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 弾避け


 愛しい相手なら護りたいと思う。
 それは、当たり前の感情だ。
 奴等が私を護りたいと思う気持ちは、理解できる。
 深く。
 恐らくは、本人達以上に。
 だからこそ。
 何故、私が同じ風に奴等を護りたいと思う気持ちが。
 根底で、解ってもらえない。
 それが、少しだけ……悲しい。

 「はぼっつ!」
 こいつは私の護衛だ。
 マスタングの忠犬なんて、陰口を叩かれても、そんな奴等に正面切って。
 だからどうした?
 と、私の犬である事を卑下するどころか自慢する、かなり変わった。
 故に、とても愛しい、私の犬だ。
 「お前はっつ!」
 愛玩犬を飼った覚えは無い。
 まぁ、時々。
 私の膝枕をねだってくる奴の頭を撫ぜながら、こんなのも悪くないと浸りもするが、基本的に
こいつは。
 猟犬。
 獲物を駆る犬だ。
 「どうしてっつ!」
 攻撃は最大の防御だからと打って出るのも最近は、随分とタイミングを計れるようになったか
ら良しとしてきたけれど。
 「やめろと言っている!」
 「ノーっサー!」
 こうして、私を庇うのはやめて欲しい。
 どこから飛んでくるのか解らない弾丸を、その勘でもって捉えて。
 身を挺して庇うのだけは、勘弁だ。
 「ハボっつ!命令だっつ!」
 「きけません!」
 がうん、と誰の物と知れぬ銃器が吠える。
 同時に、ハボの肩から血飛沫が上がった。
 「ジャン!」
 普段は決して呼ばないファーストネームで止めようとすれば、僅かに振り向く角度で笑って見
せながら、しかし応戦は忘れずに、器用に私の腰を抱く。
 血が滴る、頑強な腕で。
 「だいじょぶですから。いい子で。俺の後ろに居て下さい、ね?」
 大きな身体だ。
 頼りがいのある背中だ。
 実際、私の身体などすぽりと蔽える存在ではある、けれど……。
 いきなりぐるんと、半回転。
 無論お互いの立ち位置が変わる。
 私を狙ったはずの弾丸は、そのままハボックの身体を穿った。
 ぎりぎりで急所を避けてはいる。
 神業に近いだろう。
 それでも、致命傷に至らなくとも一生残るであろう傷を、もう幾つも負っている。
 「直、中尉が着ます。アンタに怪我をさせたとあっては、どの道。中尉の弾の餌食ですよ」
 立ち回りを演じつつ話しても、呼吸は荒れない。
 並みの兵士なら、遠の昔に崩れ落ちている怪我だというのに。
 確かに、こいつは屈強で手慣れの護衛だ。
 けれど、所詮は人間。
 限界は絶対あるのだというのに。
 どうして。
 せめて。
 限界を引き伸ばすべく、私の力を使おうとしないのか。
 ぎりりっと、歯軋りをして奴より僅かに早く、敵の所作に反応して発火布を擦る。
 それこそ弾丸よりも早く舌を伸ばした焔の一線は、敵の銃器を舐め取ってそのまま身体を包
み込んだ。
 「いぎゃああああ」
 耳を劈く悲鳴は、慣れた私とハボック以外を恐慌状態に追いやる。
 未知なる恐怖ほど恐ろしいものは、そう幾つも存在しやしない。
 多勢に無勢の場合、敵の勢いを削ぐのは必須。
 私の技は、実に効率良くそれをやってのけられるのだ。
 「たいさ……」
 困った風な、声。
 そう、お前も。
 ヒューズも。
 私が前線で戦って、護られるだけなのを、良しとしない態度を取るとこうして、苦笑した。
 『ったく、素直に護られとけ』
 『お願いですから、護られてて下さいよ』
 そっくり同じセリフを返してやりたいものだ。
 「本当に、アンタって人は」
 「何だ!」
 まだ、大人しくしてろと言うのなら、今度はお前の口を封じてやる、ぐらいの気持ちで牙を
向いた。
 「……いいぇ?ただ、大好きだなーと思っただけですよ」
 しかし、予想に反した言葉が返ってくる。
 「そーゆートコ、ね。タマランデス」
 まるで、コトの最中に浮かべる満足した蕩けるような瞳を、何故、今する?
 「でも、ね?俺はアンタの弾避けです。ほら、俺。お馬鹿だから?一度に色々なコトできない
  んすよ」
 奴の右足が下がる気配を感じて、すいと二人で腰を落とす。
 頭の上を、ぎゅるんと、弾丸が幾つか飛んで行った。
 我ながらイイ耳だ。
 「だから、俺を上手に弾避けにして。応戦して下さい」
 「……だったら、私の動きを抑制するな」
 「それも、俺のお役目なんすよ。抑制する事でアンタに怪我させない率が上がるんなら、そう
  する。だから、アンタもなんつーかこう。上手くやって下さい……俺は、ね?」
 銃器が下を狙ってくる独特の感覚に、これも同時に二人飛び上がる。
 降りるタイミングは体重の関係で、奴の方が微妙に早かった。
 下手したら、一連の所作は、踊っているようにも見えるかもしれない。
 弾丸を避ける為の死線ギリギリの乱舞。
 「アンタに護って貰うの、嫌じゃないんスよ」
 ただ、一度に違うコトができないだけ。
 私に護られるよりも、私を護ることを優先するだけ。
 「……私だって、嫌じゃないぞ」
 「そうっす?結構、嫌そーに見えますよ」
 これだけ、率先して私の弾避けになるのに、そんな所を気にかける奴が可愛い。
 ヒューズにはない、可愛さだろう。
 「納得、して頂けました?」
 「それなりには」
 「……ま、んなトコでしょうね」
 「不満そうだな?」
 「アンタと一緒ですよ。お互い護られながらも護りたいって思ったら、んなもんです」
 何だか諭すような物言いに、釈然としないものがあった。
 色々と言ってやろうかと思うが、絶賛戦闘中だ。
 私は、ふぅと溜息をつくと。
 奴に邪魔されないタイミングを見計らって、発火布を立て続けに小さく擦った。




                                         END




 *当初考えていたのと全く違うモノに。
  まぁ、同じ弾避けを買って出る二人でも、微妙に違うのです!
  というのを書きたかった模様。
  弾丸がぎゅんぎゅん飛ぶ最中の会話のはずなんですが、飛んでないのは力量不足
  かと。くぅ。
                          2008/05/02



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