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 弾丸


   「三時間はかかるから、自由にしていなさい」
 と言われて上官と一緒に大佐は会議室に篭ってしまった。
 警備をする人間が他にいる以上、私がここでできることはない。
 どう、時間を潰そうかと考えるまでもなく、せっかく中央着た私がすべきことは一つ。

 「お、久しぶりだな。リザちゃん!」
 訪れた先は中央の射撃場。
 「ご無沙汰してます」
 腰を直角に折って頭を下げる。
 「ははは。大佐のお守りも大変だいな。今会議中だって聞いてるぜ……
んな上官にするみたいな真似はやめてくれや」
 階級が下とはいえ、一回り以上年の違う方に失礼は出来ないだろう。
 大佐が会議に入ったと耳にした時点で、私がここに来ると予測して、この時間決して空いては
いない射場を私の為にあけておいてくれたのだろう。
 そこまで心遣いを頂いている相手には、敬意ぐらい払いたい。
 「三番射場を空けてある。好きに使いな」
 東方司令部の射撃場と違って十番まである充実したライフルの射撃場。
 置いてあるライフルの種類も格段に違う。
 「そうさねー。最新式に改造を加えたアサルトライフルが入ってきたけど。リザちゃんには向か
  ないなー。いつも使ってる奴と同型のがあるから、それがいいだろう」
 「ブランクコアはありますか?」
 「東部は、んなにぶっそうなのかい?」
 ブランクコアとは、通常のライフルに使う弾丸の殺傷能力を高めた総称。
 貫通する確率を低くしてあるので、戦場での手当てが難しいといわれる種類のものだ。
 「一度も試してみたことがなかったので」
 大佐は必要以外の殺生を好まない人だ。
 軍備の少ない東部では、与えられたものでしか戦闘展開が難しい。
 選んでいる余裕がない以上、なるべく色々な弾丸を試してみたかった。
 必要以上には、人を、殺さない為に。
 「リザちゃんらしいやね。一応何ダースか用意してあるけれど」

 「30発分、お願いします」
 「はいよ」
 手にしたアサルトライフルの最大装弾数は30。
 弾装の中には、必ず予備の弾丸を残しておくので、使える弾丸数は正確なところで、29発。
 三大アサルトライフルの一つ、M16。
 フルオート射撃にも関わらず命中精度が高い点は重宝する。
リュングマン方式のダイレクトガスオペレーションという、ガスを直接遊底に吹き付けて弾丸を発
射させるタイプの銃なので、機関部の劣化が激しい。
 また、機関部の劣化を防ぐ為に頻度の高い整備が必要ではあるのだが、とにかく重量が軽か
った。
 どうしたって男性よりも耐久力に劣る女である私が使うには、うってつけの銃だ。
 突撃銃と呼ばれるタイプの銃ではあるが、命中精度も高いので狙撃にも使るのがありがたい。
 習慣で機関部から弾装を確認すれば、これいじょうは難しいほどの繊細な整備が施されてい
る。
 一人頷いて、弾丸を装填し、スコープが真正面にくる位置に銃を固定した。
 数百メートル先の標的に向かって、引き金を引いた。
 ががががががっつと。
 防音のイヤーマフ越しでもリアルな音が耳を劈き、肩から腕にかけて衝撃が走る。
 やはり普通の弾丸を使うよりもリバウンドがきつい。
 引き金を絞りきって、全ての弾丸を吐き出しきった。
 銃口から細い煙がたなびくのを横目に、標的を手元まで引き寄せるボタンを押す。

 腕を組みながら、ごごん、ごごごんと標的が運ばれてくるのをしばし待った。
 「……あいかわらず鷹の目の名に恥じる事がない腕っ節だねー。リザちゃんは」
 気がつけば、射撃場の主とも呼ばれるラングマン大尉が白い顎髭を擦りながら、手元に届
いた標的を覗き込んでいる。
 心臓部を中心に弾丸が広がっていたが、頭部腹部の辺りにもかなりの弾丸が散らばって
いた。
 殺傷能力はもとより、重症を与えるにもってこいの弾丸といえるだろう。
 「結構反動があったっからなーこの弾丸は。よくもまあこんだけ一点集中で打ち込めるも
  んだ」
 「これ以上、被害部分が広がるのですか?」
 「普通の腕前なら、そうさねー。まず弾丸は体全体に満遍なく打ち込まれるだろうよ」
 噂に違わず、といったところか。
 「もう少しやっとかくかい?」
 「いえ。性能がわかれば十分です。余程の事がなければ使わないと思いますし」
 私の言葉に、なぜか大尉は破顔して銃を受け取った。
 「大尉?……何か」
 「んあ?ああ、何で笑ったかってか?」
 「はい」
 「リザちゃんが、いい上司につけて良かったって思ったのさ」
 大佐は一部上司に無駄に執着され、同期同階級の士官には嫉妬され、部下にはこよなく愛
される性質の方ではある。
 大尉に指摘されるでもなく、大佐の下につけて良かったと思う事は多い。
 最もそれと同じくらいに、手のかかる方でもあるので、肩を竦めたりもするのだが。
 「部下に人殺しを、無駄に押し付けたがる上官は多いだろ?マスタング大佐は、自分が派手
な業を持つ癖に部下には、慎重を求めるみたいだからよ」
 「……私達を信用していないわけではありません」
 何も知らない人間は、大佐が部下を信用してないないからとか、私達に目立った手柄を立て
させたくないんだとか、勝手なことをいうけれど。
 あれほど、部下を戦地に追いやるのを悔やむ優しい人はいない。
 「ああ。わかってる。知ってるよ。リザちゃんが手放しで褒めるんだ。信用できる上官だってこ
  とはよーくわかってる」
 俺もまだまだ、言葉が足りないなあと苦笑して。
 「ブランクコアなんか、使わせたがらない上官だから。リザちゃんが必要ないって、言ったん
  だろうからな」

 「……はい。そうです」
 わかってくれる人は、ちゃんとわかってくれるのだと思うとやはり嬉しい。
 「まあ、あいつは基本的にフェミニストだからなー。美人に弱いし?」
 不意に、背中越し声がする。
 気配など微塵もしなかった事に驚きながらも、それが誰かを知って一人納得する。
 東方司令部員に等しいほど、聞きなれた声音。
 「おや、珍しいお人だ。ヒューズ中佐。ご自慢のタガーに自信がなくなったんかいね?」
 「は!よくいうねー大尉?俺様の腕が鈍るなんて、天地ひっくり返ってもありえんぜ?」
 私がブランクコアで潰した標的と同じ距離に設置してあった、隣の標的に、腰から取り出して、
素早い一閃で投げつけたタガーは、遠目でも眉間を貫いたのがわかった。
 「おうおう。お見事さん」




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