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 茫然自失


 「……はなっから、その気だったんか、ボウズ」
 「いいえ。先生に奥様がいらしたら、止めるつもりでしたよ?」

 一度は手離した愛しい人。
 私よりも大切な人が居るのだからと、そう自分に言い聞かせて。
 自ら離れてみたけれど。
 ずっと、ずっと好きなままだった。
 誰と寝ても、溺れきったつもりでいても。
 あの戦場で抱き合った高揚感は得られなくて。

 「忠犬は、どうした」
 「……知ってるんですか?」
 「噂は届くさ。金髪の忠犬を二匹連れて、マスタング大佐は何時でもご満悦ってな」
 「……置いてゆけ、と言われましたよ」

 忠犬と呼ばれた片割れ。
 人懐っこい空色の瞳をしたヘビースモーカー。
 ようやっと見つけた愛しい男も、また。
 私の元を離れてゆく。
 奴の事だ。
 変わらずに、私を愛してくれるだろう。
 ドクター・マルコーが見付かれば、身体も元通りになって。
 再び私を護ってくれる。
 そんな日は、きっと来ると信じていた。
 疑ってはいない、けれど。
 その間の僅かな奴の不在が耐え切れない。
 一人では、とても。

 「俺も置いていかれた口だったんじゃねーのか。何で、今更。俺はバター犬代わりかね」
 「先生の代わりは、いませんよ」
 「……まいったな、正気か?」
 「ええ」

 だから。
 貴方を思い出した。
 私には、まだ貴方がいてくれる。
 抱き締めてくれる。
 今度は、奥様と同列以下でもなく。
 私、だけを。
 愛してくれる?
 ハボックの、ように。

 「正気ですよ。先生が私を受け入れてくれるならば」
 「……無茶を、いう」
 「駄目、ですか」
 「俺はもう、あの頃のように若くはねーぜ」
 「関係ないです。私は、貴方がいい」

 ゼロから関係を築く時間も気力も、今の私にはない。
 一人眠れもしないで、薬でごまかすのもそろそろ限界に近かった。
 今、倒れるわけにはいかないのだ。
 ここで全てを失うくらいなら、遠く昔に、何もかもを捨てていた。
 それこそ、貴方に一人溺れていたあの時に。

 「こんな、お前さんを見るくらいなら、あん時。引導を渡しておいてやりゃあ。良かったんか
  な」

 抵抗もなくベッドの上。
 押し倒されていた先生は、私の首を両手で極々軽く締め上げた。

 「今でも、いいですよ。先生になら、いいです」


 イシュヴァールの狂気に陥った私を、正気に返してくれた一人。
 ヒューズは、もうこの世にすらおらず。
 中尉は、引き離された。
 ましてや女性である彼女に、私を抱けとはいえまい?
 彼女なら『わかりました』と穏やかに微笑んで、私を満たしてくれそうな気がしないでもないが。
 そういえば、エッガー大佐は今頃どうされているのだろうか?
 軍との内部取引が叶って、密かに釈放されたと聞く。
 帰る場所ができたあの人を、求めるわけにもいかないし。
 やはり、行き着くところは先生しかいない。
 「……誰が、お前を殺してなんかやるかよ?お前自身が祟りそうじゃないか」
 指の後がついてしまったらしい、首筋を舌先が這う。
 癒すようにというよりは、快楽を煽り立てる動きは、手馴れた男のそれ。
 この人は、私のいいところを全て知り尽くしているのだ。
 「センセ?」
 「あーわあった。わあったって。んな面をすんな。俺はお前には弱いんだ」
 「そう、だったんですか?」
 「じゃなきゃ、こんなコトにはならんだろうよ」
 大きく溜息までつかれてしまった。
 「…迷惑なら…」
 「違うっんだよっつ!あーも。とりあえず、やっとくか」
 黙れ、と言わんばかりに先生の指先が私の口を犯す。
 恐らく濡らす為にしたんだろうけれど、口内にあるイイ場所をやらわかく摩ってくれた。
 この人にされるまで、私は口の中にも感じる場所があるとは思わなかったのだ。
 男はこの人が初めてで、女性相手にリードされるSEXはしてこないせいもあったけれど。
 優しいけれど、情熱がないわ、と呟かれた事数回。
 先生にされて、言われなくなった女性からの苦情の一つ。
 私は、コトSEXに関しては、先生で覚えたコトが本当に多いのだ。
 ぷちゅんと私の唾液にまみれた指先が引き抜かれてゆく。
 居た堪れないイヤラシサに目を伏せようとすれば、顎に指がかかる。
 すぐに入れるのかと思っていたら、そうでもなかったらしい。
 先生は指で、自分の下肢を指す。
 銜えて大きくしろって、ところか。
 私は先生の前にうずくまると、舌先でジッパーを摘んで引き摺り下ろした。
 遠い記憶で見た時と、全体には変わらない。
 ただ、今はまだ項垂れたままだ。
 「歳でな。お前さんのイイ顔見ただけじゃあ、勃起せんのさ」
 抱き合っていた頃は、キスだけで猛っていたものだったが。
 それが歳というものなのか。
 私に興奮しなくなったと、そんな理由でなければいいさ。
 「頑張りますよ?」
 先端に唇をあてて、ちゅっと口付ける。
 横銜えにして、根元からつつっと先端まで滑らせると、そのまま飲み込んだ。
 
                            

                 

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