誓っていると、本人から聞いた。
 『結婚式の挨拶がお嫌でしたら、錬金術のパフォーマンスでもやっていただきましょうか?』
と、何歳になっても天然のままで、言い放たれた時には、肩を竦めつつ頷くしかなかった。
 決して大企業とはいえないが、技術の高さと精密さにおいて追従を許さない通信機器制作
会社に軍で言うところの、少佐待遇として迎え入れられた。
 本人の性格上、その程度の地位が気楽なのかもしれない。

   「おーい、上の空だぞ」
 はだけられた胸の上で、鋼のが顎を乗せつつむすったれた顔で私を責める。
 「ん?ああ、すまなかったね。集中するよ」
 「何を考えていたのさ」
 私の思う通りに動く指先。
 すっかり手馴れた愛撫。
 「皆、よくついてきてくれたなあと、しみじみしてね」
 「昔を振り返るなんて、年寄りのする事だろう?」
 「私ももう、三十路を幾つか数えるぞ」
 「そういやーそうだっけ」
 抱き合っているせいだろうか。
 鋼のは時折、私の年齢を忘れる。
 いい年をした男相手に盛っている場合でもないと思うのだが、他の誰にも目を向けないように
してしまったのは、私だ。
 「ま、ロイはロイだし?年齢なんかどーでもいいよ。とにかくやっと俺だけのロイになってくれる
  んだもん。それだけで十分」
大総統になるまでは、君一人のモノにはなってやれないと言い続けてきた。
彼としては、これで私の全てが自分のものになるとそう思っても無理からぬことだ。

本当は。

私が君を、欠片ほども愛していないのだと告げたならば。

愛想をつかしてくれるのだろうか。
 
「俺はもう随分前から、あんただけのもんだし」
「アルフォンス君は、いいのかね?」
なかなかにいい男に育ったなあと思う、弓なりの眉がきゅっと潜められた。
「アルにしてやれることは、もうねーよ。後はピナコばあちゃんとウィンリイに任せた。それにあい
 つは、もう」
等価交換が必須の人体錬成。
「俺のことなんか覚えちゃいねーしさあ」
 術者ではなく、錬成されるべき人物の方が交換すべきものが多いのは無理からぬ話。
 失敗は許されぬ、二度目の人体錬成。
 どこから手に入れたのか、誰を、犠牲にしたのかは知らないが、鋼のは。
 賢者の石を入手したようだ。
 『これで完璧さ』
 と歪んだ微笑を乗せて、彼はアルフォンス君と二人最後の錬成に挑んだ。
 結果。
 アルフォンス君も鋼のも人の身体を手に入れた。
 アルフォンス君は、一度目錬成時の幼い身体を、外見何一つかけることなく。
 鋼のは失った腕と足の完璧な修復がなった。
 しかし、失ったものも幾つかあったようだ。
 私が知るだけで、アルフォンス君は鋼に関する全ての記憶と錬金術に関する知識とその術
を失い、日常生活に時折差し障りがでる程度の心臓の疾患を負った。
 鋼のは、全体的な身体機能の低下。
 視力低下は眼鏡でおぎなえる程度だったが。
 次世代に血を残す事ができなくなった。
 つまりは種、なし。
 そして、人体錬成に関する知識と術を一切消された。
 「錬成しようにも、人体に関わる錬成は一切できないから。これ以上身体は治してやれない。
  それに……知らない人間に側にいられてさあ?しかもウィンリイが俺のこと好きだったりし
  たら、シャレにならないじゃん」
 アルフォンス君の身体を治す為だけに、何年もの間生きてきた鋼の。
 そのアルフォンス君に、己の存在を忘れ去られてしまった衝撃はどれほどのものだったのだ
ろうか。
 一度目は身体を持っていかれたが、今度は心を持っていかれた。

 私は、何を、持っていかれるだろう。

 「俺の事なんか覚えて無くても、生きてはいけるさ」
 「生きては、ね」
 そう、生きているだけならできないでもない。
 でも、大切な人間を失うと、心のどこかが、壊れてしまうのだ。
 「ん?今日はなんか、やにつっかかるなあ。機嫌、悪いの?」
 鋼のには、私がいるけれど。
 「いや。さすがに感傷的になっているのだろうさ」
 私には、永遠にヒューズしかいない。
 「あ、そーゆーこと。確かに、感傷にも浸るよな。軍人が軍政を廃止したんだもんなー。そんな
  歴史上に滅多ないこと、やってのけたんだから、無理もないか」
 簡単に納得する鋼のに、私は曖昧な微笑を向ける。
 「もー全く、そんな可愛い顔をして、困っちゃうよね」
 この手の微笑に弱いのを百も承知でやっているのだ。
 困って貰わなくては、こっちが困る。
 「時間もないことだ」
 「うん。一杯しよーな?」
 目を閉じれば、それを承諾の意味だと思い込んだ鋼のの指が、私を暴き始めた。
 「なあ。明日は、もうまるまる時間がとれるだろう?」
 「……そうだな。疲れて昼間は寝ていると思うが」
 手早く済ませるつもりでいるが、どこまで時間がかかるかわからない。
 ここまで我慢に我慢を重ねて、慎重に進めてきたのだ。
 最後で詰めを誤るわけにはいかない。
 二度目がないのは、鋼のを見て、よくわかった。
 「やっぱり夕方からか。ま、あとほんと、ちょこっとだもんな。我慢するさ」
 胸を這う唇の感触に、ぴくりと腰が跳ねる。
 にっこりと鮮やかに笑った鋼のは。
 「ごめんごめん。集中するわ」
 私の反応に気を良くして、この身体に溺れだす。
 目を閉じて体と、心を切り離した私は、頭の中で一人安堵していた。
                                 
                                     




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