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 読書中だ


 俺はロイが大好きだ。
 ロイが大好きだと自覚した時から、一人称を『僕』から『俺』に変えてみた。
 あいつを唯一の特別に思うようになって、何か一つ。
 自分を変えてみたかったのだ。
 色々と考えたけれど、ロイと一緒に読んだ本にそんな事が書いてあったから、真似をしてみ
た。
 『大人になると、自然。一人称が“僕”から“俺”に変わったんだ』
 ってな。
 そんな文章だったと思う。
 そういえば、ロイは今、自分を『僕』と称しているけれど、何時かは『俺』になるのだろうか。
 でもロイに『俺』は似合わない気がする。
 俺的には、そうだな。
 『私』がいいかな?

 「……まぁす……頭の中、だだ漏れしてる」
 「へ?」
 「僕の一人称をお前に決められたくないぞ!」
 「……え?俺、全部声に出してた?」
 「うん」
 「マジで?」
 「……でなかったら、僕が読書を中断すると思うか?」
 「しねーわなぁ……」

 そうだった。
 ロイがあんまりにも読書に集中するもんだから、ついつい下らん妄想に耽る癖がついたん
だった。
 せっかく二人っきりで居れるのに、ロイたんたら読書三昧で本当にツレナイやね。
 恋人同士だってのにさぁ。

 「だーかーら!少し黙ってろ!僕は読書中なんだぞ」
 「また、漏れてた?」
 「……お前本当に、無意識なのか」
 「ああ」
 はぁ、とロイが深い深い溜息をつく。
 「この1冊が読み終わったら、相手をするから」
 「……その言い方!嫌々みたいじゃんか」
 「嫌々ではないさ。ただ、この本。明日には図書室へ返しに行かないといけないから」
 「じゃあ、明日行けば……」
 「馬鹿っつ!明日は一緒に『ぴくにっく』の日だろう?猫むすび、してくれるんじゃなかった
  のか!」
 「あ……」
 そうだった、そうだった。
 明日は俺の誘いで、お弁当持ってピクニックへ行く予定になっているんだ。
 ロイが、大好きな猫の形のおむすびを、俺が作るって約束してた。
 「だから!僕だって頑張って本を読んでいるんだ。これは、どうしてもレポートを書くのに必要
  な物だからっつ」
 しまった!声に泣きが入ってきた!
 ロイは、学校内唯一の奨学金生って奴で、定期的なレポート提出を義務付けられている。
 錬金術を学ぶのに大反対の家族の援助が得られないロイには、死活問題なんだった。
 「そうでなかったら、僕だって!まぁすが一緒にいるのに、読書なんてしないよっつ」
 「……ゴメン」
 家でも学校でもどこでも本を手放そうとしないロイが、手を離すのは俺と一緒に遊びにいく
時だけ。
 俺と二人きりでいる時だけ。

 俺だけが、ロイを好きな訳じゃなくて。
 ロイも、俺が大好きなんだって。
 とても良くわかる態度の一つ。
 「……タコさんイカさんウインナーもするから許して!」
 「うささんリンゴは?」
 「それも作る。手作りアップルパイだって焼いちゃうぞ……っつーか焼いてくる」
 明日持って行く分と、ロイが今日読書を終えて二人で一緒に食べられるように。
 さすがに菓子でも作ればロイの邪魔は出来ないだろうから。
 「え?」
 読書の邪魔がされるのは嫌だけど、俺が側から離れるのはもっと嫌みたいで、眉根が不機嫌
にきゅっと寄せられた。
 「だいじょーぶ。すぐにアップルパイの匂いがしてくるって。そーしたら『ああ、マースが居るん
  だな』って思えるだろう?」
 「わかった……頑張るよ」
 「途中で、アップルティーも入れてやるからさ」
 飾り付けに使うリンゴの薄切りを一枚、市販のアップルティーに入れてやると芳香があがる。
 ロイはそれが、大好きなのだ。
 「ん」
 きゅっと俺が着ているシャツの端を握り締めて、肩の力を抜いたロイは、次の瞬間もう、凄ま
じい集中力で本の政界へとダイブしてしまう。
 俺は、目を細めてそれを眺めてから、ちゅっと頬にキスをした。
 顔全体が一瞬で赤くなるのに、胸の中そっと至福の笑みって奴を浮かべて、静かにキッチン
へと向かった。




                                       END




 *はやっつ!って皆これぐらいで終わればいいのになぁとか思いつつ。
  ちなみにヒューさんが幼くしてお菓子作りを会得しつつあるのは、全てロイにゃの為です。
  兄姉弟妹と騒がしいヒューズ家ですが、ヒューズはロイのためにしかお菓子を作りません。
  実家で作ると家族が欲しがるので、主にロイさん宅で作ります。
  ロイさんのお母さんも慣れっこです(笑)





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