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 今の君に伝えたい言葉


 机の上で学べる知識だけあれば、十分だと思っていた私に。
 そうでない事を教えてくれたのは、マースだった。

 「ほら、ロイ。どうよ!」
 「……すごいな、マース」
 初めてマースの部屋に招待された。
 小さな屋根裏部屋は、私の部屋の半分もなかったけれど、機密基地と言う表現がぴったりの
場所だった。
 「待ってろよ!これが見せたかったんだ」
 きっとマースに良く似た何でも器用にこなすお父さんが作ってくれたんじゃないだろうか。
 ささくれ一つ無い、木製の梯子を壁から持ってきたマースは、それを部屋の中央に置いて、天
井を向くと重そうに木戸を開ける。
 「立て付けが悪くってなぁ。もう」
 ましてや子供の手で、上を向いての作業だ。
 やりにくくて仕方ないんだと思うけれど、私が手伝ったらきっと、もっと大変な事になってしまう
だろうから。
 期待と心配でドキドキさせながら、マースの動きを見守る。
 がたっつ、がたたっと、木戸の動く音がして。
 大きな窓ガラスが現われる。
 「うわあ……」
 私は、窓の外に視線を奪われた。
 満天の星空が覗けたからだ。
 「へへ、どうよ!」
 鼻の下を擦りながら、マースが私を見下ろしてくる。
 「外で見ているのと、全く変わらないな!」
 「だろ?これ見ながら眠れるんだぜ」
 梯子を元通りの位置に直したマースは、手早く二人分の蒲団を引き出す。
 「手伝おうか?」
 「いいって!ロイはお客様なんだから、何もしなくても」
 自分の家では家事らしきものは全部、メイドさんがやってくれるから。
 私はこんな簡単な事も上手にできない。
 「シーツ。敷いてみたいな?」
 「あー。家だとやらせてもらえないんだっけ。んじゃ、俺のをやってよ。俺はロイのを仕上げる
  からさ。ほい。シーツ」
 「うん」
 「端っこを持って、ばっ!て広げる」
 頷いて勢いよく布をはためかせれば、真っ白いシーツが蒲団の上に広がった。
 「おお!上手いじゃん。そしたら、今度は蒲団の下に折りこんでいくんだ。ゆっくりでいいから
  丁寧にな。俺寝相悪いから、きちんと仕舞い込んでおかないと、シーツに包まって寝ちゃう
  からさ!」
 「そうだよな。マース、寝相悪いもんな」
 鼾も寝言も歯軋りまでしながら、蒲団の上を転がりまわるのだから、起こされてしまっても、
飽きなかった。
 「そー言うけどさぁ。ロイだって寝言いうんだぜ。しかも呪文みたいな奴」
 「錬金術の構築式だろう」
 「あれに意味があるなんて、俺には一生わからないよ」
 大袈裟に方を竦めながらも、私の倍の速度でシーツを手早く織り込んでいるマースに負け
ないよう、急いででもできるだけ丁寧にシーツを仕舞い込んだ。
 「出来たか?したら。枕を設置して。タオルケット、毛布、薄掛けに掛け蒲団……ロイん家
  みたく、羽蒲団じゃねーから、ちょっと重いかもよ?」
 「大丈夫だよ。それにこのお蒲団は、お日様の匂いがするし。きっと寝心地良いと思う」
 マースと同じ匂いだ。
 とは、恥ずかしいから内緒にしておく。
 「うし!準備完了。場所取りかえっこして……ちゃんと順番にかけろよ?肩まで包まらない
  と風邪引いちまうかもしれないからな」


 敷き上がった蒲団の上に正座をしたマースは、私の身体を手早くぴっしりと糊の利いた
シーツの上に寝かせると、タオルケット、毛布、薄掛けに、掛け蒲団の順番でかけてくれた。
 しまいにお腹の辺りを、ぽんぽんと叩く。
 「ちゃんと、肩まで引き上げたぞ。マース」
 首まですっぽりと入った私の額の上、自分の額をこつんと乗せてくる。
 「ばっちりだな、ロイ。じゃ、今日は星を見ながら眠ろうなー」
 ふんふんとご機嫌に鼻歌を謳うマースは、私が敷いた蒲団にもぞもぞと潜って行く。
 その様をじっと見詰めていると。
 「ん?大丈夫だぜ。上手に敷けてっから」
 伸びてきた腕が、私の頬に触れてくる。
 スキンシップが苦手だけれど好きな私の為、マースは何時だって必要以上に私に触れて
くれた。
 「そうか。良かった」
 期待をしているという訳でもないと思うのだが、マースの様子を伺う癖がついたのは、その
せいかもしれない。
 「おやすみ、ロイ」
 指先がちょんと唇に届く。
 同じ事をしたかったけれど、蒲団から腕を出すなと言われるに決まってるから。
 「おやすみ、マース」
 唇ではむっと、指先を銜えるだけにした。
 くすくすと笑うマースは、満足気に天井を見上げるので、私もそれに倣った。
 「本当に、綺麗だな」
 降るような星空とは、きっとこんな光景を言う。
 マースは私が本でしか知らなかった知識を実践してみせ、屈託ない笑顔それも大切なことな
のだと教えてくれた。
 しばし、星空に見とれていると、隣から。
 くふーくふーという寝息が聞こえてくる。
 そっと覗き込めば口を半開きにしたマースは、すっかり寝入ってしまったようだ。
 「いっぱい遊んだもんな」
 人の何倍も気を回して動くから、疲れの度合いも激しいのだろう。
 私は、安らかな眠りについたマースに、起きている時はなかなか恥ずかしくて言えない言葉
を独り言のように呟く。

 「大好きだよ、マース」

 ありったけの、感謝を込めて。
 自分の感情のままに。





                                        END




 *小さい頃から、タカビー(苦笑)な感じのロイも好きなのですが。
   まだまだ素直なロイも可愛いよね!と思いまして出来たのが、この話。
   そして、士官学校に入った辺りで『昔のロイはもっと素直で可愛かったんだぜー』
   とか、周りの人間に言い放ち、周りの人間は『素直で可愛いマスタング見てー』
   とか、悶えるんです。ぐふふふ(その笑い方はやめようよ!)



 
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